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第54話(※R18)

「朝は晴れてたじゃん!なんだよこの雨!」 「──すぐに火を起こしますから、少しだけ待ってて下さいね」 突然の雷雨で全身ずぶ濡れになったアルフォルトは、頬を膨らませて窓の外、降りしきる雨を睨んだ。 部屋に備え付けられたタオルをアルフォルトに渡すと、ライノアは自分を拭くのもそこそこに暖炉の火を起こす。 この雨では当分城へは戻れないな、とアルフォルトはため息を()いた。 早朝。アルフォルトとライノアは、馬を走らせて城の西側の森にあるヴィラへと向かっていた。 例の人身売買の事件以降、改めてメンテナンスがされ、管理人も新たに信頼のおける者に任せる事になった。 ベラディオから「ライノアと一緒に様子を見てきて欲しい」と依頼があり、アルフォルトは二つ返事で引き受けた。 本来なら王子が態々出向かなくても良いのだが、忙しくて城に缶詰状態のアルフォルトを見兼ねて、声を掛けたのだろう。 城の中はシャルワールの成人の儀の準備で慌ただしく、どことなくピリピリとした空気が漂っていた。 (息抜きしてこいって事なんだろうな) 父の気遣いを有難く思い、アルフォルトは上機嫌で馬を走らせていた。 すぐ隣を並走するライノアも、森の澄んだ空気が気持ちいいのか、時々深く深呼吸している。 「静かだし、空気も美味しいし、最高だね!」 「外に出られて良かったですね」 ライノアは終始上機嫌なアルフォルトの隣で、異常がないか時折視線を周囲に向けていた。 もうすぐ冬が訪れる季節だ。早朝ともなれば吐く息は白く、厚手の外套と手袋を身に着けてはいても、頬を撫でる風に身を竦める。 「寒いけど、天気が良いって嬉しいよね!やっぱり僕って晴れ男なのも」 そう、アルフォルトが楽しそうに笑った瞬間。 バケツをひっくり返したような雨がいきなり降って来た。 「······。」 「······そんな哀れんだ目で見るなよ」 無言で見つめてくるライノアの視線が痛い。それから慌てて馬を走らせ、ヴィラに到着した頃には、二人ともずぶ濡れだった。 前回訪れた時とは違い、今回はちゃんと鍵がある。 室内もすっかり綺麗になり、いつ来ても快適に使えるように整えられていた。 気になる事があれば報告しろ、と言われたが、今の所問題ないように思える。 二人がずぶ濡れな事以外は。 もそもそと頭を拭いていると、ライノアに声を掛けられ、火を起こした暖炉の前に移動する。 「濡れた服を乾かすので、脱いだらそこに置いて下さいね」 「わかった」 頭にタオルを被せたまま、アルフォルトは外套と上着を、暖炉の前に移動させた椅子の上に置いた。 シャツのボタンを外そうとし、指先が(かじか)んで上手く外せない。素肌に濡れて張り付いたシャツは不快で、容赦なくアルフォルトの体温を奪う。 シャツを脱ぐのに苦戦していると、節榑立(ふしくれだ)った長い指が伸びて来て、ボタンを外してくれた。 「ごめん、ありがとう」 シャツを脱ぎ、ひんやりとした空気に身を竦めると、柔らかい毛布で身体を包まれた。 「風邪をひくといけないから、暖炉の前に座ってて下さい。何か温かい飲み物作って来ますね」 ライノアが濡れたシャツのままだったのに気づき、アルフォルトはその腕を引き止めた。 「僕は大丈夫だからライノアも先に着替えて。飲み物は後でいいから」 「しかし──」 掴んだ腕は冷たく、ライノアも寒いのだろう。微かに身体が震えている。 自分の事よりもアルフォルトを優先するライノアに、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。 「ライノアが風邪ひいたら困る」 下から覗き込めば、ライノアは困ったように微笑んだ。 「では、お言葉に甘えて」 ライノアは濡れたシャツを脱ぐと、同じく暖炉の前の椅子に掛けた。 普段着替えを手伝ってもらう自分とは違い、ライノアの素肌を見たのは久しぶりで、思わずドキリとした。 