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20)痕 跡〈4〉

◇  遅い昼食をとった後、二人は仁科家から持ち帰った本の解読作業に入る。  三冊あるうちの一冊は、仁科がすでに解読し終わったらしい。 「それは何の本だったの?」 「白狛神社の、運営に関する帳簿だったよ」 「帳簿? 神社で使ってたお金の流れとか?」 「そ。念のため一応全部読んではみたよ。でも気になったのは、村の人に結構お金を貸したりしてたことくらいかな」 「そっかぁ」  神社などの収入は、基本寄付やお祭りなどの奉納金、祈祷料などだが、白狛神社はその頃から裕福であった安曇家の管理だったこともあり、貧しい村人にこっそりお金を貸したりもしていたようだ。しかも帳簿を見る限り、返済されていない額の方が圧倒的に多い。ただ安曇家の後ろ盾もあるのか、神社が資金難に陥ることはなかったと見える。  リビングのテーブルに本とノートを広げ、和都は仁科から聞いた帳簿についての内容を簡単にノートにまとめていく。 「俺はちょうど日記のほうの解読始めたとこだから、お前はこっちやってくれる?」 「わかった」  和都に白狛神社にまつわる内容の書かれた本を渡すと、仁科は孝四郎の手記と思われる冊子の解読の続きを進めた。  安曇神社で保管されていたものと違い、紙の劣化や汚れが酷く、くずし字を解読するアプリでも、判別の難しい部分が多くある。 「……ところどころ、エラーになっちゃうね」 「そうなんだよねぇ」  和都の解読している本では、白狛神社のあった場所に鬼の湧き出る穴──『鬼穴(きけつ)』があったこと、後の大神が鬼を喰らい、懐いていた人間を殺され、鬼神になったことなど、安曇神社の蔵で見つけた書物と同様の内容が書かれているようだった。  もちろん、より詳細な説明も書かれていて。 「丑寅ノ方角二鬼ノ出ヅル穴アリ。……うしとら?」 「たしか北東の、いわゆる鬼門の方角。鬼が入ってくるって言われてる方角だな。あー、だから余計に鬼が出てきやすかったわけか」 「なるほど」  仁科の解説もノートに付記しつつ、さらに読み進めていく。  すると、以前から謎であった、白狛神社の狛犬、ハクとバクについての記述も見つかった。 「……大神の、子ども?!」 「えっ、マジで」  仁科もさすがに驚いて、隣で作業していた和都の本を覗き込む。  曰く、大神は鬼の湧く穴を見張り、村里に降りようとする鬼を逃さず食らうため、二匹の子狼を成し、神獣として神社に仕えさせたらしい。  そのため、白狛神社では代々、霊力(チカラ)の強い宮司と同等に霊力(チカラ)を持った(ごん)宮司の二人を置き、ハクとバクをそれぞれ使役させるようになったようだ。 「なるほど。ちゃんと霊力(チカラ)のある人間じゃないと、宮司が務まらなかったわけか」 「安曇家が『本物』だからできること、って感じだね」 「そうだね。白狛神社以外にも、そういう『本物』を相手にする仕事をしてきてるから、チカラが強い親戚同士で結婚とかしてたんだろうしなぁ」  まだ安曇家のみだった頃からのそれを、仁科を含むいくつかの名前を変えた分家に分けて以降も、ずっと繰り返している。 「孝四郎さんの日記のほうは、事件に関連したこと、書いてあった?」 「うーん、なんかずっと、自分のチカラのなさを嘆いてるばっかりでさ」 「え?」  今度は和都が仁科の開いている本を覗き込んだ。  日記を読み込んで分かったが、この当時、本来であれば白狛神社の宮司は、新しく『仁科家』と名乗るようになった分家の人間が、代々務めていく予定になっていたらしい。 『安曇家』は、当時からすでに隣県の安曇神社を拠点として発展しており、新しく姓を変えて分けた各分家に、管理している各地域の神社を任せる計画を立てていて、その一つが白狛神社であり、管理は『仁科家』となる予定だったようだ。  しかし、神獣と契約できるだけの霊力(チカラ)がなければ、白狛神社の宮司を務めることはできない。  初代の仁科家となった兄弟の中では、一番チカラの強かった末弟の孝四郎が宮司を務める予定だったのだが、それでも神獣を使役できるだけのチカラに及ばず、一時的に安曇真之介が宮司となっていたのだ。 「もしかして、仁科家が管理していく予定の神社だったから、安曇神社に白狛神社の資料があんまり残ってなかったのかな?」 「それはあるかもね。この資料もうちの金庫から出てきたものだし」  和都はノートに日記の内容をメモしていきながら、事件の真相について考える。 「孝四郎さん、真之介さんが羨ましかった、のかな?」 「……まぁたしかに、それっぽい記述はあるけど。でも、記憶の中だと二人は仲が良かったんだろ?」 「うん、そこなんだよね」  安曇神社で夢を見て以降は、二人と二匹が仲良く過ごしている夢ばかりだ。きっとそれが、バクが一番幸せで、ずっと続いて欲しかった頃の記憶なのだろう。 