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第68話
「皆でお茶会をしようと思うんだ」
「お茶会、ですか?」
アルフォルトの提案に、宰相は困惑した。
それも無理ないだろう。三日前にシャルワールは毒を盛られ、アルフォルトの機転で事なきを得たが、城の中は警備の見直しや強化に加え、予定通り数日後行う婚約者お披露目の準備に追われている。
オズワルドはただでさえ忙しい通常業務と事件の事後処理で、三日前から更に窶 れていた。
「幸いシャルワールは吐き気だけで今は回復したし、これから更に慌ただしくなる。その前に、一回皆でゆっくりしようかと思って」
「しかし······」
忙しいから無理、と口を開こうとしたオズワルドを片手で制し、アルフォルトはニッコリと笑った。
「ちなみに父上は参加する。なんならめちゃくちゃ乗り気だった」
そうなのだ。
アルフォルトが駄目元で提案した所、ベラディオは二つ返事で頷いた。
あの手この手で交渉しようと思っていただけに、アルフォルトは肩透かしを食らった。
オズワルドは溜息をつくと、苦笑いした。
「王が参加するのであれば、私が断れるわけないでしょう」
眼鏡を押し上げて、オズワルドは首を回した。ずっと机で書類を片付けていたのだろう。
アルフォルトが背後にまわり、オズワルドの肩を揉むと、オズワルドは眉間に皺を寄せた。
「······王子に肩を揉ませるなんて、打首ものですね」
しかし、やめさせる気力がないのか相当肩が凝り固まっているのか、オズワルドは「もう少し左······」と注文をしてくるので、中々な性格だ。
ライノアは部屋の隅で複雑そうな顔をして二人を見つめているが、自分の身元の保証人であるオズワルドには逆らえないので、終始無言だ。
「ちなみに、ローザンヌ王妃もお手紙でお誘いしたけど、侍女からやんわりと断られちゃった」
首筋の強ばりを解すようにマッサージながら伝えると、オズワルドは目を見開いた。
「いつも思いますけど、アルフォルト様も大概な性格ですよね。鋼の精神に感服しますよ」
「お前それ褒めてないよね」
アルフォルトの言葉に、オズワルドは笑った。
「いえいえ、私は貴方のそういう所好きですよ。······本当、若い頃のベラディオ様にそっくりだ」
どこか遠くを見つめる眼差しに、優しい気配が漂う。ベラディオとオズワルドは幼なじみだと聞いている。アルフォルトよりも付き合いが長い二人は、公の場以外では王と宰相、というよりは悪友に近い雰囲気がある。
「父上が言ってた。こうでもしないと、オズワルドは休まないからって」
働き詰めの友人への気遣いだろう。ベラディオがオズワルドを大切にしているのが窺えた。
「まったく······余計なお世話ですよ」
悪態をつく言葉とは裏腹に、オズワルドの声は柔らかい。
それにしても、とアルフォルトは思う。
「オズワルド、意外と筋肉質なんだね」
着痩せしてわからなかったが、触った肩や首の感触が、鍛えてる人間のものだった。
「おや、バレてしまっては仕方がない」
剣呑な眼差しが、ひたりとアルフォルトを見据えた。思わず息を飲むアルフォルトに、オズワルドは言った。
「宰相は、体力がないと務まりません」
「は?」
思わず拍子抜けした声を出してしまったが、オズワルドは笑いながら首を回した。
「日々鍛えてるんですよ、これでも。宰相といえど、有事の際には戦えるようにってのがこの国の方針です」
「え、知らなかった」
「まぁ、嘘ですけど」
しれっと答えたオズワルドを、アルフォルトは睨んだ。完全におちょくられている。相変わらず敬意が足りないんだよな、とアルフォルトは思った。
「で、お茶会はいつなんですか?」
オズワルドがアルフォルトの手を止めさせ、再び書類に手を伸ばした。
「明日のお昼」
アルフォルトがニッコリ微笑めば、オズワルドは頭を抱えた。