鍛え抜かれた身体は所々に傷跡がある。その殆どがアルフォルトを守って出来たもので、自分の不甲斐なさに胸が締め付けられた。 その中でも左の肩にある傷跡は、いつ見ても痛々しい。 はじめてライノアと会った時に、この肩は矢に貫かれていた。 (──もう、十年も前か) 首にかかったシルバーのペンダントが暖炉の炎に照らされて赤く光った。 いつも身につけているそれは、余程大切な物なのだろう。一度も外しているのを見たことがない。 誰に貰ったのかとか色々気になるが、聞いたらいけない事なのは何となくわかっていた。 それにしても、とアルフォルトは思う。 普段は着痩せして見えるが、ライノアの身体は厚みがあり、綺麗に筋肉が付いていて、純粋に羨ましい。 アルフォルトがどんなに鍛えても、ライノアのようにはならなかった。 思わずじっと見ていると、ライノアは苦笑いして毛布にその身体を包んだ。 暖炉の前に座るアルフォルトの隣に腰を下ろし、アルフォルトの髪をタオルで優しく拭いてくれる。 「シャワーを浴びれたら良かったんですが、生憎まだ風呂場の改築が終わっていないので、我慢して下さいね」 「大丈夫だよ。──濡れたからちょっと寒いけど」 アルフォルトは毛布を身体に強く巻き付ける。一度濡れた体は、暖炉の熱があるとはいえ中々温まらない。 ライノアがお湯を沸かそうかと立ち上がるのを止めて──その腕の中に潜り込んだ。 「アルフォルト?」 「ちょっとごめんね。腕を上げて······そう、そのまま」 自分の毛布をライノアに渡すと、素肌をライノアの胸に預けた。 背中から抱きしめて貰うようにライノアの足の間に座り直し、アルフォルトは満足した。 「うん、この方が暖かい」 背中に、ライノアの引き締まった身体が触れる。トクトクと脈打つライノアの心音が心地よく、アルフォルトは力を抜いて寄りかかる。 「······アルフォルト」 少し困惑した、ライノアの声が聞こえる。 「こーいう時は人肌で温め合うって、なんかで読んだんだけど、あながち間違ってはいないみたいだね」 冷えた肌に、背中から伝わる肌の熱は温かく、しかしライノアはどこか強ばったままで、アルフォルトは振り返った。 「ごめん、もしかして寒い?」 「いえ、そうではなく」 ライノアは困った顔を手で覆い隠して、ボソボソと歯切れ悪く白状した。 「······ルトの素肌に直接触れてるから、イケナイ気分になるんですが」 ライノアの言葉で、アルフォルトはようやく理解した。肌と肌が密着しているこの状況は、冷静に考えれば確かに色々とマズイ気がする。 急激に顔が熱くなり、アルフォルトは狼狽え──慌ててライノアから離れようとしてバランスを崩した。 「ぅわっ!?」 思わず目を瞑ったが、背中に衝撃が訪れることは無く、恐る恐る目を開けば、ライノアの顔が真上にあった。 「相変わらず危なっかしいですね」 苦笑いするライノアは、咄嗟にアルフォルトの背中を支えてくれたらしい。 しかしそのままでいるには無理な体勢だったようで、ゆっくりと、毛布を敷いた床に横たえられる。 「ごめん。手、痛くしなかった?」 「大丈夫ですよ」 囲い込むように、真上から見下ろすライノアの目に、暖炉の炎が反射して揺らめく。 ハラりと、耳にかけていた髪の毛が落ちる様がやけに色っぽく見え、アルフォルトはドキリとした。思わず手を伸ばし、頬に張り付いた髪の毛をそっと耳にかけ直してやると、ライノアは目を細める。 今、ライノアの目には自分しか映っていないのだと思うと、どうしようもなく胸が高鳴った。 「ねぇ、ライノア」 「なんです?」 アルフォルトはコクリ、と喉を鳴らした。 「·····キスしてもいい?」 頬が熱い。 この心音がライノアにも聞こえているのではと思う程、心臓が忙しなく脈打つ。 返事のかわりに、ライノアの顔がゆっくりと近づいて、アルフォルトの唇を優しく啄んだ。 最初は触れるだけだった口付けが次第に深くなり、角度を変えてアルフォルトの唇を食む。 