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21)黄昏鳥の鳴く〈2〉

◇  午後の最初の授業は日本史。教科担当は川野である。  以前は和都をしつこく追いかけ回していたが、公園での一件以降は特に変わりなく。普段の授業は問題なく行われており、『鬼』としての印象が少しばかり薄くなった。  ただやはり、和都には川野の額からスラリと生える、半透明のツノが視え続けており、『人ではない』という印象は変わらない。 「先日の実力テストを返却します。赤点の方は後日追試を行いますので、そのつもりでお願いします」  授業の初め、黒板の前に立った川野が、名前順にテストを次々に返却していく。今日の授業は、どうやらテストの振り返りが主になるようだ。  和都が受け取った答案の点数は、いつも通りの平均点以上の数字が書かれていてホッとする。  ──今回も変えられてない。よかったぁ。  以前、川野の小細工で赤点になってから、テストの点数を見るのに緊張するようになってしまった。胸を撫で下ろし、間違っていた箇所の設問を確認しようと、机の中にある問題用紙を探す。 「え、うそだろぉ」  不意に後方の席に座っている、小坂の声が聞こえてきた。  驚くような声にそちらを見ると、答案を見ながら小坂が渋い顔をしている。  授業が終わってすぐ小坂の席に向かうと、同じように気にしていたらしい菅原が、答案を見て困った顔をしていた。 「どうした?」 「……赤点」 「え、マジで」  小坂はとりわけテストの点数が良い方ではないが、普段であれば赤点をなんとか回避できている。それが今回は、タッチの差で赤点になっているようだった。  実力テストなどの成績に影響のあるテストの赤点は、部活動をしている生徒には死活問題である。なぜなら追試で合格できるまでは部活動に参加できず、試合等にも出られないからだ。  直近で試合などはないらしいが、練習大好きな小坂にとって部活動に参加できないのはかなり辛い。 「……あれ?」  答案用紙と問題用紙を見比べていた小坂が、不審な点に気付いた。問題用紙にメモした答えと、答案用紙に書いてある答えがよくよく見ると一箇所違う。  少し長めの文章解答の後半。そこが反対の意味の言葉に書き換えられていたのだ。 「ここ、書き写すの間違えたとか?」 「……いや、ちゃんと同じように書いたはず」  授業中は問題用紙だけを見ていたので気付かなかった。ここが合っていれば、ギリギリではあるものの、赤点を回避できる点数になる。 「ちょっと、行ってくる」  小坂はそう言うと、答案用紙と問題用紙を持って、教室から出ていったばかりの川野を追いかけた。  ちょうど中央階段の、三階と二階の間の踊り場で川野に追いついたので、小坂は急いで駆け寄っていく。 「川野先生!」 「おや、どうしました、小坂くん」 「えっとあの、ここ」  そう言って問題用紙のメモと、答案用紙の回答欄を並べて見せた。 「ふむ……。ああ、書き写すのを間違えてしまったんですか?」 「違います。ここはちゃんと同じ内容を書きました」 「いやしかし、答案用紙の答えは違いますしねぇ」  几帳面そうに問題用紙と答案用紙を見比べながら、川野が少し困ったように笑う。稀にあることだが、成績にも影響を及ぼすテストなので、お目こぼしは難しい話だ。普通なら。 「……おれ、知ってますよ」 「何をですか?」 「前、相模の答案用紙、勝手に書き換えてましたよね」  小坂が睨みつけながらそう言うと、川野の目が楽しそうにギラリと光る。 「ああ……ご存じでしたか。それなら話が早いですねぇ」  川野が何やらうんうんと、納得するように頷いた。 「はぁ?」  訝しむ小坂の目を、川野は文化祭の時に見せた、どこかギョロッとした目つきで睨んで言う。 「今日の放課後、相模くんと一緒に社会科準備室まで来てください。そしたら、きちんと採点ミスとして対応してあげますよ」 「……なっ!」 「それでは、次の授業がありますので」  そう言うと川野は授業中の時のような、几帳面そうだが穏やかな顔つきに戻り、階段を降りていった。  小坂はそれを見送ると、不服そうな顔のまま教室へと駆け戻る。 「あ、小坂。川野先生と話せた?」  和都が心配して声を掛けると、深刻そうな表情で自席に戻り、口を開いた。 「……相模を、連れてこいって」  自席の周囲にいた、和都を含めたいつものメンバーにだけ分かる小さな声で言う。 「……え?」 「和都が狙いなんだろ」 「近寄れないなら、おびき出すってか。卑怯だなぁ〜」  和都の表情がだんだんと曇っていく。  自分自身に何か起こるのではなく、自分のせいで他人が被害を受けるのが、どうしたって一番きつい。 「相模」  呼ばれて顔を上げると、先ほどよりも眉間のシワを深くした小坂が、和都を睨むようにして言った。 「お前が悪いわけじゃねーからな。悪いのは川野だろ。間違えんなよ」 「……うん」  言われて和都は小さく頷く。思っていたことが、顔に出てしまっていたようだ。 「小坂、プリント見せて」  春日はそう言って、小坂から二枚のプリントを受け取り、答えの書かれた回答欄と、問題用紙に書かれたメモをじっくり見比べる。やはり文字の一部が意図的に改変されたようだ。筆跡が明らかに違う。 「……和都の時と、同じような小細工だな」 「だろ?」  小坂が自信満々にそう言った。どうやらそれに気付いて抗議しにいったらしい。 「なんで気付いたの?」 「そこ、めちゃくちゃ考えて書いたとこだったから、覚えてたんだよ」 「なるほどね」 「しかし、どうする?」  明らかな罠である。  ここまで露骨だと、堂島が仁科を襲った件といい、鬼側も相当焦っているのだろうと予測できた。  それは、和都を守るハクのチカラが、それほど大きくなっているということ。  春日はしばらく考えていたが、何か思いついたようで、小坂の肩を叩いた。 「放課後は、俺が一緒に行く」

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