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第11話

 また口付けだ。けれど今度は随分と余裕がなさそうだ。  屋敷に入り、エルシュフィールの寝室へ着くまで、セドリットは無言だった。入る時、かろうじて小さな声で『お邪魔します』と早口で言っていたのは聞いたが。  こんな状況でも礼儀を忘れないセドリットにもはや尊敬の念さえ湧いてくる。彼は両親に愛されて育っている。礼儀作法や躾をきちんと受けてきたのだろう。  寝室へ案内すると、すぐに壁に押し付けられ、また深い口付けをされた。息をつく暇もなく、酸素不足で頭がくらくらとしている。  さっき外でした時は、息継ぎがうまくできないエルシュフィールを気遣うような優しいものだったのに。 (手加減してくれていたのか……)  子供っぽいと思っていたが、エルシュフィールを見るセドリットの瞳は獰猛だった。彼も歴とした大人の男なのだ、と思い知らされたような気がした。 (……嫌じゃないな)  ぞくぞくしてしまう。性行為の経験がなさそうだと思っていたが、その予想はどうやら外れたようだ。 「あ、待っ……、はぅ、んっ」  唇が離れ、首筋へと降りていく。喉に歯を立てられ、たまらず制止の声をあげてしまう。 「待ちません、エルシュフィール様の思いを聞いてから、ずっとこの時を待っていましたから」 「せめて寝台に……、んんっ」  衣服の前はすでにはだけられていた。口付けられている間にこんなことになっているなんて、気が付かなかった。 (どれだけ余裕がないんだ、私は……)  そう思うことにより、自分を俯瞰的に見ようとするが、失敗に終わっている。いつもの冷静さはない。自分が自分でなくなっていくような感覚がある。  そのことに嫌悪感がない。セドリットならどんなエルシュフィールでも受け入れてくれる、と信じているからだ。  エルシュフィールは、自分が先導しなければ、と思っていたついさっきがもう遠い昔の記憶のように感じた。 「ぅ、んあぁ」  考え事をしていたら、つん、と主張した胸粒が指で弾かれ、身体がはねた。確かに快感を覚え、困惑する。  胸なんか、自分で意識したことはなかった。女性はここで快感を得られると聞いたことはある。男性の自分が同じように快感を得られるなんて知らなかった。 「な、舐めるなっ……、ぁ、はぁあっ……、やぁっ……」  快感で勃ち上がった乳首が白い肌のせいで際立って見える。指だけでなく、舌でも転がされてしまい、唾液で光っていた。とてもいやらしい光景だ。自分の身体だとは思えない。  それに触れられてもいないのに、口付けだけですでにエルシュフィール自身は完全に勃起していた。とめどなく愛液を垂れ流し、下履きの中は大変なことになっている。 (こんな……、ちょっと身体に、触れられただけなのに……、口付けだけで……)  最初、性行為は自分から先導しなければ、と考えていたことは、完全に頭から抜け落ちている。  そんな余裕がエルシュフィールにないことは誰が見ても明白であった。  ちゅ、と腹に口付けを落とされ、腰奥が震える。わけもなく、後孔がひくつき、自分の身体なのに制御できない。 「脱がせちゃいますね」 「あっ、ひ……」  エルシュフィールの普段着は、ゆったりとした一枚布で、腰に帯を巻いているだけだ。帯を取り去られると、もう下履きしかない。薄いそれは濡れていて、勃起したエルシュフィール自身に張り付いている。 「可愛い、エルシュフィール様は快感に弱いんですね」  嬉しそうな笑顔を見せるセドリットはエルシュフィールの下着に手をかけ、それも取り去ってしまう。 「っ……、恥ずかしいっ」  下着を取りさられると、下半身が心許ない。落ち着かない気分だ。  それに自分の陰茎などずっと見ていられない。それをセドリットに見られているという状況に我慢できず、思わず顔を背けた。  自分ばかり余裕がないのも恥ずかしい。セドリットは笑顔まで見せるゆとりがあるのに。 「あっ、何して……、わっ!」  いきなりセドリットがしゃがみ込み、エルシュフィールは驚きの声をあげた。顔の目の前には羞恥でまた愛蜜をこぼし始めたエルシュフィール自身がある。そしてそれを手に取ったのだ。  セドリットが、ぱくり、と口を開けたところで何をされるのかわかった。エルシュフィールはやめさせようとする。しかし、間に合わなかった。 「んんーっ!」  いきなり奥まで咥えられ、腰が震える。掴んだセドリットの髪を思い切り引っ張ってしまいそうになる。口に招かれただけで、射精しそうになったが、腰に力を入れ、何とか堪えた。 