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第11話(※R18)

バスルームのドアを開けると、アルフォルトは猫足のバスタブの前に座り込んで、シャワーを浴びていた。湯気が上がっていない所を見ると、やはり水のようだ。 シャワーを止めると、ハッとして顔を上げたアルフォルトと目が合う。 ライノアが入って来た事にも気付かずにずっと泣いていたのだろう、目が真っ赤に充血していた。 吐いた跡もあり、ずっと一人で耐えていたのかと思うと、ライノアは心臓を鷲掴みされた気分になる。 「入ってくるなと言ったよね!」 ライノアに背を向けて縮こまったアルフォルトの身体を、持ってきたタオルで包む。 一体いつから水を浴びていたのだろう。全身は冷たく、唇は紫色になっている。 「昼間の香水、効いてしまったんですね」 ライノアの言葉に、誤魔化すのは無理だと悟ったアルフォルトは視線をさ迷わせた後、弱々しい声で白状した。 「······最初は、なんか暑いなって感じただけで本当に大丈夫だったんだ。でも、お風呂に入ろうとしたら、身体が変で······」 項垂れたアルフォルトをライノアは抱き上げる。 「やっ······あっ······」 肌に少し指先が触れただけで、アルフォルトの身体が跳ねた。 思わず声が出てしまったアルフォルトは、顔を真っ赤にして俯く。 「お、下ろして!大丈夫だから、放っておいてっ」 アルフォルトはライノアの腕から逃れようとバタバタ暴れる。 「大丈夫なわけないでしょう?こんなに身体を冷やして。風邪引きますよ」 風邪をひいたら、アルフォルトは十中八九熱を出す。薬が効きにくいので解熱剤の効果が薄く、中々熱が下がらない。 その事をアルフォルトも思い出したのだろう。諦めて大人しくなった隙に、ライノアはアルフォルトをしっかりと抱え直した。 バスルームを出ると、メリアンヌはもう居なかった。何かあってもいいように、傍に控えてはいるのだろうが、気配が全くない。 労るようにベッドにそっと降ろすと、アルフォルトはバスタオルを身体に巻き付けて震えた。 「······どうしたらいいのかは、わかるんだ。でも、自分がと同じになったみたいで気持ち悪くて······」 項垂れたままのアルフォルトは媚薬のせいで反応した身体が許せないのか、腕に爪を立てた。よくみたら身体のあちらこちらに爪を立てた跡がある。 些細な刺激にすら身体が反応し、今まで性的な興奮を覚えた事かない身体に戸惑っているのがわかる。 ライノアは震えるアルフォルトの手を取った。 「ルト、このままでは辛いだけです」 「······大丈夫、我慢できる」 頑なな態度を取るアルフォルトを怖がらせないように、ライノアは出来るだけ優しく触れる。 また爪を立てないように、細く白い指をそっと握り込んだ。 自分のよりも一回り小さい手は、成人した男性とは思えない程に繊細で、強く握ったら折れてしまいそうだ。 「こういうときは出しちゃった方が楽ですよ。それとも自分で処理するのは嫌?」 「······怖い」 首を振り、拒絶する。視線が虚ろになっているのに気付き、ライノアは慌ててアルフォルトの顔に手を伸ばす。 「やだっ」 バシっと派手な音を立てて手を弾かれた。アルフォルトはカタカタと歯を鳴らし、呼吸は浅くなっている。 「アルフォルト」 「あ······来るな······」 ライノアが正面にいたのがまずかったのか、過去に誘拐された時に今を重ねてしまったようで、アルフォルトは虚ろな目からボロボロと涙を零す。 そのまま頭を抱えてうずくまったアルフォルトを、ライノアは背中から抱きしめた。 「いやだっ!離してっ、痛いのは嫌っ······怖い」 「大丈夫、痛い事はしません」 「ぅ······ぅっ······ぐすっ、ライノア、ライノアどこっ?」 バタバタと暴れ、小さな子供のように泣き叫ぶアルフォルトの身体を傷付けないように抱え込み、ライノアはアルフォルトの目を覆った。 