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第69話

お茶会が終わった後、シャルワールとアトレイは再びアルフォルトに呼ばれた。 「一連の毒殺未遂の犯人は、オズワルドだ」 兄から告げられた事実に、人払いがされた応接室に、緊張が走る。 「······それは、本当か?だって彼は宰相だぞ!?」 思わずアルフォルトの肩を掴み、叫んだ。慌ててアトレイが止めに入ろうとしたのを、アルフォルトは首を振って止める。 掴んだ兄の薄い肩が微かに震えていて、いつも以上に華奢に思えた。 「思い違いであって欲しかった」 アルフォルトは顔を歪めて重々しく頷いた。 そして猶予が無い今、シャルワールを亡き者にしようと強硬手段に出る可能性が高いと言う。 「何故なんだ······俺は······どうすれば」 深い絶望の中に突き落とされ、シャルワールは項垂れた。人に死を望まれるというのは、息が出来なくなる程胸が苦しい。 沈鬱な表情で俯くシャルワールの手を、アルフォルトはそっと握った。 「提案がある」 ──アルフォルトの提案というのが、この入れ替わりだった。 金髪のカツラを被り、シャルワールのナイトウェアを纏ったアルフォルトは顔が見えないよう上掛けの中に潜り込み、宰相の襲撃に備えた。 まさか初日で既に行動に移るとは思わず、早めに行動してよかったとアルフォルトは心から思う。 月明かりに照らされたオズワルドは、冷めた目でアルフォルトを見つめていた。 「シャルワール様さえいなければ、貴方は王になれる。そうでしょう?」 さも当たり前の事のように言うオズワルドに、アルフォルトは苛立つ。 「そんな事、望んでない!」 オズワルドだって知ってるはずだ。 アルフォルトが未だに男性が苦手な事も、トラウマの事も。自分は王になれる器ではないと笑うアルフォルトに、オズワルドは──。 (──そういえば、一度も同意していない······?) 思い返せば、継承権を放棄した時ですらアルフォルトに同意はしなかった。ただ、曖昧に笑っていたように思う。 「貴方が望まなくても、シャルワール様が消えれば、嫌でも王になるしかないんですよ」 オズワルドは眼鏡を押し上げて微笑んだ。 「どうせ隠れてるんでしょう?出て来なさい」 オズワルドが衝立の方に声をかけた。衝立の裏には息を潜めたライノアがいて、呼ばれたライノアは剣を構えたまま姿を現した。 複雑な表情で睨むライノアに、オズワルドは苦笑いして再びアルフォルトに向き直る。 「本当、アルフォルト王子には感服しますよ。いつも先回りされて、私は今まさに追い詰められている。──私が犯人だといつから気づいていたんです?」 愉快そうに笑ったオズワルドとは裏腹に、アルフォルトの表情は強ばったままだ。 「······確信したのは今日のお茶会。怪しいと思ったのは、いくつかあるけど、離宮にお粗末な暗殺者が来た時と、この間の毒入り牛乳の時。あの時報告を受ける前からシャルワールの心配をしていて違和感があったし、僕が牛乳が苦手だと知ってる人物は限られてるからね」 アルフォルトが答えると、オズワルドは満足そうに手を叩いた。余りにも場違いなその行動に眉を顰める。 「やはり貴方は素晴らしい。洞察力も頭の回転の早さも、それから胆力もある。シャルワール様より余程王に向いてますよ」 どこか投げやりな言い方に、何かが引っかかった。そもそも、どうしてここまでアルフォルトの王位に拘るのだろう。 誰よりも国の為を思って──何より、ベラディオの親友でもある彼が、理由もなく一連の事件を起こす訳がない。 そんなアルフォルトの様子に気づいたオズワルドは、深くため息を吐くと、そっとアルフォルトへ手を伸ばした。 「ッ!?アルフォルト!!」 「動かないで下さい」 咄嗟に駆け寄ろうとしたライノアを、オズワルドは一言で制した。 いつの間にかアルフォルトは、オズワルドの腕の中に捕らえられて、喉元には小さなナイフが突きつけられている。 全く動きが見えなかった。勿論、油断していた訳では無い。それ程オズワルドの動きは無駄がなかった。 「少しでも動いたら頸動脈を切ります」 首筋に当たる冷たい刃先が、皮膚を薄く切る。赤い血が滴り、オズワルドが本気なのだと言うことが伺える。 「······どうしてなの?オズワルド」 アルフォルトの問に、オズワルドは眉を寄せた。一瞬悲しそうな顔をして──すぐ、食えない何時もの飄々とした顔に戻る。 「全く、甘いんですよ王子。