「あっ、あぁ、そんな……、セドリット、汚っ……」  口淫なんかしたことも、されたこともない。自分の小ぶりだが、形の良い陰茎がセドリットの口内を出たり、入ったりする光景だけで、どうにかなってしまいそうだ。  それに、自分で慰める手淫とは全然違う。初めての感覚に、あっという間に登り詰めさせられてしまう。いくらなんでも早すぎるだろう。  堪え性のない自分に焦りが募っていく。  もう後の祭りかもしれないが、余裕がないところをあまりセドリットに見せたくはない。やっぱりエルシュフィールの方が年上なのだから。 「は、離して……っ、くれ、も、う……、んんー、出るからぁっ……」  セドリットとはいえ、誰かの口内で射精することは抵抗がある。だが、やめてくれ、と言っても、離してはくれない。  両手は引き剥がそうと、セドリットの頭を掴んでいたはずだ。なのにいつの間にか、腰ごと壁に押し付けられ、逃げ場がなくなっている。 「あっ、はぁあっ」  追い詰められ、上り詰めた快楽が弾けた。脳内が真っ白になり、意識を失いかける。快感が腰から吹き出し、身体に力が入らない。 「いっぱい出ましたね」  エルシュフィールは何も考えられず、ぼうっとセドリットの顔を見下げる。 「飲んだのか……?」 「ええ」  荒い息をつき、呼吸を整えた。射精後、だんだん頭が冴えてくると、一部始終が思い起こされ、また顔に赤みが戻ってくる。  セドリットは今、起こったことを事もなげに言っているが、エルシュフィールからすればとんでもないことだ。  まさか他人の口内で射精してしまい、それを飲み下されるとは思ってもみなかった。 (もう……、何が何だか……、よくわからん……)  満足感に意識がふわついているが、まだ興奮はおさまらない。もっと、もっと、と貪欲になっていく自分に向き合う。とても恥ずかしくて、けれどやめられそうにない。  また身体の熱が上がってきそうだ。顔は真っ赤になっているだろう。月明かりしかないが、全身が紅潮しているのがよくわかる。  立ち上がったセドリットがぐい、と口元を袖で拭っているのを見て、縮こまりたい気持ちになった。  これ以上のことをするのか、と思ったら、自分の心臓が持つのか、心配になる。どうにも、性行為を甘く見ていたかもしれない。  決して、清い行為ではないのだ。はしたなく欲しがり、相手を際限なく求める自分と向き合わなければならない。  でも同じだけ相手も、自分を求めてくれているから、安心して全て曝け出せるのだとも思う。 (ええい、どうにでもなれ!)  まだ足腰の力が抜けている。エルシュフィールはセドリットにもたれかかった。 「おっと」  セドリットは嫌な顔をせず、受け止めてくれる。エルシュフィールの状態を察して、そのまましばらく、指で髪を梳いていてくれていた。  その指先の心地よさに落ち着きを取り戻す。 「寝台へ……、行こう。続きを……、わっ」  いきなり足が床を離れたので驚いた。セドリットに抱き上げられたのだ。 「さっきの……、すごく可愛かったです」  横抱きで運ばれながら、頬に何度も口付けが落とされる。 「口でされただけで、くたくたになってましたね。嫌だって言われたのに、強引に最後までしちゃったので、怒ってるのかと思っていたんですけど……、甘えてくる姿がすごく可愛くて……、いやらしくって……」 「恥ずかしいことを言うなよ……」  心の中で踏ん切りがついたとしても、やはり自分の痴態を口に出されると何とも言えない気持ちになる。  だが図星だから、小声で文句を言うことしかできない。  エルシュフィールは寝台に降ろされた。足の間からのしかかってくるセドリットのシャツに手をかける。前開きのボタンを外し、下衣の前立てを寛げた。 「お前だって……、余裕なんて無いくせに」  セドリットが勃起しているのは、最初に口付けされた時から気がついていた。けれど緊張で、そこまで気にしている余裕はなく、何もできないままだったのだ。  自分ばかり求めているのではない、と安心できたのはこれが身体に当たっていたからでもある。  好きな人が自分に欲情し、欲しがっていると思うと、また身体に火が点いた。 「あ、ちょっと……、エルシュフィール様」  下着を降ろし、出てきたそれを無遠慮に掴むと、慌てた声がかかる。十分に膨らんだそこは、エルシュフィールが手をかけると、びくん、と震え、更に大きくなった。 (セドリットのくせに……、こんな立派なものを持っているなんてな……)  エルシュフィールは一度、射精をしたからか、落ち着きを取り戻している。