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23)カイキする日々〈3〉

〔バク、やっと戻れたね!〕 〔ああ、久しぶりの身体だ〕  ハクが嬉しそうにバクの身体に擦り寄ると、バクも嬉しそうに笑う。  二頭の頭を和都がそれぞれ撫でていると、遠巻きに見ていた菅原と小坂が、ジリジリ近寄ってきた。 「ええと、もう大丈夫、な感じ?」 「うん、大丈夫!」  和都がそう言うと、菅原がホッと胸を撫でおろす。 「おおー、黒いのもカッケーな!」  バクに近寄り、小坂がそう感想をもらすと、ハクが羨ましそうに声を上げた。 〔えー! コサカ、ボクは? ボクは?〕 「ハクも綺麗でカッコイイぞ!」 〔ヤッター!〕  喜んだハクが一本だけになった尻尾をブンブン振ると、小坂はハクの頭を撫でてやる。  二頭の様子を見て笑っていた和都が、そうだ、と気付いて。 「あ、二人はこれからどうするの?」  狛犬をやめ、祟り神と狗神をやめ、ただの神獣となった二頭。  その先どうするかについては、特に聞いていなかった。 〔えー、どうしよう?〕 〔まぁ、住む場所もないし、適当に野良神としてあちこちを回ってもいいかもな〕  この世界には、視えないだけで沢山の神様が存在している。  神社のような場所にきちんと祀られているものもいれば、特にそう言った場所を設けずに、流れるように放浪する神様もいるらしい。 「そうなると、もう会えなくなっちゃうの?」 〔まぁ全く、ということはないだろうが、どうだろうなぁ〕 〔そうだねぇ。ニンゲンの寿命は短いからねぇ〕  神様のように永く生き続ける存在と人間では、やはりどうしたってそこにズレが生じる。人間にとっての数十年が、彼らの数週間だったりするからだ。 「住む場所が決まっちゃうと、やっぱりそこに縛られたりするの?」 〔いや? 普段はそこにいるというだけで、縛られるわけじゃない〕 〔神社にいた時は、狛犬のお仕事もあって石像から出れなかったけど、もう狛犬じゃないし、自由だよ!〕  二頭の言葉に、和都はそれならば、と声を弾ませて言った。 「じゃあさ、ここに住むのは?」  和都の提案に、二頭はポカンと口を開ける。 〔え、ここ?〕 〔住むにしても、依代になるものがないとなぁ〕  バクに言われて、和都は辺りを見回した。  後ろを向くと、祠の上に倒れていた楠木の、根元であった部分が綺麗に整えられた切り株として残っている。やはり御神木だったのか、この辺りでは一番大きかったらしく、幹はなかなかに太い。 「こういう、木の根っこに住む神様もいるんでしょ?」  和都がそちらへ向かうので、二頭も後をついていき、木の根をマジマジと観察した。折れた部分は断面を綺麗に整えられていたが、その中央は斜めに大きく切れ込みの入ったように割れている。しかしその割れた部分の内側から、新しい芽が小さく伸び始めていた。  ふとバクはその木が、かつて拝殿のすぐ側にあったのを思い出す。あの時は大きく伸びた枝葉が穏やかな木陰を作るので、よく真之介や孝四郎と休んでいた。 〔……そうだな、悪くない〕 〔えー! でもここだと、人が来てくれないから寂しいよぉ〕  和都の提案に乗り気になったバクの言葉に、ハクの耳がしょんぼりと垂れる。  確かにここは車の往来や駐車場代わりのスペースもあるが、なかなか人が立ち寄るような場所ではない。 「じゃあ、おれが来てやるよ」 「……小坂。え、来れるの?」 「ああ、おれん家からなら、自転車で行ける距離だしな。それにおれは、ばーちゃんの店継ぐから、ずっとこの辺に住むつもりだし!」  小坂がそう言って笑う。そういえば確かに以前、そんな話をしていた。 「おれも隣の駅だけど、先生に頼んで連れてきてもらう!」 〔ホント、ホント?! カズトもコサカも来てくれるの?! それなら住むー!〕  小坂と和都の言葉にハクは大喜びで、ぴょんぴょん跳ねながら宙でくるりと回ってみせる。  首だけだった時も、ハクは嬉しいと宙をくるくる回っていたが、どうやらそれは身体がある頃から変わらないらしい。  そんなハクを、小坂はじぃっと見つめて言った。 「……ハクの背中って、乗れそうだよな」 〔あ、乗る? 乗ってみちゃう? いいよいいよぉ!〕  そう言ってハクは小坂に背中を向ける。  小坂がおそるおそるその背中にまたがり、紅白のねじり紐に掴まると、ハクがゆっくり地面を蹴った。小坂を乗せたハクの身体が、ふわりと宙に浮かぶ。 「おー、すげぇ!」  宙に浮かんで動き回るハクと小坂を、和都と菅原は下から見上げて笑っていた。 「お前ら、気を付けろよー」  和都達の様子を近くで見守っていた仁科は、妙な遊びを始めたので一応声をかけておく。  神獣がついているとはいえ、ケガをしてしまったら大変だ。  と、緊張感の消えたその輪の中に、一人足りない。  仁科は辺りを見回し、少し離れた場所から和都達を眺めている春日を見つけ、そちらへと歩み寄る。  春日は砂利の敷き詰められた地面の上で、胡座をかいて座っていた。 「お疲れさん」 「はい」  すぐ隣まで来た仁科を、ちらり、と一瞬だけ見上げたが、春日の視線はすぐに神獣たちと笑い合う和都のほうへ戻る。 「……去年、アイツを助けられなかった時からずっと、俺は間違ったことをしてるんじゃないかって、思ってたんです」  視線は屈託なく笑う和都を向いたまま、春日がポツリと呟くように言った。  サイアクなことが起きた、あの日。  ボロボロになった顔で『約束は守る』と言われた。 「これは俺のエゴでしかなくて、本当は本人の望む通りに、死なせてやるのがいいんじゃないかって」  人が死ぬというのを、ただ見たくないだけだった。  すぐに死んでしまおうとする『死にたがり』。  中学で出会った時からずっと、ただ、死んで欲しくないという気持ちだけで守ってきた。 「でも、ようやく間違ってなかったって思えました」  春日がそう言って、満足そうに微笑むのを見て、仁科はその横にしゃがみ込み、肩に手を乗せる。 「……正直、お前が一番頑張ったと思うよ」  言われた春日は、チラリと仁科に目だけを向けた。 「なので、これから後のことは、先生(オトナ)に任せます」 「え、丸投げ?」 「……要らないなら、俺がもらいますけど」  春日はそう言って、口角を上げてニヤリと笑う。  これにはさすがの仁科も、大人気なくムッとして。 「……やらねーし。それとこれとは別だろ」 「ま、どうするかは和都(アイツ)次第ですけどね」  春日がゆっくり立ち上がったので、仁科も続いて立ち上がる。  腕時計を見れば、さすがにそろそろ生徒を連れ回していてはいけない時間。 「おーい、そろそろ帰るぞー」  仁科が神獣二頭とはしゃいでいる三人に声を掛けると、はーい、と元気のいい返事が返ってきた。

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