「アルフォルト、大丈夫。私はここにいます」 耳元で言い聞かせるように優しく繰り返す。頭を撫でて「大丈夫」と何度も何度も繰り返すと、アルフォルトは少しずつ落ち着いて来た。 誘拐された後のアルフォルトが錯乱状態になった時も、よくこうやって落ち着くのを待ったものだと、苦い記憶が蘇る。あの時は今よりも酷く、引っかかれたし噛みつかれもしたが、今はそこまでする気力は無いようだ。 暫く撫でていると、身体の震えが少しずつ収まって来る。呼吸も少し安定し、アルフォルトが正気に戻ったようで腕の中から小さな声がした。 「ライノア······」 「怖い思いをさせてすみません」 アルフォルトが力無く首を振る。錯乱して体力も気力も使い果たしたようだが、媚薬の効果が消えた訳ではない。暴れてタオルが落ちた身体は何も纏っていないので、アルフォルトの痛いほど張り詰めた性器が顕になっている。 かなり辛い状態なのは、同じ男であるライノアにもわかった。 「······私の事を嫌いになってもいいので、今は我慢して下さい」 もし嫌われたら、ライノアは多分生きていけない自覚があるが、今は本心と真逆な事を言ってでもアルフォルトを説得しないといけない。 ライノアはそっとアルフォルトの昂りに手を伸ばす。 触れた途端、アルフォルトの身体が跳ねて逃げようとするのを、もう片方の手で抑え込む。 「あっ······ゃ······やだっ」 身体を固くするアルフォルトを宥めるように項に口付けを落として、絡めた指を優しく動かす。 「ずっとこのままは嫌でしょう?」 優しく囁くライノアの言葉に、アルフォルトは震えながら、躊躇いがちに頷いた。力が抜けたのを確認して、ライノアはアルフォルトの昂りを刺激する。後ろから抱きしめたまま上下に指を動かすと、悲鳴に似た嬌声があがった。些細な刺激全部が快楽になるのか、先走りの蜜が手を動かすたびに溢れてくる。 「んぅっ······あっ······らい、のぁ」 強すぎる快感が苦しいのか、アルフォルトはボロボロと涙を流す。頬を伝う涙を唇で掬うライノアの腕に、アルフォルトの手が縋り付く。 「なぁに?ルト」 「や、だめッ······なんか、へん、な感じがする······ぁあっ」 頬を染めたアルフォルトの呼吸が、甘いものになっているのに気付き、ライノアはほっとする。 「へん、じゃなくて気持ちいいんですよ」 もっと抵抗されるかと思っていた。暴れて殴られる事も視野に入れていたが、アルフォルトは思ったよりも大人しかった。 ゆっくりと動かしていた手を少し速くすると、アルフォルトは目を見開いて喉を逸らした。 白い喉元に噛みつきたい衝動を、ライノアはぐっと堪えた。 「んっ······気持ち、良い?」 「そう、お腹の下の辺りが熱くなっているでしょう?」 言い聞かせるように優しく囁く。下腹部に指を這わせて撫で上げると、アルフォルトは悲鳴を上げた。すぐ逃げようとする身体を緩い力で拘束する。 「はぁっ······んんッ」 触れた所から熱を持ち、荒い呼吸に瞼を震わせる。毒のような色香に、ライノアは目眩を覚えた。 項に舌を這わせれば、ビクリと身体を跳ねさせて快感に喘ぐ。 アルフォルトの白くキメの細かい肌は女性と見紛う程だが、細身とはいえそれなりに筋肉が付いている。綺麗な身体には不似合いな傷跡がいくつかあり、その中でも一番目立つ、左の脇腹にある古い傷跡を撫でる。それはライノアのせいで付いた傷だった。この傷跡を見る度に、ライノアは過去の自分を殴り倒したい衝動に駆られる。 アルフォルトに顔は見えていないだろうが、ライノアは今酷い顔をしている自覚があった。 「······私が怖いですか?ルト」 ライノアの言葉に、アルフォルトはゆるゆると首を振った。 「ライノアは、ぁ、んっ······怖くなぃ、ッ」 「それは良かった」 心の底からライノアが安堵していると、アルフォルトがかすれた声で聞いてきた。 「気持ち良いと思っても、いいの?こんな······僕が、穢らわしいと思わない?」 