今ならエルシュフィールも積極的にセドリットへ触れることができそうだ。  他人の性器に性的に触れるのは初めてだった。  熱く、脈動しているそれは自分のものとは全然違う。同じ男性なのに、ここまで差が出るのか、と少し羨ましくもあった。  対して、セドリットは、局部をエルシュフィールに握られて、随分余裕の無い表情をしている。また、あの獰猛さが視線に混じってきて、エルシュフィールも気分が上擦ってきた。  いつもの素朴で純粋そうな田舎の青年という雰囲気はない。極めて、男性的な視線だ。  エルシュフィールに対する欲をとても強く感じる。  他の誰かにそんな視線を向けられたら、恐怖を感じるか、嫌悪感を抱くかもしれない。  自分でもよくわからないのが、セドリットにそういうことを思われても、欲の強い視線を向けられても、嫌だとは感じていないことだ。むしろ、喜んで自分を差し出したい気持ちになっている。 (やっぱり不思議だ……、こんなに自分が変わってしまうなんて)  セドリット自身から手を離す。エルシュフィールはそのままセドリットの身体を手で確かめていった。  腹は騎士らしく、筋肉が割れている。上半身は日焼けで浅黒くなっているから、上を脱いで鍛錬をしているのだろう。  どれだけ鍛えても、一定以上の筋肉はつかなかった自分とは大違いだ。  次に胸へと手を滑らせ、硬く盛り上がった胸筋を撫で上げた。そして、首へと触れ、最後はセドリットの両頬へと手を差しのべた。  ぐい、と引き寄せると、視界がセドリットでいっぱいになる。目を閉じると、自然と唇が重なった。  激しく、エルシュフィールの何もかもを奪おうと、自分のものにしようとするような口付けだ。  けれど、今はそれが心地良い。困惑もなく、受け止めることができる。  情欲に身を任せ、二人は気の赴くままに互いの身体に触れた。セドリットに、どこに触れられても、心地よくて、エルシュフィールはうっとりとした気分になる。  口付けの合間に、はだけられていた服が脱がされていった。セドリットの服もはだけられ、エルシュフィールの手で寝台の下へと落とされていく。  離れがたくて、シャツを脱ぐ少しの時間さえ、どこか繋がっていないと不安だった。口付けを求め、セドリットを求め、セドリットもエルシュフィールに触れ、その不安を解消してくれる。  その間に、腰には重だるい快感が蓄積していった。一度射精したはずなのに、またエルシュフィール自身は愛蜜を垂らし、天を仰いでいる。 「一応、これ……、持ってきておいて良かったです」  シャツを脱ぐ前、セドリットが胸ポケットから取り出したものだ。小さな瓶に入った軟膏だった。  それを指先に塗っている。もちろん、何に使うかは性行為の経験のないエルシュフィールでも知っている。 「あんなカッコつけたことを言っておいて……、最初からその気だったんじゃないか」 「そうですね、僕もエルシュフィール様のこととなると、色々先走ってしまうんです」  直球の言葉にエルシュフィールの方が恥ずかしくなってしまった。 「そんな僕は嫌いですか?」 「いや……、嫌いじゃない」  エルシュフィールは少しだけ躊躇ったが、今の気持ちをきちんと口にすることにした。 「好きだ、私のことで悩んでいるお前も、喜んでいるお前も……、全部愛おしいから」 「ああ……、僕は最高に幸せです」  ちゅ、と軽い口付けが唇に触れる。 「ここ、触りますよ」 「わかった……」  軟膏でぬめった指が後孔に触れる。そんなところを自分以外が触れるのは初めてだ。だが、ひやっとしたのは一瞬だけで、人肌に暖められた軟膏のすべりを借り、優しく指先が押し込まれてくる。 「あ、ぅっ……」 「息をゆっくり吸って、吐きましょう。力を抜いて……」  後孔は違和感しかない。痛くはないが、身体の中を触れられるのはまだ怖かった。 「大丈夫です、貴方に触れているのは僕ですよ」  息が浅くなってきたエルシュフィールを気遣うように額に優しい口付けが降ってきた。  そうだ。セドリットの言う通りだ。何も怖がる必要はない。セドリットがエルシュフィールを傷つけるわけがないのだから。 (早く、セドリットを受け入れたい……)  裸で密着していれば、お互いに欲は隠せない。ずっと勃起し、先走りで先端をべたべたにしているセドリット自身がエルシュフィールの柔らかな内腿に当たっていた。  ずっと我慢していて、セドリットにも余裕がないはずだ。けれどもエルシュフィールを気遣い、エルシュフィールの身体や、気持ちを最優先に考えてくれている。  