私を捕らえるつもりなら、なぜ衛兵をもっと配置しない?ライノアと二人で解決できると考えるなら······貴方は傲慢だ」 そう呟くと、オズワルドは懐から何かを取り出した。 そのまま、室内に投げつけるのが見え、アルフォルトは咄嗟に叫んだ。 「ライノアっ逃げろ!!」 地面にソレがぶつかる瞬間、室内に閃光が走った。 爆発音。 爆風。 ガラスが割れる音。 煙が視界を奪う。 動けないでいるアルフォルトの首筋に衝撃が走り、身体が崩れ落ちる。 地面に倒れる前に、身体を抱え上げられた。 悲しそうな顔をしたオズワルドと目が合う。 それから、視界の端──床に倒れた傷だらけのライノアが、こちらに手を伸ばしているのが見え──アルフォルトも手を伸ばした。しかし、その指先が届くことは無く、アルフォルトは意識を手放した。 ♢♢♢ アルフォルトの寝室で、眠れないままベッドに横たわっていたシャルワールは、そっと身体を起こした。 日中に兄から聞かされた事実が、重くのしかかる。 「······俺は、そんなに恨まれていたのだろうか」 無意識に、自分の手に視線を落とす。 今までの一連の毒殺未遂が、全て宰相であるオズワルドによる企みだったと知り、シャルワールは震える手を握りしめた。 今まで、彼はどんな気持ちで自分に接していたのだろう。いつから殺意を抱いていたのだろう。 瞼を閉じ、深く息を吐き出すと──。 「っ!?な、何だ······??」 突如響いた爆発音に、シャルワールの肩が跳ねた。 夜の静寂(しじま)を破ったのは、建物を揺らす程の衝撃と破壊音だった。 何事かと、ベッドの上から辺りを見渡すが、室内に異常はない。シャルワールはベッドから立ち上がると、部屋の死角に身をひそめた。 敵襲の可能性もある。無闇に動き回らずに状況を確認するように、といつも護衛から言われていた。暫く様子を伺っていたが、人が襲ってくる気配はなかった。 外の様子を確認しようとドアに手を伸ばすと、勢いよく寝室のドアが開き、アトレイが駆けつけてきた。 「シャルワール様ご無事ですか!?」 「俺は大丈夫だ。それより、何事だ?」 シャルワールの問いにアトレイが焦った様子で答えた。 「先程シャルワール様の寝室で爆発があって──」 「兄上は無事かっ!?ライノアは!?」 思わずアトレイの肩を掴むと、従者は苦い顔をした。 「······ライノア様は軽傷のようですが──」 言い淀んだアトレイの様子に、嫌な汗が零れる。 無意識に呼吸が浅くなり、シャルワールは息苦しさに喘いだ。 「アルフォルト様が、宰相に連れ去られました」 小声で、アトレイが伝える事実に、心臓が早鐘を打つ。シャルワールは震える手で、胸を抑えた。 「今、手当てを受けたライノア様、それからメリアンヌさんが宰相の後を追っています。シャルワール様は安全な所に──」 「俺も行く」 シャルワールは廊下にいた衛兵に「剣を。それから馬を用意しろ」と指示を出す。アトレイが慌てて止めようとするが、シャルワールは頷かなかった。 「こんな時まで逃げるなんて嫌だ!それに、俺は決めたんだ、今度こそ兄上を守ると」 衛兵に手渡された帯剣ベルトを手早く身につけ部屋を出た。 城の中は騒然としていて、衛兵や召使い達が慌ただしく走り回っていた。 もしこれ以上止めるようなら、振り切ってでも助けに行こうとアトレイを振り返ると、肩に上着を掛けられた。 「······どうせ、止めても行くんでしょう?それなら、せめて温かい格好をして下さい。外は寒いですから。私も同行します」 ため息混じりに、アトレイは笑った。初めから上着を用意していたらしく、シャルワールは従者の肩を叩いた。 「ありがとう、アトレイ」 「そもそも、どこに向かえばいいかわかってないでしょう?」 アトレイの言うことは尤もで、シャルワールは気まずそうに視線を逸らした。こういう時こそ、焦ってはいけない。そう頭では理解していたのに、全くもって冷静では無かった事に気付いた。 そんな主の背中を軽く叩いて、アトレイは肩を竦めた。 「今回の件は特別報酬、絶対下さいね。あと休暇も!!それから、危ないと思ったら引くと約束して下さい」 抜け目無い従者に、シャルワールは場違いにも笑いが込み上げて少しだけ、気分が軽くなる。 「わかった。──それで、宰相はどこへ行ったんだ?」 アトレイはシャルワールを見つめると言った。 「どうやらヴィラへ向かったかそうです」

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