涙の膜が張った目で、思っても無い事を聞かれ、ライノアは一瞬息が詰まった。 「そんな事······一度も思った事ないですよ、アルフォルト」 アルフォルトの一言で、ライノアの頭はすっと冷えていった。 あられもないアルフォルトの姿に、欲情しない訳がない。何も考えられなくなる程、快楽に溺れさせたアルフォルトを組み敷いて、自分の物にする事だって出来る。 でも、そうしたらきっと。アルフォルトはライノアを遠ざけるだろう。ここで媚薬のせいにして全てを有耶無耶にして、身体だけ手にいれても。アルフォルトの心は永遠にライノアの物にはならない。 ──それに。 泣いて震える小さな身体は壊れてしまいそうで、これ以上無体を働く気が起きなかった。 身体を優しく抱きしめて、ライノアはアルフォルトに快楽を与える事に集中した。 「今は何も考えないで」 それは、自分に言い聞かせるための言葉でもあった。 「ぁん、······ふぅ······っ」 アルフォルトは声を抑えようと、手の甲で自分の口を塞ぐ。いじらしい姿があまりにも煽情的で、ライノアは空いている手で慎ましやかな胸の飾りをゆっくりと撫で上げる。 はじめは柔らかかったそこは、刺激を与え続けるうちに硬くなり、ライノアが指先で先端を摘むとアルフォルトの声は甘さを増した。 「ゃっ······だめぇ······つよく、しないでっ」 くったりとライノアに身体を預けて、アルフォルトは与えられる刺激を受け入れている。 手を動かす度にぐちゅぐちゅと卑猥な水音が寝室に響き、冷たかったアルフォルトの身体は熱を取り戻してしっとりと汗ばんでいた。初めて味わう快感のせいか、はたまた媚薬のせいなのか、些細な刺激にも反応する。シーツを握り締める指先は白く、心許ないのか、縋るようにライノアの腕に伸ばされた。 「らい······の、ぁ、」 首筋を柔く食むと、不思議と甘い香りがした。 思わず歯を立てると、アルフォルトの爪先がシーツを引っ掻く。 「·····はぁっ、ンっ」 そろそろ限界だろうか。 白い内腿をゆっくり撫でると、アルフォルトが堪らず頭を振る。パタパタと涙が零れ、シーツを濡らした。 蜜を零し続ける先端の窪みを親指で刺激すると、アルフォルトの身体が一際大きく跳ねた。 「?!やっ······だめ、~~ッぁああッ!!」 内腿がガクガクと痙攣し、息も絶え絶えな嬌声と共に、ライノアの手に白濁を吐き出した。 荒い呼吸を繰り返す額に、ライノアは口付けを落とすと、アルフォルトは微笑んでそのまま意識を手放した。 ♢♢♢ 体力的にも精神的にも限界だったのだろう。アルフォルトは意識を手放したままだが、呼吸は安定していた。どうやら眠っているようだ。 アルフォルトの体を清め終えて寝間着を着せていると、メリアンヌが戻って来た。 「王子、大丈夫そうね」 「······可哀想な事をした」 自責の念に苛まれ、この世の終わりのような顔をしたライノアに、メリアンヌは思わず吹き出した。 「人が落ち込んでいるというのに」 アルフォルトの為とはいえ、嫌がる身体を抑え込んで無体を強いた。錯乱していたとはいえ、伸ばした手を払われて拒絶された時は心臓が止まるかと思ったくらいだ。 普段は淡々としているライノアが怒られた犬の様にしゅんとしている。あまりのギャップに、メリアンヌは笑いを堪えることが出来なかったようでずっと肩を震わせていた。 ライノアがメリアンヌを睨むと、バシバシ叩かれる。馬鹿力なので痛い。 「そんな泣きそうな顔しないでよ、世界の終わりは今日じゃないわ。てか、その顔面白すぎるんですけど」 落ち込んでいる人間に接する態度ではないメリアンヌにライノアはムッとした。しかし、怒る気力がないのですぐ項垂れた。 「······目を覚ました時、私を避けるかも知れません」 「多分大丈夫よー、知らないけど」 メリアンヌはずっとニヤニヤしている。 「あなたって本当に失礼ですよね」 無神経な侍女だが、あまりにもあっけらかんとしていて、ライノアは落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきた。 