「羨んで殺人を犯すって、まぁミステリとかじゃよくある話だけど、なーんかしっくり来ないんだよなぁ」  和都は少し考えてノートを捲り、仁科にも送った夢の記録を遡ってみる。  ・神社の入り口で狛犬として仕事をする様子。  ・夜中に男女の言い争う声がした。その翌日、お参りにくる人たちがヒソヒソ話していた。   そしてその夜、また言い争う声がした。  ・真之介が血まみれで倒れている。  ・人が来なくなった神社に取り残されている様子。  ・倒れている真之介の側で、孝四郎が刀を持って立っている。  ・真之介と孝四郎が仲良く話している様子。  ・真之介がバクのツノを褒めてくれた。  ・楠木の下で、二人と二匹が涼んでいる様子。 「男女で言い争いする夢の後、真之介さんが倒れてる夢を見てるんだけどさ」 「あー、そういやそうだったね」 「ずっと繋がってる記憶なんだと思ってたけど、孝四郎さんが殺してたのなら、違うことになるんだよね」  もし夢の記憶が地続きのものであれば、直前まで言い争っていたと思われる女性に殺されたのではないかと思っていた。帳簿にあったお金の貸し借りなどのことを考えると、村の住人の可能性が高い。  けれど日本刀を持っていた孝四郎が犯人だとすると、繋がらなくなってしまう。 「まぁ、見てる記憶は、結構時系列バラバラっぽいしな」 「でもなー、続きっぽい感じがするんだけどなぁ」  そう言いながら、和都がソファに身体を預けてゴロゴロと転がりだした。  どうやら集中力が切れたらしい。  何気なく時計に視線を向けると、そろそろ夕飯という時間。 「こんな時間か。お前そろそろ……」 「おなかすいた」  帰りをどうするか聞くつもりが、かぶせるように言われてしまった。  とはいえ、家に送るのは夕飯を食べてしまってからでもいいだろう。 「……ピザでも取るか」 「やったぁ」  和都が両手を上げて喜んでみせる。それから適当に宅配ピザを注文し、待っている間にリビングを片付け、届いたピザで夕飯を済ませた。  そうしてようやく、和都を家まで送っていくために支度しようか、というところで。 「……マジかこいつ」  トイレに行って戻ってきたら、リビングのソファで和都がぐっすり眠っていた。無防備な顔で寝息を立て、まるで自宅にいるかのような寛ぎっぷりである。  仁科は頭を掻きながら、呆れるようにため息をついた。 「どんだけ俺のこと信用してんの? コイツ」  教師と教え子ではあるが、残念ながらこれまでに何もなかった関係ではない。  夏休みでの一件を思い出しながら、どうしたもんかな、と仁科は息を吐いた。 〔大丈夫だよー、ニシナ。カズトは元々泊まるつもりだったから〕  不意に頭の中で響くような、ハクの声が聞こえてくる。  ぐるり辺りを見回すと、ダイニングテーブルの下の影の中から、犬の鼻先とギョロリと光る大きな二つの目がジッとこちらを見ていた。 「……狗神らしい場所にいるな、ハク」 〔うふふ。たまにはこういうのもいいかなぁって。まぁカズトのおかげで大神に戻れそうだけどね!〕  狗神は本来、狗神使いといった人間に使役され、術者の意向により憑いた相手に害をなす存在である。そして普段はこんなふうに、床下や水瓶の中など真っ黒な影の中で待機しているものらしい。 「まったく、上手いこと言い包めたもんだよ」  和都は言ってしまえば、特殊な狛犬のチカラを持つ祟り神と狗神の二匹が同時に憑いている状態。祟りも狗神もそれだけで厄介だというのに、特殊なチカラも加わっているため余計にややこしい。 〔ボク、嘘は言ってないよ!〕 「ま、神の常識と人間の常識なんて、全く違うもんだしな」  いくら神が嘘偽りなく話をしようが、その規模感と常識は人間とは相入れないものだ。  和都はそれに気付いていない。  寧ろそこを利用し、付け込んで、孤立した子どもの味方になってみせたのだろう。 〔……ニシナはバクから聞いてるんでしょ? ボクらのこと〕 「まぁね」  安曇神社に泊まった最後の晩。  ハクとバクの最終的な目的が、和都自身を食べることだと告げられた。  そして、それを回避する条件が、祟りの発端となった事件の真相を見つけることである。 〔いやー、でも残念だねぇ。やっぱり昔の事件の真相なんて、そう簡単にみつかりっこないよねぇ〕  今日二人で作業をしていた様子を、影から見ていたのだろう。  確かにハクの言う通り、納得のできるような真相にはまだ、辿り着いていない。 「資料はまだ、全部読めたわけじゃないよ」 〔あ、ボク知ってるよ。そういうの、おーじょーぎわがワルイって言うんだよ〕 「さて、それはどうかなぁ?」  仁科はソファで眠ったままの和都を抱え上げ、ダイニングテーブルの影から見つめている金色の目を睨みつけた。 「コイツは、お前らになんかにやらねーよ。……絶対にな」  そう言うと、奥にある寝室のドアを開けて入り、そのまま閉じる。 〔まったく、ムダなのになぁ……〕  リビングにクスクス笑う声が響いて、そのうち消えた。

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