「急な所も、父親に似なくていいのですよ」
♢♢♢
「遅くなってすまない」
離宮の食堂に最後に現れたのは、宰相とベラディオだった。
「父上、オズワルド、遅いですよ。後五分遅れてたら先に始めてました」
アルフォルトが頬を膨らませて出迎えると、隣にいたシャルワールが慌ててアルフォルトを窘めた。
「兄上、父上に失礼です」
すかさずベラディオが手を振って微笑んだ。
「構わないよ、シャルワール。それより体調はどうだ?」
「もうすっかり元気です。ご心配おかけしました」
シャルワールは苦笑いしながら、ベラディオに頭を下げる。
「いやぁ、遅いだなんて遅刻の常習犯だったアルフォルト様には言われたくないですねぇ」
オズワルドはしれっと毒を吐き、勝手に席についている。相変わらずの宰相に、アルフォルトは後で絶対に苦い茶を飲ませようと心に誓った。
オズワルドが隣に座り、レンが心底嫌そうに眉を潜めた。レンも相変わらずである。
「今日は身分関係なく、お茶を楽しみたいのですが、皆同じテーブルに着いても宜しいですか?」
アルフォルトの提案に、ベラディオは楽しそうに頷いた。
「私は一人で摂る食事よりも、誰かと一緒に摂る方が好きなんだがな。誰も誘ってくれないから、嫌われているのかと思ったぞ?」
「仮にも一国の王を気軽に『ご飯食べましょう』なんて誘えるわけないでしょうに」
オズワルドが呆れたように、肩を竦ませる。
「そういうものか?······まぁ、今日は身分関係なく、色々と話を聞かせてくれると嬉しい。勿論、堅苦しい話はなしだぞ?」
茶目っ気たっぷりにベラディオが片目を瞑れば、王子と宰相以外の人間達はぎこちなく頷いた。
全員がテーブルに着いた。
アルフォルトの隣にシャルワール。オズワルドとレン。向いの席にメリアンヌ、ライノア、アトレイ、そしてベラディオが並んだ。
王が隣に座ったが為に、アトレイはカチカチに固まっていた。
テーブルには沢山のスイーツや軽食が並び、華やかな雰囲気に自然と心が弾む。
「じゃあ、皆揃った事だしはじめようか」
アルフォルトの声を合図に、離宮のメイド達が紅茶を運んで来て、お茶会が始まった。
お茶会は、終始賑やかだった。
アルフォルトが下町で見聞きした話や美味しかった物の話、シャルワールとクリスティナの近況。
若い頃のベラディオがいかに破天荒で、オズワルドがどれだけ苦労したかという話。
メリアンヌの武勇伝にレンの好物の話、ライノアの故郷の寒さ。アトレイの特技が人の顔を覚える事だというのは中々に使える特技だと、褒められた本人は終始赤面していた。
楽しい時間はあっという間で、テーブルの上の軽食もほとんど無くなっていた。
今日のお茶会は、離宮のメイド達が張り切ってお菓子を作ってくれたので、参加者の「美味しい」という言葉を耳にする度に、アルフォルトまで嬉しくなった。
そろそろお開きになるタイミングで、喉を潤す為に全員に冷たい飲み物が配られる。
アルフォルトが好きなレモネードは、シェーンのお手製だ。爽やかな酸味とスッキリとした甘さが絶妙で、是非皆に飲んで欲しいと常々思っていたので、この機会に用意して貰った。
「今日のお話で昔の父上がいかにヤンチャだったか、よくわかりました」
アルフォルトがニヤリとベラディオを見ると、頬をかいてベラディオは苦笑いした。
「オズワルドめ、余計な事言いおって」
「いやぁ、事実ですからねぇ」
オズワルドは肩を竦めてとぼけてみせた。
「父上も兄上も、下町を散策していたのか······羨ましいな」
シャルワールが悔しそうに頬を膨らませたので、アルフォルトはそっと耳打ちした。
「今度二人でこっそり抜け出そうか」
「コラ、聞こえてますよ。全く、変な所ばかり真似しないで下さいよ」
オズワルドの溜息に、全員が笑う。
テーブルに着く皆の顔を見て、今後全員が揃うことは無くなるのかと思うと、アルフォルトは胸が苦しくなった。
