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第9話
書斎のドアを開き、そっと中を覗いた煜瑾は驚いて息を呑んだ。
「文維にいたん、しゅき、しゅき~」
「もう、よしなさい」
ゆったりとした1人掛けのリラックスソファに座った文維の膝の上に、小敏は向かい合わせに座って、頬にキスをしたり、高い鼻を摘まんだりして遊んでいた。
ふと文維は、以前にもこんなことがあったような気がした。
それは、実際に2人が幼い頃の体験ではなく、高校生になって、文維と小敏が恋人として付き合い始めたばかりの頃のことだ。
小敏は、よくこんな風に文維の膝の上に乗っては甘えてきたものだった。
なんだかとても懐かしい気がした。なので、嫌がる風もなく、文維はしばらく小敏のするがままに任せていた。
「文維おにいちゃま…」
その時、声の聞こえた方を文維は慌てて振り返った。そこにいたのは、やはり、顔色を変えた小さな煜瑾だった。
「待って、誤解しないで下さい!」
文維は煜瑾に向かって叫んだが、小敏は文維に甘えるのをやめようとはしない。その様子に、幼い煜瑾の美貌がギュッと歪んだ。
「イヤっ~!文維おにいちゃまは、煜瑾のものでしゅ~」
煜瑾は、とうとう大きな声をあげて泣き出してしまった。
「あ~ん、あ~ん、煜瑾の~、煜瑾の、大しゅきな、文維おにいちゃまが~」
その場に絶望したようにしゃがみこんだ煜瑾に、文維はハッと気付いた。
(これは、煜瑾の「夢」ではない?煜瑾が自分の夢でこんなことを作り出すはずがない)
「これは…一体、誰の夢なんだ…?」
「あ~ん、煜瑾は~、文維おにいちゃまが~、大しゅきなのでしゅ~」
「煜瑾…」
しゃくりあげるような煜瑾の泣き声に、文維が混乱に陥った時、周囲が真っ白な光に包まれ、目が眩んだ。
***
気が付くと、文維は見覚えのある場所に立っていた。
(え?実家?)
理解が出来ずにキョロキョロしている文維の背中に、鋭い声が刺さった。
「もう、文維!この忙しい時にボンヤリしてないでちょうだい!」
実家の広々としたリビングの真ん中に茫然と立っていた、長身の息子を恭安楽は追い立てた。
「あなたは背が高いのだから、飾り付けは任せるわ。それが終わったら、まだ足りない分の買い出しよ。あなたは荷物持ちについて来て」
テキパキと指示を出しながら、自分もまた忙しそうに動いている母に、文維はキョトンとしていた。事態の展開についていけないのだ。
「え?は?お母さま、飾り付けとは?」
「何を言っているの?今日はもう過年の支度を終えているはずなのに、あなたが、仕事が忙しいからと手伝ってくれなかったから、こんなに用事が溜まっているんじゃないの」
呑気な息子に対して、恭安楽は、赤と金ばかりの迎春用の飾り物の束を押し付けた。
「まさか…今日は、除夕なのですか?」
信じられない様子で文維が訊ねると、恭安楽は呆れたのを通り越して、同情的な顔で言った。
「ウィニー、あなた…、働きすぎなんじゃないの?買い物から早く帰らないと、子供たちがお昼寝から起きてしまうわ」
何事も無いように話す母の言葉に、文維はハッとした。
「お母さま!『子供たち』がいるのですか!」
「…そりゃあいますよ。お正月なんだから」
あまりにも当然のことに、さすがに恭安楽もそう言うと笑い出してしまった。
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