伸ばした両手でライノアの頭に触れた。髪の毛を掻き乱すみたいに抱きしめると、ライノアも長い指でアルフォルトの髪を梳く。 力が抜けた隙に、薄く開いた唇にライノアの舌が入り込んできた。 「んっ······ふ」 くちゅっと音を立てて、アルフォルトの小さな舌を吸う。 ゾクゾクとした感覚に肌が粟立ち、絡め取られた舌が熱を持つ。 唇の端から飲み込めなかった唾液が伝い落ち、その感覚にすら身体が甘く疼いた。 上手く息継ぎが出来ないアルフォルトは、荒い呼吸で酸素を求め──しかし、ようやく離れた唇に名残惜しさを感じた。 とろん、とした目で見つめれば、ライノアの目が情欲に揺らぐ。 「······ルト」 「なぁに?」 「······触っても、良いですか?」 アルフォルトは、小さく頷いた。 「良いよ、ライノアなら」 アルフォルトの言葉に、ライノアは嬉しそうに微笑んだ。 指先が鎖骨を撫でる。 輪郭を辿るように、ゆっくりと指を這わせると、ライノアの唇が鎖骨を食んだ。 「んっ」 ちりっとした痛みは、しかしどことなく甘く、白い肌に赤い痕を残した。 アルフォルトもライノアに手を伸ばす。 触れた肌は熱く、引き締まった身体の感触が気持ちいい。 人に触れられるのも、触れるのも苦手だったはずなのに、ライノアだけは平気だった。 肩の傷痕をそっと撫でると、ライノアに手を掴まれた。 「くすぐったいです、ルト」 「······やっぱり消えないね」 十年前、川辺で死にかけていたライノアを思い出す。 あの時ライノアは意識が無く、血塗れでびしょ濡れの、小さな子供だった。 皮膚の凹凸をたどる。貫通した矢傷は、縫われて引き攣れた痕になっている。 余程痛ましい顔をしていたのか、ライノアは苦笑いするとアルフォルトの指に自分の指を絡めた。 「そんな顔しないで。私はあの日貴方に拾われたから、今ここにいる」 「うん」 アルフォルトの額に口付けを落とすと、ライノアは熱っぽい眼差しで見つめてくる。 「ねぇ、アルフォルト。······もっと、触れて良いですか?」 耳元で囁く声は低くかすれ、アルフォルトの鼓膜を犯して思考すら甘く溶かしてゆく。 素直に頷くと、アルフォルトの身体を掬い、胡座をかいたライノアの膝の上に乗せられる。 不安定な体勢に、思わずライノアの首にしがみつくと、大きな手がアルフォルトの薄い胸を辿った。 胸の飾りに指先が触れたかと思うと、空いているもう一方の胸に濡れた感触がして、アルフォルトの身体が跳ねた。 「やっ······!?」 ライノアの舌が、アルフォルトの乳首をなぞる。はじめは柔らかかったそこは、与えられる刺激に次第に硬く尖り、悪戯に歯を立てられる。 「ぅあ、はぁ──んッ······」 逃げたいのに、縋り付くようにライノアの頭を抱えてしまう。 胸に、腹部に。口付けられる度に、身体がビクビクと跳ねる。快楽をやり過ごそうとするアルフォルトに意地の悪い笑みを浮かべ、触られてもいないのに反応し始めた昂りをそっと撫でられる。 「っ!?だ、だめッ······ライノアっ」 布の上から、形を確かめるように刺激され、アルフォルトは思わず膝を閉じようとし──しかし、ライノアを跨ぐように座らされているのでそれは叶わなかった。 与え続けられるもどかしい刺激に、アルフォルトは(かぶり)を振る。 涙目でライノアを見下ろせば、ライノアは喉を鳴らしてアルフォルトに噛み付くような口付けをした。 「······意地悪」 ようやく唇が離れ、荒い呼吸を繰り返すアルフォルトはライノアを睨んだ。 それから──アルフォルトと同じく反応した昂りが視界に入り、思わず指先をそっと伸ばした。 「っ······アルフォルト」 ビクッと反応したライノアに、アルフォルトはしてやったり、と少し気分が良くなる。 「僕ばっかり触られて、恥ずかしいから······」 勿論、自分の以外に触れるなんて初めてで、おっかなびっくり指を動かしているのがライノアにはわかったのだろう。 薄く笑うと、ライノアは耳元で囁いた。 