(ああ、やっぱり楽しいな······この時間が終わらないで欲しい)
つい感傷的になったアルフォルトは、レモネードを飲み干した。
「──さて、そろそろお開きにしようか」
こうして、楽しいお茶会は終了した。
誰もいなくなったテーブルは、どこか寂しさを漂わせていて、アルフォルトは食堂の中をぼんやりと見渡した。
「アルフォルト、戻りました」
ドアが開き、参加者を見送ったライノアが戻って来た。
「おかえり。見送りありがとう」
手を伸ばしてライノアの頬に触れると、指先を握り込まれた。
「······ルト?」
心配そうにアルフォルトを見つめたライノアに、テーブルに並んだグラスを指さした。
テーブルには、レモネードが入っていたグラスが人数分。飲み干した物もあれば、半分くらい飲んだ物が並ぶ中、ひとつだけ手付かずのグラスがあった。
「やっぱり犯人は飲まなかったね」
他の料理や飲み物は普通に食べたのに、この間の毒入り牛乳と同じく、冷たい氷の沈んだグラスには手を付けなかった。
「不純物が入った氷が沈むなんて、よく知ってましたね」
ライノアが感心して言うと、アルフォルトは首を振った。
「全てがそうじゃないけど、毒が入ってる可能性が高いんだ。毒殺されない為に、母様に色々教わったからね」
今回、アルフォルトはあえて氷を沈ませて、犯人の様子を見た。
勿論、毒は入っていない。
理屈は簡単で、大量の砂糖を入れた水で氷をつくっただけだ。
不純物 の入った氷は液体より重く、溶けて小さくなっても沈んだままになる。
案の定、犯人は一切手を付けなかった。
グラスを手渡された時にほんの一瞬、眉を寄せたのをアルフォルトは見逃さなかった。
「勘違いとか考え過ぎって言い訳はもう出来ないな」
「正直、まだ信じられません」
ライノアの声も、動揺していた。
手付かずのグラスが置かれた席に座っていたその人は、何を思ってこのお茶会に参加していたのだろう。
そしてアルフォルトが、弟の命を狙う犯人探しをしているのを、どんな気持ちで見ていたのだろう。
思わずライノアにしがみつくと、ライノアもアルフォルトを抱きしめた。
その腕の力は強く痛い程だったが、その痛みよりも、張り裂けそうな胸の方が辛かった。
♢♢♢
「それではシャルワール様、おやすみなさい」
アトレイが就寝の挨拶をするのに頷き、ベッドに深く潜り込んだ。
静かに閉まるドアの音を聞き、瞼を閉じる。
──それから一時間程過ぎた頃。
寝室のドアが、そっと開く音がした。
微かな衣擦れの音。
気配を消してベッドに近づく人陰。
窓から差し込む月明かりが、眠る王子の金色の髪を照らす。
息を潜めたまま、再び衣擦れの音。
それからしばらくの沈黙の後、侵入者は静かな声で呟いた。
「······悪く思わないで下さい」
そうして、振り下ろされたナイフは、眠るシャルワールに深く突き刺さる──事は無く、金属音を響かせて弾かれた。
軽い音と共に、ナイフは床に落ちる。
「······ッ!?何故貴方がここに?!」
侵入者は予想外の展開に、上擦った声を出した。
いつも飄々としている姿からは想像も出来ない程、彼は狼狽えていた。
「それは、こっちのセリフだよ」
上掛けを跳ね除け短剣を片手にしているのは、シャルワール──ではなく、金髪のカツラを被って弟に扮したアルフォルトだった。
アルフォルトはカツラを脱ぎ捨てると、苦い思いを吐き出す様に言った。
「ねぇ、どうしてこんな事を?」
侵入者は深く息を吐き出すと、それまで狼狽えていたのが嘘のように、無表情になった。
「──それもこれもすべて、貴方を王にする為ですよ、アルフォルト王子」
月明かりに照らされたオズワルドは、忌々しげに笑った。
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