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第10話

「誰が…いるのですか?」  思わず文維はそう訊ねた。  そんなトンチンカンな質問をする、かつては神童と呼ばれた息子を、恭安楽は訝し気に見る。本当にこの愛息が、過労でおかしくなったのではないかと心配になって来たのだ。 「…文維、あなた本当に疲れているのね。煜瑾ちゃんと小敏以外に、うちに誰が居るっていうの?さあ、早く飾り付けを終えてしまってちょうだいね」  母に言われて、渋々自宅玄関の外に出ると、文維はその長身を活かして、玄関に春節を祝う「春聯」と呼ばれる赤い紙を貼る作業を任された。  玄関ドアの左右に「対聯」と呼ばれる、縁起の良い詩のようなものを書きつけた縦書きの紙を貼る。赤い紙に黒々とした墨でしたためたそれは、毎年父である包伯言教授による手書きの物だ。今では安価で手に入るため、わざわざ手書きをする家庭も減っているのだが、包家では見事な手書き文字で新年を迎えるのが恒例となっていた。  ドアの上にはその「対聯」の句に合うような、横書きの「横批」と呼ばれる言葉が貼られる。  これらを貼る作業を終え、改めて父の手書き文字を見た文維は、その文字の美しさに敬意を覚える。ただ美しく整った文字なのではなく、品性を感じるのだ。高い教養と高潔な人格、それらがあってこその、この文字だとよく分かる。  決して字が下手とは言えない文維だが、これほどの文字を書けるようになるには、今の父の年齢になっても難しいだろうと思った。 (結局、お父さまにはかなわないな)  苦笑しながら自宅へ入ると、リビングを中心にウキウキしながら母が飾り付けを続けていた。  窓には来年の干支であるヘビをモチーフにした赤い切り紙が貼られ、壁には母のお気に入りの年画が貼られている。何気なく貼られた、子供たちが遊ぶ吉祥柄の年画ではあるが、実はこれは清代から続く恭家の家宝の1つで、今では値段がつけられないほど高価なものだという。そんな貴重な名画でさえ、母・恭安楽は頓着しない。ただ、子供の頃から見慣れた、お気に入りの年画だというだけで、紙が劣化しようが、汚れようがお構いないしで毎年飾っている。実際、この程度の家宝であれば、恭家の実家にはまだまだ溢れるほどあるのだ。 (お母さまの大らかさには、誰もかなわないかもしれないが…)  吉祥文字である「福」をリビングのドアに貼ると、文維は成果を問うように恭安楽を振り返た。  これは新年を迎えると「福が来た(福到了)」という意味に転じて、「福倒了」と読み替え、「福」の文字を上下逆にして飾り直すのだ。 「これで全部ですか、お母さま?」 「ええ。ありがとう。これで例年通りに収まったわ。今夜の年夜飯と餃子の仕度はお父さまにお任せしているし、文維も手伝ってくれるでしょう?」  柔らかい笑みであるが、決して逆らえない威力のようなものを感じさせて母が言うと、文維は慌てて頷いた。 「もちろんです、お母さま」

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