「······一緒に、気持ち良くなりましょう」 ゾクリ、と肌が粟立つ。 反応出来ずにいると肯定と捉えたのか、ライノアの手がアルフォルトの下肢から下着諸共衣類を脱がせ、反応した昂りが顕になる。 ひんやりとした空気に晒され、アルフォルトは思わずライノアにしがみついた。 「コラ、あんまりくっつくと動けないですよ」 「だって······」 そうこうしているうちに、ライノアは自分のズボンのフロントを寛げ、こちらも反応しきった昂りが顕になる。 「······っ」 自分のとは比べ物にならない大きさに、アルフォルトは息を飲んだ。 思わず目を逸らすと、ライノアは苦笑いし──自身と、アルフォルトの性器を大きな掌で包むと、纏めて扱きはじめた。 「ひっ、ぅあッ······──ぁあッ」 ビクビクと肩を震わせ、アルフォルトは堪らずライノアの背中に爪を立てた。 先程までのもどかしい刺激と違う、強い快楽にアルフォルトの爪先がピンと伸びる。 ライノアの昂りに自分のものが触れていると思うだけで、どうしようもなく卑猥に思えて、より身体が反応してしまう。 「······っ、気持ち、良いですか?」 ライノアの声が上擦っているのに気づき、彼も気持ち良いのかと思うと、アルフォルトは嬉しくなった。 コクコクと頷き、アルフォルトは快楽で上手く動かない舌でたどたどしく問いかけた。 「んっ、らぃ、のあも······気持ち良い······ッ?」 アルフォルトの問に、ライノアは目を見開き──蕩けるような笑顔を浮かべると、耳元で囁いた。 「気持ち良いですよ、ルト」 その表情があまりにも色っぽくて、目眩がする。 あんなに怖いと思っていた行為は、ライノアの手で少しづつ塗り替えられてゆく。 刺激を与える手の動きは激しさを増し、アルフォルトはライノアにしがみついた。 アルフォルトの肌を、胸を、ライノアの舌が這う。 「はぁ······んんっ、んくッ······」 誘拐され、手篭めにされかけた時は、身体をまさぐられるのも舐められるのも気持ち悪いと思った。 でも、ライノアが触れると、不思議な程身体が熱を持ち、濡れた感触すら快感に変わる。 舌が離れ、胸の飾りから唾液が糸を引く様があまりに煽情的で、アルフォルトは心臓が破裂しそうだった。 その間にもライノアの手は刺激を与え続け、アルフォルトは限界が近いのを感じる。 内腿が痙攣する感覚。腰の奥が熱い。 身体が痺れたように、上手く動かせない。 アルフォルトに出来るのは、ただただライノアに縋り付くだけだ。 不意に耳を食まれ、予想しなかった刺激にアルフォルトの身体が大きく跳ねた。 「ひっぁああっ······!!」 「······ッ」 大きな掌に二人が熱い白濁を吐き出したのは、ほぼ同時だったように思う。 頭が真っ白になり、甘い疲労感に浸っている間に、ライノアは甲斐甲斐しくアルフォルトの身体を清めてくれていた。 先程の寒さが嘘のように、熱い。 ぼんやりとしていると、ライノアはアルフォルトの隣にごろん、と寝転んだ。 ライノアにしては珍しい、少し行儀の悪い動作に、アルフォルトは堪らず笑い出す。 そんなアルフォルトの身体を緩く抱きしめ、ライノアは額に、頬に。バードキスを降らせて、最後には唇に触れるだけのキスをした。 毛布とライノアに包まれ、アルフォルトは今がたまらなく幸せなのだと気付く。 暖炉の炎が揺らめくのをぼんやりと眺め、背中にライノアの体温と、規則正しい心音を感じる。 「もう少しで服は乾くかと思います」 「うん」 微睡みかけたアルフォルトの首に、ライノアの唇が触れた。 「──ルト」 囁くようなライノアの声。 「なぁに?ライノア」 窓の外の雨音は、もうだいぶ弱まってきた。 温かいこの幸せな時間は、あと少しで終わる。 「シャルワール様の成人の儀が終わったら──貴方の従者を、辞めようと思います」 静かな雨音が、完全に止まった。 それは、幸せな時間の終わりだった。

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