12 / 13

第12話 告白

 思いきり抱きしめてしまった日の翌朝、彩葉(いろは)の態度は驚くほど普通だった。  意識しているのは智樹(ともき)だけのようで、彩葉は何事も無かったかのように朝食を食べ、執筆作業に(いそ)しみ、昼食の後は買い物にまで付き合ってくれた。  昨夜のことを、何も覚えていないのだろうか。  それとも、覚えているからこそ普段通りに振る舞って、『智樹の気持ちに(こた)えることは出来ない』という意思表示をしているのだろうか。  一人で悶々(もんもん)と悩みながら夕飯を作っていると、彩葉がキッチンに入ってきて冷蔵庫を開けた。  中からお茶のペットボトルを取り出し、すれ違いざまに智樹の首元へと当てる。  ひんやりとした感触に驚いて 「うわっ」  と声を上げると、彩葉がおかしそうに笑い出した。 「料理中にやめろよ! 危ないだろ!」  智樹が注意すると 「やっといつも通りの反応になったね。さっきまでずっと(うわ)(そら)だったから、どうしたのかなと思って」  と返された。  智樹が言葉に詰まっていると、彩葉はリビングに移動してソファへ座り、キッチンのカウンター越しに話を続けた。 「昨日さ、田中さんから智樹の話を色々と聞いちゃった」 「……どんな話?」 「たとえば『本人は運が悪いけど、一緒にいると何故(なぜ)か周りの人間は運が良くなる』っていう話とか、『おとなしい女の子から好かれやすいけど、いざ付き合い始めると毎回速攻で別れちゃう』っていう話とか」 「……別れるっていうか、振られちゃうんだよ。いつも相手から『別れたい』って言われる」 「なんで?」 「なんか……重くてウザいらしい。マメに連絡しちゃうし、デートの日に弁当を作って持って行ったり、クッキーを焼いてプレゼントしたり……そういうことするから、嫌なんだと思う。服のボタンが取れかけてるのを見て、『付け直してあげるよ』ってソーイングセットを取り出したらドン引きされたこともあるし」  智樹の話に、彩葉が笑い転げる。 「何それ、最高じゃん。そいつら見る目が無いなぁ。俺が女だったら、智樹みたいな相手と結婚して一生面倒を見てもらうのに」  冗談だと分かっていても、そんなふうに言われたら嬉しくなってしまう。  昨夜の熱い感情が、再び胸の奥から込み上げてきた。 「男でも……彩葉のことなら、一生面倒見たいって思うよ」  言いながら、智樹の声が震える。  彩葉は、笑うのをやめて真顔になった。 「どういう意味? 俺のこと、からかってんの?」 「違う。からかってなんかいない」 「じゃあ、なんなんだよ。昨日の夜だって、あんなことしてきて……」 「覚えてたんだ。酔い潰れてたから、記憶に無いのかと思った」 「あんなことされたら、酔いも()めるだろ」 「ごめん」 「……謝るくらいなら、最初からするなよ」 「本当にごめん。これからは気を付ける。でも、からかったわけじゃない」  智樹は、意を決して想いを口にする。 「彩葉のこと、好きなんだ」  今まで生きてきた中で、一番緊張した瞬間だった。  智樹は、言葉を続ける。 「今まで男の人を好きになったことは無いし、この気持ちが何なのか、最初は自分でもよく分からなかった。でも今は、これが恋愛感情だってハッキリ分かる。彩葉が和葉さんのことを好きでも構わない。彩葉のそばにいたいんだ」  智樹の告白を受けて、彩葉は戸惑いの表情を浮かべた。 「なんで俺なの? 男だし、今までに智樹が付き合ってきたような、おとなしいタイプってわけでもないじゃん。好きになる要素なんて、なくない?」 「僕は別に、おとなしい子が好きってわけじゃないよ」 「じゃあ、なんで? 世話好きだから? だらしなくて手のかかる俺を放って置けなくて、面倒見てやらなくちゃって思うの?」 「……あのさ、僕だって誰彼(だれかれ)かまわず世話を焼くわけじゃないよ。ひたむきで、自分の気持ちよりも相手の気持ちを尊重して、損ばっかりしているような……そういう人達に対しては力になりたいって思うけど、もし僕のことを都合よく利用するような相手だったら、絶対に手は貸さない」 「でも、それって恋愛感情じゃなくない?」 「そうだね。彩葉以外の人達に対しては恋愛感情で動いているわけじゃなくて、友情とか尊敬とか、そういう感情で動いているんだと思う」 「……なんで、俺のことだけ恋愛感情だって分かるの?」 「だって……彩葉と一緒にいると、わけもなく幸せな気持ちになるから。時々、苦しくなることもあるけどね。でもそのたびに、こんなに苦しいのは好きだからなんだなって実感する」  そこまで話したところで、火にかけていた味噌汁が吹きこぼれそうになり、智樹は慌てて火を止めに行く。  間に合って良かったと一息ついていると、彩葉がキッチンに入ってきた。 「ごめん、俺——」  彩葉の言葉を、智樹が途中で(さえぎ)る。 「分かってる。可能性がゼロなら諦めるし、出て行ってほしいならそうする。だけど、もし少しでも可能性があるなら、頑張ってみてもいい?」 「頑張るって……何を?」 「好きになってもらえるように。一緒に出かけたり、ご飯食べに行ったりとかして、お互いをもっと知れたらなって」 「いつも一緒に飯食ってるし、今日だって二人でスーパーに行ったじゃん」 「そういうのじゃなくて、もっとこう……デートっぽい感じのやつだよ。何回かそういうふうに二人で遊びに行って、その上で僕のことを恋愛対象として見られるかどうか、もう一度考えて欲しいんだ」  智樹の提案を聞いた彩葉は、黙って考え込んでいる。  そしてしばらく悩んだ後、ようやく口を開いた。 「分かった。やってみる。でも、もし智樹の気持ちに(こた)えられなかったとしても、ここから出て行かないで欲しい。俺から追い出すようなことは絶対にしないから、できれば家政夫を続けてくれると嬉しい」 「……振られた後も、この家に居ていいってこと?」  智樹が尋ねると 「うん。智樹さえ嫌じゃなければ」  彩葉は優しい声で答える。  振られたとしても彩葉のそばに居られると分かり、智樹は安堵(あんど)の息をつく。  でも、できることなら彩葉の気持ちを自分に向けさせて、恋愛対象として見てもらえるようになりたい。  智樹は、早速(さっそく)頭の中で彩葉とのデートプランを練り始めた。

ともだちにシェアしよう!