「そりゃあ、あられも無い姿見せちゃったんだから王子も最初は気まずいって思うんじゃない?私だって同じ事になったら恥ずかしいもの」 メリアンヌは恥じらいの「は」の字も知らないのではないかというくらい堂々と腰に手を当てている。言っている事に態度がそぐわない。 「普通に気持ち悪いのでそんな事になったら暫く近づかないで下さい」 心底嫌そうな顔をするライノアに、今度はメリアンヌがムッとした。 「私だって貴方のなんか見たくないわよ!」 寝ているとは言え王子の前でなんて酷い会話なのだろう。その事に気づいた二人は顔を見合わせる。メリアンヌは笑い、ライノアは盛大なため息を吐いた。 「とりあえず、お茶でも淹れてあげるからゆっくりやすみなさいな」 「そうします」 眠るアルフォルトの頭をそっと撫で、ライノアとメリアンヌは寝室を後にした。 「······なんですか?人の事をジロジロと見て」 紅茶を飲む手を止めて、ライノアはじっと見つめてくるメリアンヌに問いかけた。 淹れて貰った紅茶は美味しいが、先程から視線が気になって仕方がない。 「私は、貴方が理性に負ける可能性も視野に入れてたんだけど······」 自分が淹れた紅茶の香りを楽しみ、メリアンヌはティーカップに口を付けた。一口、ゆっくりと飲み込む様はどこか艶かしい。 「貴方って仙人かなにかなの?」 頬に手を添えて、メリアンヌはため息を吐いた。視線の先が自身の股間である事に気づき、ライノアは何とも言えない表情でメリアンヌを見返す。 「あなたに恥じらいはないんですか」 「だってなんの反応も無いんですもの。逆にびっくりしたわ。まあ、冗談で『役得』なんて言ったけど、もし貴方が理性を失って嫌がる王子を手篭めにしようとしてたら」 「······してたら?」 「しばらくは再起不能にしてたわ。どことは言わないけど」 念の為、自分がアルフォルトを襲う事があったら止めて欲しい、とは伝えてあったが、メリアンヌの目が不穏な光を宿している。 ウインクして見せるメリアンヌに身震いし、ライノアは誤魔化すように紅茶を口に運んだ。 「あなたは恐ろしいですね」 「あら、リスクヘッジは基本中の基本よ」 うふふ、と微笑む侍女は、アルフォルトの為ならなんだってやるだろう。 アルフォルトに忠誠を誓う人間は、皆そうだ。 王族に仕えるという事はそれだけでステイタスにもなるが、表舞台に立たない主に仕えるという事は、功績が日の目を見ることは殆どない。まして、王位継承権を放棄してるなら尚更だ。 それでも自分達は、仕えるならアルフォルトが良い。地位や名誉よりもずっと大切なものを与えてくれたアルフォルト以外、考えられない。 「······本当は一瞬、このままアルフォルトを自分の物にしようと思ったんです」 ライノアの独り言みたいな弱々しい声に、メリアンヌは何も言わない。 「でも、泣いて震えるアルフォルトを見てたら······そんな気も無くなりました」 カップを置いて、膝の上で手を組んだライノアは苦しそうに目を閉じた。 アルフォルトのトラウマを上書きするくらい快感を与えて。何も考えられないほど自分に溺れさせて、あの紫の瞳には自分だけ映して欲しい。 国も王子という立場も何もかも棄てて二人きりの世界で生きられたら、と何度も空想した。 でも、そんな空想の中ですら、アルフォルトは笑ってくれなかった。 「私は、アルフォルトには笑ってて欲しい。ただそれだけなんです」 「貴方もだいぶ拗らせてるわねぇ」 飽きれた声でメリアンヌは首を左右に振った。ライノア自身もそう思うのだ。自嘲めいたため息が零れる。 「何とでも言ってください」 すっかりぬるくなった紅茶を飲み干す。冷めても紅茶は美味しかった。 メリアンヌはティーポットを手に、ニッコリ微笑んだ。「紅茶のおかわりはいかが?」

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