嬉しい、と感じると、不意に快感が膨れ上がる。触れられている奥底がじん、と熱くなった。 「ぁ、そこっ……」 「ここですね……」  男性の身体の中にも、快感を得られる場所があることは知っていたが、まさか自分が体験する日が来るとは思わなかった。 「はぁ、あ、あぁ、あっ」  息がか細く漏れ、声が止まらない。セドリットの指の動きに合わせて、後孔から、ぐちぐち、と卑猥な水音が聞こえたが、恥ずかしく思う余裕もなかった。  セドリットはエルシュフィールの後孔を慣らし、ほぐそうとしているようだ。泣きどころは時折、触れるだけなのに、その度に身体を震わせ、中の指を締め付けてしまう。 (もう……、限界だ……、達してしまう)  蓄積された快感は放出されることを強く願っている。エルシュフィールは、セドリットに縋りつき、顔を胸元に押し当てた。 「あ……」  何も考えずに快感を追い、もう少しで達せる、という直前で、指が引き抜かれてしまう。  膝の裏を持たれ、足を広げられると、灼熱の塊がぴと、と、後孔に押し当てられる。  ひくつき、濡れたそこが、灼熱のそれへ吸いついたのがわかった。  いよいよだ。ようやくセドリットを受け入れることができる。興奮が高まってきて、急かす気持ちが抑えきれない。  エルシュフィールは身体に余計な力が入らないよう、深呼吸をした。  セドリット自身が入ってくる。絡みつく媚肉を振り払い、最奥目掛けて進んでいった。 「くっ……、狭いですね……、それと中が……、ものすごく熱い」 「ひぁ、あぁ……、んっ」  ゆっくり身体の中心を割り開いて来るセドリット自身はたまらなく熱い。繋がっている場所から溶けてしまいそうだ。  あれだけ立派な陰茎が自分の中へ収められているなんて、俄かに信じ難かったが、この熱さと圧迫感が何よりの証拠だろう。  痛みはない。腹に大きなものを収めているから苦しいが、苦痛は感じなかった。  エルシュフィールの心臓はうるさいぐらい脈動している。どうしようもなく、セドリットの全てが愛しくてたまらない。  エルシュフィールは汗で滑るのも無視して、背中に手を回し、しっかりとセドリットの身体を受け止めた。 「好きだ、愛してる……、セドリット、あぁっ」 「僕もです、エルシュフィール様」  最奥まで収められると、律動が始まった。最初はゆっくりと、エルシュフィールの身体を気遣うような動きであった。しかし徐々にセドリットの、自分の快感を追う動きになり、早まっていく。  羞恥心も、見栄も全てどろどろに快感と混ざり合う。ただ身体の中を行き来するセドリットの熱と鼓動、激しい息遣いだけが二人の世界になった。  そして、秘められた行為の中で、高められた二人の快感の放出を邪魔するものは何もない。 「んっ、ぁっ、ああ」 「ふっ」  身体が熱と快楽に支配される。頭が真っ白になり、エルシュフィールは知らず知らずの内に汗だくになったセドリットの身体へとしがみついていた。  「熱い……、なか……」  自分が出した白濁が、自分とセドリットの腹を濡らす。セドリットから放たれた飛沫は中へ出され、肉壁が射精したばかりのセドリット自身へと絡みついていた。  どこもかしこも震えが止まらない。身体の制御がまた取れなくなり、自分が自分ではなくなったように感じた。  そんな状況なのに、まだ足りない、と身体が訴えている。もっとセドリットが欲しい、と言っていた。  しても、しても足りないだろう。お互いに、お互いの全てを与え、奪っても、それでも満足することはない。何と貪欲で、際限のないことなのだろうか。  この時、性行為が単に、溜まった肉欲を発散したり、子供を作る以外の意味を持つことをエルシュフィールは理解した。  欲しい、愛しい、全部あげたい。  自分を与え、相手を欲しがるこの気持ちは、きっとセドリットも同じだ。 (やっぱり、セドリットがいると、新しい発見がたくさんあって面白い……)  中でまた芯を取り戻したセドリット自身を感じ、エルシュフィールは笑いかける。 「私も足りない。もう一度、しよう」 「はい、僕も同じことを思っていました」  性行為中とは思えないくらい爽やかな笑顔で返され、また笑いが溢れた。   若い木々のように、しなやかでたくましいセドリットの身体に抱きつく。  与えられ、奪われ、愛をもらう。激しい行為の中で、幸福を感じながら、エルシュフィールはセドリットに愛の言葉を何度も伝える。  夜更けはまだ遠い。二人は互いに溺れていった。

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