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21)黄昏鳥の鳴く〈1〉

 昼休みの屋上で、和都は大学ノートを広げて唸っていた。 「さっきから何をそんな唸ってんだよ」 「うん、なーんか、納得いかなくってさ」  吹く風も涼しくなり、屋外も随分過ごしやすくなった、十月上旬。  夏の間は昼食スポットとして不人気だった屋上にも、ちらほらと利用する人が戻ってきており、場所取りジャンケンで勝った和都と菅原は、いつものベンチに並んで座っていた。 「あぁ、例の本の、解読結果?」 「うん……。羨ましいからって、そんな簡単に人を殺しちゃうもんかなぁ? お話の中では、たまにあるけどさぁ」  ノートを見つめたまま、和都はそう言って息を吐く。  仁科本家から持ち帰った、白狛神社に関することが書かれていると思われる資料。その解読が全く進んでいないというので、和都はつい先日、仁科の家に泊まり込みで手伝ってきた。  白狛神社には特殊な『鬼穴(きけつ)』があり、ハクとバクはその穴の見張りとして、主祭神であるシロ様から生まれたこと、その二体の神獣を使役するために、霊力(チカラ)の強い宮司が二人必要なことなど、安曇神社にあった資料では分からなかったことが判明。  さらに残されていた孝四郎の日記から、白狛神社を孝四郎の代より仁科家が管理する予定になっていたことが分かり、自分の霊力(チカラ)が弱いために、真之介を頼らなければいけない状況だったことを、随分と嘆いていたらしい。 「日記には、そういう愚痴ばっか書いてたの?」  菅原が和都の開いていた大学ノートを横から覗き込む。 「あーなんかね、神獣を使役するためのお札の練習とか、特別な文字の書き方についても書いてあったよ」  和都はそう言いながら大学ノートを捲り、孝四郎の練習していた文字を模写したページを開いた。  神獣に命令するためには、特別な記号のような文字を使って呪文を書くらしい。真之介に教わりながら、懸命に練習していた痕跡も残されていた。 「他にはなんか気になるのあった?」 「んー、あとは凶作が続いて、麓の村に元気がないとか? ああ、あと真之介さんに結婚を迫りにくる人が多い、とかかなぁ」 「あらー、真之介さんてモテてたんだねぇ」 「そうみたい。バクも真之介さんのこと、大好きだったみたいだしね」  夢の中のバクは、常に真之介のことばかり気にかけていて、本当に大好きだったのだろう。  だからこそ、記憶を破り捨てて狛犬を辞めてしまうくらい、真之介の死は大きなショックだったのだ。 「自分より圧倒的に優秀で、実力もあって、みんなにモテモテな人間、かぁ。まぁ確かに、孝四郎さんが羨んでも仕方はないかもなぁ」  菅原が高く澄んだ空を仰ぎながら言う。  孝四郎からすれば、真之介は欲しいものを全部持った存在であったに違いない。そんな人間と常に一緒にいたら、恨みや妬みが募ってしまうこともあるのではないだろうか。 「夢だと、そんなふうには全然見えなかったよ」 「まー人間、見えてる部分と腹の中は、全然違ったりするからなぁ」 「それは、そうだけど……」  菅原の言い分も分かる。  しかし、繰り返し見ている、二人と二匹で笑い合っている夢の様子を思い出すたびに、どうしても信じられない。  じっとノートを見つめていると、ああそうだ、と何か思い出したように菅原が口を開いた。 「そういや、その解読作業ってさ、どこでやってたの?」 「どこって……先生の家だけど」 「ほう。え、泊まりで?」 「え? うん」  視線をノートから菅原へ向けると、ニヤニヤとやたら楽しそうな顔をしている。  和都はうわぁ、と面倒なものを見るように眉を(ひそ)めた。 「……なに?」 「やっぱさ、お前らって付き合ってるんじゃないの?」  まるで水を得た魚のように目をキラキラと光らせ、妙にイキイキとした顔で菅原が言う。 「菅原は、おれと先生に何を期待してんの?」 「えーだって、男子校とはいえ恋話(コイバナ)はやっぱ楽しいじゃーん」  両手を乙女のように組み、これまでにない楽しげな声色が跳ねた。  それとは真逆の、呆れた声で和都は息をつく。 「……自分はどうなんだよ」 「いやぁ、オレは今特に気になる人とかいないしっ」 「あっそ」  他人の色恋沙汰を、エンタメか何かと思っているようだ。一番面倒くさいタイプである。  和都はため息をついて大学ノートを閉じた。 「普通に考えて、先生と生徒で付き合ってたら、ダメだろ」 「えー、でも三年生の白坂先輩、英語の八村と付き合ってるらしいぞ?」 「……マジで?」  まさか学校内にいるとは思わず、普通に驚いた和都に、菅原が肩に腕を回してきて言う。 「だからそういう話、オレには心置きなく相談していいからな?」  どう考えても親身になって相談に乗る、というより、話を聞いてワーキャー騒ぎたいという気持ちを隠しきれない顔をしていた。  仁科の家での出来事を菅原に話したりなんかしたら、一体どうなることやら。  ──絶対、言いたくない。  和都は心底呆れたように、息を吐き出す。 「……べつに付き合ってないし、菅原に相談するようなこともない!」 「えー! あらゆる告白をはね除けてきた『狛杜高校の姫』についに恋人が出来たとか、スクープ以外の何ものでないのに!」  キッパリ断ってみれば、菅原から出てくるのは野次馬根性丸出しの、残念そうな戯言(たわごと)である。  和都はベンチの上に立つと、菅原の襟首を掴んだ。 「おれはそろそろ一回くらいお前を殴っても許されると思うから殴っていいよな!」 「ぎゃー、やめろぉ!」  顔を背けて喚く菅原に「歯ぁ食いしばれ!」と和都が拳を振り上げる。  ちょうどそのタイミングで、パンやおにぎりを抱えた小坂と春日が屋上へ上がってきた。 「買ってきたぞぉ」 「何やってんだ、お前ら」  昼食時に使ういつものベンチの上で、和都が菅原を殴ろうとしている様を目に留めた二人が呆れたように聞く。 「いい加減、この恋愛脳スピーカー男に鉄拳制裁しようと思って」 「名案だな」 「おお、いいぞ」  和都の言葉に二人が同意すると、菅原が焦ったように言った。 「ちょっと待て。春日はともかく、小坂! 副キャプテンを売るなよ!」 「……お前、部活の休憩中もそういう話ばっかしてて、うるせーんだよ。一年困ってるだろ」  小坂が呆れたように言うのを聞いて、和都はニッコリ笑う。 「じゃあ、バスケ部一年の分も一緒に受けような」 「……怒った顔も可愛いんだなぁ『姫』は」  懲りない菅原の言葉に、和都は問答無用で左頬をぶん殴った。

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