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第22話
アルフォルトが殴り倒した男は、床に倒れ込んだ。脳震盪 を起こして暫くは動けないだろう。床に落ちたナイフを踵で弾いて、宙に浮いたそれをアルフォルトは縛られた両手で掴む。
咄嗟の出来事に呆気にとられ、反応できないでいるもう一人の見張りの顬 を、ナイフのグリップで殴る。
そのままバランスを崩した男の鳩尾 を、アルフォルトは膝で蹴り上げた。
二人の見張りは、呆気なく床に転がった。
男から奪ったナイフで自分の両手を縛る縄を切る。最悪関節を外して縄を解こうと思っていたが、運良くナイフが手に入ったのは僥倖だ。
アルフォルトは自由になった手で、床に転がる男を近くに落ちていた縄で縛った後、部屋にいる子供達の縄を全て切った。
「まだここからは出ないで。もうすぐ助けが来るからね。······怖い人達は、あと何人くらいいるかわかる?」
子供達に一箇所にまとまるように伝え、アルフォルトは尋ねる。
すると、栗色の髪の少年が小さな声で「剣を持った人を三人ぐらいみた」と答えた。
「そう、ありがとう」
少年の頭を撫でて、アルフォルトは立ち上がる。
「怖い人が部屋にはいれないように、僕が出たらドアに鍵をかけて。助けが来るまで絶対に開けないようにね」
アルフォルトの言葉に、子供達は頷く。虚ろな目をしていた子供達は、希望が見えた事で目に光が戻ってきている。
「······お兄ちゃんは、どこにいくの?」
小さな女の子が、アルフォルトに問いかけた。
アルフォルトはしゃがんで女の子と目を合わせると、優しく微笑んだ。
「ちょっと、鬼退治にね」
囚われていた大広間を出ると、すぐにドアから施錠の音がする。言いつけを守ってくれた事にアルフォルトは安堵すると、そのまま廊下を突き進んだ。
途中すれ違った賊を何人か倒す。寄せ集めの集団なのか、まともに戦えるものはいなかった。
物音がする部屋のドアを蹴り開けると、男が三人、煙草を吸いながら賭事をしていた。
思いがけない侵入者に固まる男達に、アルフォルトは近くにあった花瓶を投げ付ける。
花瓶は一人の男の頭に直撃し、派手な音を立てて割れる。額から血を流して男は倒れた。
「なっ······お前どこから入ってきた!」
咄嗟の出来事に反応が遅れたが、応戦する構えになった残りの二人は剣を抜くとアルフォルトに斬りかかってくる。しかし、狭い室内では思う様に剣を振るえないのが目に見えてわかった。
アルフォルトは身を低くして剣を躱すと、男の懐に入り込み顎を掌打した。ガチン、と歯と歯がぶつかる嫌な音がする。体制を崩した男が剣から手を離し、床に剣が突き刺さる。
アルフォルトは床から剣を抜くと後ろから斬りかかってきたもう一人の男の剣を受け止めた。
ギイン、と金属が擦れる音が響く。その後何度も力任せに斬りかかってくる剣を受け止めるが重い一撃にアルフォルトは一歩、また一歩と後退する。
(力でごり押されるとキツイな)
あと一撃受けたら反撃に出よう、とアルフォルトが剣の構えを変えようとし──背後から押さえつけられて、アルフォルトはハッとした。
「てめぇぶっ殺してやる!」
掌打を食らわせた男が、アルフォルトを羽交い締めにする。
気絶してなかったのか、と自分の詰めの甘さに舌打ちした。
(こういう所なんだよなぁ)
反省しても遅いが、なってしまったものは仕方がない。
目の前で振り下ろされた剣の軌道を確認し、アルフォルトは、羽交い締めしている男を足払いした。体勢を崩した男を盾にする。
「ぐわぁあああっ」
剣はそのまま、男の肩から背中にかけて振り下ろされる。血飛沫が視界を赤く染め、そのまま男は床に倒れた。
「つッ······」
躱しきれなかった刃先が、アルフォルトの左の肩を掠めた。幸い傷は深くないが、シャツに血が滲む。
アルフォルトが盾にしたとはいえ、身内を切った事にもう一人の男は動揺していた。その隙を見逃さかず、アルフォルトは手にしていた剣で男の首を刺した。
ごぽぽっと口から血を吐き出し、もう一人の男も床に倒れる。
剣を振り、血を払ったアルフォルトは目を閉じた。
それから、深く息を吐くと短く呟いた。
「ごめんね」
部屋を出ようとすると、廊下を駆けてきたのは最初に会った武装した男と、もう一人──見覚えのある顔は、ヴィラの管理人を務める男だった。
城に出入りしているとはいえ、アルフォルトの顔を知らない管理人は、戸惑った表情を浮かべていた。
武装した男は血塗れのアルフォルトに目を見開いたが、部屋の惨劇を目の当たりにして剣を抜く。
「わ、私は商品を確認してくるぞ」
見るからに戦えない管理人は、廊下の先の大広間へと駆けていった。
「大人しい顔して、やるなぁガキ」
「お前で最後か?」
アルフォルトは冷たい声で吐き捨てたが、男は愉快そうに笑った。
「ああ、お前のせいでなっ」
言い終わらないうちに、アルフォルトに剣を振り下ろす。
予想通り重い一撃だが、先程の男と違い力任せに振るった訳では無いのがわかる。
角度を変えて打ち込んでくるのを受け止め続け、アルフォルトの手が痺れた。
(強いな······)
このまま防戦一方だと、遅かれ早かれアルフォルトは負ける。
剣の柄をずらして、受け止めた刃先を流し、アルフォルトはすかさず距離をとった。
アルフォルトは、華奢な体型故に力がない。真っ当に戦うと剣術は力で押し負けてしまう。
だから型にはまった試合は、弱い。
「どうした?威勢がいいのは最初だけか?」
息を切らし始めたアルフォルトに、男はニタリと笑うと剣をもう一度振り上げた。アルフォルトは刃を受け止めるフリをして剣から手を離し──身をかがめて床に落としていたナイフを拾い上げると、そのまま男の顔面へとナイフを投げ付けた。
男の顎にナイフが刺さり、呻き声を上げて剣から手を離した隙に、アルフォルトは再び剣を握り直すと心臓目掛けて刃を突き立てる。
肋骨の間を、少しだけ傾けた刃先に貫かれ、男の身体は傾いた。
地面へと倒れた男は暫く呻き声を上げると、やがて絶命した。
アルフォルトもそのまま、床にズルズルと崩れ落ちる。
息が上がって、荒い呼吸を繰り返す。
元々体力はそんなにないが、極度の緊張状態が続いた身体は悲鳴を上げていた。
シャツは引き裂かれて前がはだけて、身体は返り血で染まっている。酷い格好だな、とアルフォルトは溜息を吐いた。
「······早く行かなきゃ」
先程管理人が大広間に向かったのだ。中から鍵をかけたとはいえ、いつまで持つかわからない。
今すぐ子供達の所に駆けつけなければ。
立ち上がろうとするが、身体に力が入らなかった。
「·····どうしよう、困ったな」
動かない身体に、アルフォルトは途方に暮れた。
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