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第23話

ライノアがヴィラの裏口に到着すると、無人の馬車が停まっていた。 裏口のドアは開いたままで、足音を立てないようにヴィラに入る。 入口脇にある部屋のドアも開いたままで、そっと中の様子を窺うと、大男が白目を向いて倒れていた。 狭い室内に他に人影は無く、倒れた男の脇で何かが光った。拾い上げるとそれはアルフォルトが普段使っている護身用の針で、針先が変色している。 (アルフォルトはヴィラの奥にいるのか?) 物置部屋から出ると、廊下の奥から小柄な中年男が慌てたように走ってくる。見覚えのある顔は、ヴィラの管理人を務める男だった。 「お前、何をしている?」 ライノアが呼び止めると、管理人は思いがけない来訪者に「ひいっ」と情けない悲鳴をあげる。脇をすり抜けて逃げようとした男の首に手刀を当てると、管理人はそのまま床へと倒れた。 管理人を廊下の端へと寄せ、ライノアは更に奥へと進むと、鉄錆のような匂いが充満していた。 進んだ先の部屋の入口、血溜まりの出来た床には、ナイフが顎に、剣が胸に刺さった男が絶命している。 噎せ返る血の匂いに、ライノアの心臓が早鐘を打ち、部屋に視線を向けると──血塗れのアルフォルトが、床に座り込んでいた。 「アルフォルトっ!!」 声を張り上げ、アルフォルトの元へと駆け寄る。室内には他に床に転がる男が三人。いずれも血を流して倒れている。 ライノアの声に、アルフォルトが顔を上げた。その目にライノアを捉えると、紫の瞳が揺れた。 「怪我はありませんか!?」 細い身体を抱きしめると、アルフォルトの身体は震えていた。返り血で濡れた身体、纏うシャツは引き裂かれ、薄い胸が露になっていて何があったのか想像が付く。 アルフォルトに無体を強いた男を殴り殺したい衝動に駆られた。針を使ったのを見るに、おそらく入口の部屋に転がっていた男だろう。男の衣服に乱れはなかったので、未遂なのがせめてもの救いだ。 一人で怖かっただろう。思わず抱きしめる腕に力が籠った。 アルフォルトは震える腕をライノアに伸ばすと、ぎゅっとしがみついてくる。 アルフォルトの血に濡れた頬を拭い、ライノアは自分の額をアルフォルトの額を合わせた。紫の瞳に、自分が映り込む。久しぶりに触れるアルフォルトの体温は、いつもより高かった。 「······シャルワールは無事?」 「大丈夫です。おそらく既に衛兵に保護されて城へ戻っている頃かと。間もなくこちらにも衛兵が到着します」 自分の事よりも弟を心配する主人があまりに健気で胸が苦しくなる。ライノアの返答にほっとしたアルフォルトは、そのままライノアに身体を預けた。 「ごめん、身体に力が入らない。······管理人が大広間に向かったんだ。囚われた子供達がいるから、早く助けてあげて」 「管理人は先程気絶させました。······囚われている子供がいるのですか?」 ライノアは自分の外套を脱ぐと、アルフォルトを包み、抱き上げる。 「管理人が手引きして、ここで人身売買が行われていたみたい。子供達を早く安全な所へ保護しないと」 アルフォルトが言い終わる前に、廊下が騒がしくなった。衛兵が到着したようで、ライノアはアルフォルトを抱えて廊下に出る。 「ライノア殿、アルフォルト王子は──」 部隊長を務める衛兵が、ライノアの腕に抱えられたアルフォルトに視線を寄越す。 カツラも仮面もないアルフォルトは、ライノアの外套で隠すように包まれている。 「アルフォルト様に怪我はありません。熱を出して倒れていたので、このまま城へお連れします。廊下に転がっている管理人は捕らえて地下牢へ入れてください。──ここで、人身売買の手引きをしていたようですから。それから奥の大広間に囚われた子供達がいるので、保護して下さい」 「かしこまりました」 部隊長は部下に指示を出すと、廊下の奥へと進んで行く。 自体が収束しつつある事にアルフォルトは安堵し、ライノアの腕に身を任せる。 「······ライノア」 小さな声が、ライノアの名前を呼ぶ。 「我儘言って結局、迷惑かけてごめん」 震える手が、ライノアの上着を握りしめる。 「······謝るのは私の方です。例え血を分けた弟であろうと貴方が──私以外と楽しそうにしているのを見たくなかった。嫉妬して、酷い事をいいました。申し訳ありません」 アルフォルトを抱きしめた腕に、力が籠る。 弟にすら嫉妬する狭量な自分を認めたくなくて、意固地になっていた。 そのせいでアルフォルトを危険に晒してしまった。 怖い思いをさせてしまった。 項垂れるライノアをアルフォルトは腕の中から見つめてくる。紫の瞳を瞬かせ、アルフォルトはそっと頬に触れてきた。 「──許すよ、ライノア。だから僕の事も許して」 そのまま、頬に唇を寄せ──アルフォルトは、ライノアの腕の中で意識を失った。

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