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第3話
王城の庭園では、薔薇の花が見頃を迎えていた。
隅々まで手入れの行き届いた庭は、薔薇の他にも様々な植物があり、城お抱えの庭師日々が手入れをしている。
広大な敷地を少人数で管理している為、毎日それなりに忙しい彼らだが、ここ数日は更に多忙を極めていた。
その原因は、今日の催しにある。
「シャルワール様は相変わらず美しいですわね」
「金色の御髪 と緑の瞳、素敵ですわ」
口元を扇子で隠し、ヒソヒソと色めき立つ令嬢達が注視する先には、この国の第二王子の姿がある。
シャルワールは、表情こそ笑顔を貼り付けているが、参加したくない茶会に内心ではイライラしていた。
王家主催の茶会。
王城の庭園に招かれたのは有力貴族の妙齢の令嬢達で、皆ここぞ、とばかりに着飾っていた。
それもそのはず、このお茶会は第二王子の婚約者候補との顔合わせも兼ねているからだ。
シャルワールはうんざりして、まわりに気づかれないようにひっそりとため息を吐いた。
「シャルワール王子。本日はお招き頂き、ありがとう存じます」
その口上を今日何度聞いた事か。
「お会いできて嬉しいよ、エリザベート嬢。ゆっくりしていってくれ」
この返答も本日何度目か。代わる代わる挨拶に来る令嬢へ同じ言葉を繰り返す。
名前の所だけ変えたテンプレートの挨拶はもはや流れ作業で、それでも瞳を潤ませ頬を染めて令嬢達は喜ぶのだから単純だ。
お茶会の人選は母と家臣が。招待状を送ったのは侍従。自分がした事と言えば、招待状の最後に直筆で署名をし、今日来る令嬢の名前を覚えただけである。
だから、お礼は母と家臣にしろ、と言えたらどんなに楽な事か。
どうせ国にとって一番有益な相手と婚約するだけだ。自分に選ぶ権利などはなからない。
シャルワールは思う。
王子などと、大層なのは肩書きだけで、なんて窮屈なのだろう。
一通り挨拶を終えたのを見計らって、給仕が次々と茶菓子を運んで来た。
テーブルに一通り並べられた甘いお菓子の香りに、シャルワールは食べる前から胸焼けする。
甘い物は、あまり得意ではない。
令嬢が纏う香水の匂いも、苦手だ。
絶えず話しかけてくる声も、鮮やかすぎるドレスも、何もかも嫌になる。
いつの間にか、目の前に見慣れない焼き菓子が置かれていた。
普段城で出される物ではないので、おそらく今日のために特別に作ったのだろう。
さすがに何も食べないのは主催としてどうかと思い、シャルワールは焼き菓子を手に取った。
「ん?」
令嬢達がざわめいているのに気づき、何事かと顔を上げ、シャルワールはいよいよ顔を顰めた。
今一番見たくない、見慣れた仮面を着けた人物が、大きく手を振りながら近づいて来た。
「······アルフォルト兄上」
この場に呼ばれていない兄は、名前を呼ばれて嬉しそうに口角を上げた。
「お嫁さん探ししてるんだって?」
能天気な声で、アルフォルトは令嬢達を見渡した。
突如現れた仮面の王子に令嬢達は戸惑いつつもカーテシーで迎える。
招かれざる客とはいえ仮にも王家の人間、無下にはできない。
「何しに来たんですか」
「何って、様子を見にきただけだよ」
人前な事もあり、シャルワールはなるべくいつも通りの声で話す。
「貴方には関係ないでしょう」
「弟がどんな子と仲良くしてるか気になってね」
うんざりした様子に気づかないのが、より一層シャルワールの神経を逆撫でした。
自分は出たくもない茶会に参加し、令嬢の機嫌をとり、笑いたくもないのに笑っているのに。
自由気ままに振る舞う兄の一挙一動にイライラする。
どうやってこの場から追い出そうかと考えていると、アルフォルトがずいっと顔を近づけてきた。
「美味しそうなもの持ってるね」
手にしていたままだった焼き菓子をみつめ、アルフォルトはあろう事か、そのお菓子をシャルワールの手ごと口に運んだ。
「うん、美味しい」
「?!」
途端、端々から「なんて非常識な」と小さな声が聞こえる。
人前でとる行動ではない第一王子の行動に、避難めいた視線が向けられた。
咄嗟の出来事に反応が遅れたシャルワールは、目の前で給仕の真似をして紅茶のポットを手にしはじめたアルフォルトに、半ば無意識に怒鳴っていた。
「いい加減にしてください!!」
「あっ」
思ったよりも声が大きかったようで、ビクリと肩を震わせたアルフォルトは、手に持っていたティーポットを落とした。
派手な音を立て落ちたポットは、目の前の焼き菓子と、シャルワールの服を汚した。
「わっごめん、ごめんねシャルワール!」
シャルワールは、頭が真っ白になった。
怒りが頂点に達すると思考が止まるのだな、とどこか他人事のように思う。
アルフォルトはテーブルを拭こうと慌てて近くにあった布を引っ張ていた。途端、上に乗っていた花瓶が倒れ、近くにいた令嬢が悲鳴を上げた。
「ごめんなさいっ」
幸い、ドレスは汚れなかったようだが、花瓶が倒れたケーキは無惨な形になる。
花瓶に入っていた花が散らばり、テーブルは水浸しになっていた。
目の前の惨状にあわあわと狼狽えるアルフォルトのなんと無様な事か。
シャルワールはもう、限界だった。
「ここから出ていって下さい──衛兵、兄上を部屋までお連れしろ」
近くにいた衛兵を呼び、アルフォルトを強制的に退場させる。
たったの一瞬で、お茶会を台無しにされた。 これ以上兄の愚行を見るのも、見せるのも嫌だった。
両脇を抱えられるように連れていかれるアルフォルトはしきりに「ごめんね」と繰り返している。
令嬢達は「あれが噂の······」と、冷ややかに事の顛末を見て、それから同情の目でシャルワールを見ているのが痛い程わかる。
第一王子の乱入により、お茶会は途中でお開きになった。
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