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第2話

ライデン城の西側にある離宮は、滅多に人が立ち入らない。 鬱蒼と茂る木々に囲まれた建物は廃墟、というわけではなく、建物自体はきちんと管理されていた。 作り自体はシンプルな洋館だが、少々特殊な構造をしている。窓の数が極端に少なく、その少ない窓全てに鉄格子が嵌っている。 なんでも、昔王族が重罪を犯した際に幽閉される目的で作られた建物で、鉄格子は逃走防止の為だという。 百年前まではいかに大罪を犯そうと、太陽の化身とされた王族は殺してはいけない決まりだった。しかし野放しにしておく訳にもいかず、死ぬまでこの離宮に幽閉された。 幽閉生活に耐えられず、自害した者もいるという。 勿論今では法改正がされて、王族も罪を犯せばきちんと裁かれる。 いわく付きの監獄のような建物ではあるが、やんごとなき身分の人間が住まうだけあって室内は城の中と然程変わらない。 しかし、罪人が使っていたとあって、好んで使いたがる人間はいなかった。 ──変わり者の王子を除いて。 「アルフォルト様も、大概変わり者ですね」 応接室に入るなり、宰相は失礼だった。 この国の宰相を務めるオズワルドは、糸目に眼鏡のいかにも宰相、といった風貌の男である。 王と同じ四十代だと聞いているが、この国では珍しい銀髪で、老けて見えるし若くもみえる。性格も掴み所がなく飄々としていて、政治に携わる人間らしい、なんとも食えない男だ。 しかし、王の腹心で、アルフォルトの事情を知る数少ない味方でもある。 「毎回言うよね、ソレ」 アルフォルトは気にした様子もなく、オズワルドに書類を渡した。 誰も立ち入ろうとしない、いわく付きの離宮だが用事があれば来客はある。 「夜中に女性のすすり泣きが聞こえる、部屋から出ようと壁を引っ掻く音がする、白い人影が徘徊する······この離宮にまつわる噂を聞いて住みたがる人間など貴方様くらいです」 用意された紅茶を飲み、オズワルドはさっそく受け取った書類に目を通していた。 「いつもどこで仕入れてくるの、その噂」 呆れたように、アルフォルトも紅茶を飲む。侍女が事前に淹れてくれた紅茶は今日も美味しい。 「とある筋から、とだけ申して起きましょう」 「でも僕、その噂される怪奇現象とやらに遭遇した事ないよ?」 王城に与えられた部屋よりも、こちらの離宮で過ごす事が多いアルフォルトだが、生憎霊感の類は一切ない。 「アルフォルト様は熟睡されると嵐が来ても起きませんから、気づかないだけなのではないかと」 空になったアルフォルトのカップに紅茶を注ぎたし、ライノアはしれっと答えた。 「ねぇ、それ悪口だよね」 仮面越しに従者を睨むが、涼しい顔で流される。 「敢えていわく付きに住みたがる神経の図太さに、私は感服しておりますよ、王子」 「お前達は僕に敬意が足りないよね······」 幽霊よりも人間の方が怖い、とアルフォルトは知っている。いるかいないか分からないものより、明確な悪意の方が余程怖い。 天を仰ぐアルフォルトを他所に、オズワルドは楽しそうに笑う。気兼ねなく話せるのは嬉しいが、どうにもからかわれている気がしてならない。 「まぁでも、その噂のおかげで人が来ないから気楽だよ」 「主にローザンヌ王妃が、でしょうか?」 ニヤニヤといやらしく笑うオズワルドだが、まったくその通りなので曖昧にわらって頷いた。 「怖いよねあの人。笑顔でねちねち言われるもの」 嫌味を言われるような事をしている自覚はあるので仕方がないが、それもこれも貴方の息子シャルワールの為ですよ、と言えたらどんなに楽か。 言ったところで、元々嫌われているから対応が変わるとは思えないけれど。 「そのローザンヌ王妃ですが、最近侍女を一人新しく雇い入れたようです」 これまでのおちゃらけた雰囲気が一変し、オズワルドは声のトーンを落とした。 「伯爵家の三女で身元は確かなのですが······少し気になるんですよね」 「気になる?」 アルフォルトが訝しげに眉を潜めると、オズワルドは手元の書類をテーブルにそっと置いた。 「ローザンヌ王妃に排他的な所があるのはご存知ですよね?なので自分の側近や侍女は必ず自分の派閥の貴族からしか採用しない」 オズワルドがいうように、ローザンヌは自分に絶対服従する、目に見えて味方である人間以外信用しない。そのせいで貴族間で軋轢を産む事も多々あるが、今の所大目に見れる些細なもので王も黙認している。 「その王妃が、自分の派閥ではない貴族の娘を侍女に迎え入れたのです。三日前に」 「三日前、ですか」 アルフォルトとライノアは顔を見合わせた。三日前と言えば──。 「シャルワールのスープに、毒が盛られた日だ」 アルフォルトの言葉に、オズワルドは神妙に頷く。 先程オズワルドに渡した資料も、その毒殺未遂についての報告書だった。 「盛られた毒はやっぱりヒ素だったよ。その日捕らえた怪しい給仕は、尋問する前に奥歯に仕込んだ毒で自殺した」 苦虫を噛み潰したような顔で、アルフォルトは頭をかいた。毒が盛られた日の深夜、二人は人目を忍んで城の地下牢へ向かうと、犯人の男は既に息絶えていた。 何の情報も得られないまま、後手に回ってしまった事を悔いるが今更どうしようも無い。 「たまたまタイミングが重なった、にしては怪しいですね、その侍女」 顎に指先を当て、ライノアは考え込む。 「探りを入れるにしても、ローザンヌ王妃にはそうそう近づけないだろうし」 「シャルワール様に成りすまし······は無理ですね、アルフォルト様はその、身長がちょっと足りないので」 「チビで悪かったな!」 オズワルドの心無い言葉に、アルフォルトは噛み付く。 アルフォルトは弟よりも身長が低い事を気にしていた。勿論ライノアやオズワルドよりも小さいのだが、アルフォルトが特別小さい訳ではなく、周りの人間が大きいだけだ、と信じたい。 ライノア曰く持ち運びやすいとの事だが、大変不名誉極まりない評価だ。 「成りすまし、は冗談として······何か対策は考えるべきでしょうね」 オズワルドは眼鏡のフレームを押し上げて呟いた。 何か良くない事が起ころうとしている、そう感じずにはいられなかった。

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