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第1話

繁盛する理由は、立地の良さと商品のクオリティ。さらに接客や外観、SNS映え、その店独特のコンセプトなど、様々な要素が加わって「人気の店」となる。 ここはドーナツ食べ放題が売りの大人気の店。人気店の要素が全部詰め込まれているので、いつもは店に入るまで長い行列が出来ているが、今日はスムーズに入れた。 「てーんちょーう!ドーナツはもうありませんか?ここにあるだけでしょうかぁ!」 「そんなことねぇだろ。食べ放題だぜ?まだあるだろ。おーい!店長!」 人気のドーナツやパイ、期間限定のイチゴドーナツなどいろいろな種類がショーケースに豊富に並び、そのドーナツ全てを食べ放題として提供している店である。 だが、今はショーケースにドーナツが3つしか残っていない。 ロランとオーウェンはトレーを持ち、ショーケースの前で大きな声で叫ぶと、店長は店奥から出てきて、叫ぶ二人をジロッと睨んだ。 「ない…今日のドーナツはもう終わり!」 奥からのっそり出てきた店長に、ドーナツ終了のお知らせを喰らってしまった。 「えーっ!」「まーじー?」と、トレーを離さないまま、ロランとオーウェンは大きな声で叫んだ。 「信じらんねぇ。ここ食べ放題だろ?作らねぇの?今から追加すればいいじゃん」 「そうですよ、店長!これからドーナツ作るとか出来ませんか?めちゃくちゃ楽しみにして来たんですけど」 「こんな状況で作れるかっ!何考えてんだ、あんたたち」 しつこい!とばかり、店長に一喝されてしまった。仕方がないのでオーウェンとロランはショーケースに残っている全てのドーナツ(3つ!)をトレーに乗せ、テーブルに戻った。 今日はラッキーだなと思ってた。 「店の前で並ぶの必須」と、ロランに言われていたドーナツ食べ放題の店に、並ぶことなくスムーズに入れたからだ。 「ラッキー!」「やった!」と、二人で言いながら入ったはいいが、すぐに店内の雰囲気が異様だと感じた。 客や店のスタッフが、不安や恐怖を感じ、店内全体がピリピリとしていたからだ。 「仕方ないですね。じゃあ、この3つのドーナツを分けましょう。オーウェンさん、2つどうぞ」 「いいよ、ロランが2つ食えよ。俺は1つでいいから」 ヘーゼル国都市部の人気ドーナツショップで、男が店のスタッフと客を人質にとり、立てこもる事件が起きた。犯人の男は、人質に刃物を近づけていた。 そんなバツが悪いところに、オーウェンとロランは何も知らず入ってしまったのだった。 なんだよ、ついてないじゃん…と思いながらオーウェンは犯人の男に近寄り交渉した。「楽しみにしてきた食べ放題だ。俺が人質になるから他の人は解放しろ」と。 それを隣で聞いていたロランは「私だって食べ放題を楽しみにしてきました。私が人質になります。他の皆さんは解放しましょ!」と言った。 二人揃って「人質になります」と犯人に交渉をした形になったが、結局、犯人の男は見た目が細く、華奢なロランを人質に選び他の客とスタッフを店の外へと解放した。 これで人質みんな解放!…ではなく、オーウェンと店長は、自主的に人質となり店に残っている。 店の中は、オーウェンとロランが入る前に犯人が大立ち回りをしたようで、めちゃくちゃになっていた。 食べ放題のドーナツが並ぶショーケースは、ほとんど薙ぎ倒され、床に多くのドーナツがゴロゴロと転がっている。 かろうじてショーケースにドーナツが3つだけ残ったようだ。それを人質として店に残ったオーウェンとロランで、分けて食べよいうことになった。 犯人の男は店の入り口を塞ぎ、何故か泣いている。メソメソ、ジメジメとした空気が彼の周りにまとわりついていた。 店長はというと、店中をめちゃくちゃにされ殺気立っている。自ら人質として残ると言い出した理由は、店内の片付けをしたいからだという。 この辺では大人気の店である。毎日たくさんの客が押し寄せている。そんな大切な店をめちゃくちゃにされたので、物凄く怒っているようだ。 さっきはそんなに殺気立っているとは知らなかったから「食べ放題だから、ドーナツ作って!」とオーウェンとロランが無邪気に注文をしてしまった。 その呑気な声に店長は一喝し、かなりキレ気味で怒鳴られた。 店長の怒りを受け、店の一番奥の席に小さく座りオーウェンとロランは、セルフのコーヒーを入れ、かろうじて残った3つのドーナツを譲り合っていた。 「じゃあ、オーウェンさん、どっちかひとつ選んでください!私はその後選びます。残りのひとつは半分こしましょう。それにしても…こんなにドーナツを振り回さなくってもいいのにね。ひっどーい!」 「だよなぁ。食べ放題で3つしかないってひでぇよな。どんな暴れ方したんだよ、アイツ。じゃあ…俺はコレ、プレーンのやつもらうな。イチゴはロラン食べろよ」 「ふふふ、私はこっちのチョコにしまーす!イチゴは半分こしましょう」 「いいのかよ、イチゴを楽しみにしてたんだろ?」 「いいでーす!イチゴはまた今度たくさん食べますから。ほら、半分ですよ」 ロランが今日楽しみにしていたのはイチゴの期間限定ドーナツだった。かろうじて残った3つのうち、ひとつはそのイチゴだ。 楽しみにしていたドーナツを半分に割り、オーウェンの皿に置いてくれた。本人は「イチゴメインで30個食べる!」と張り切っていた。そんな楽しみにしていたのに可哀想だなと、オーウェンは思っていた。 「ところでさ…連絡取れた?」 声を抑えてロランに確認をする。 オーウェンとロランはヘーゼル国の護衛チームに所属している。国王陛下や国賓などの警護が主な仕事である。 オーウェンは護衛チームをまとめる最高司令官であり、ロランはオーウェンの部下となり、サイバー攻撃からの警護を主とする仕事をしている。 今日は仕事終わりの完全プライベートでこの店に来ているが、立てこもり事件に巻き込まれてしまったため、ロランを介して護衛チームや警察に連絡を取っていた。 「あのね、オーウェンさん!上司なんだから知ってるでしょ?こんなこと朝飯前なんです。私の仕事のひとつでもあるんですから。もう既にこの店の周りで警察は待機しています。私たちがGOサインを出せば、 すぐに突撃してきます。あ、マリカさんも来てますよ」 同じく声を潜めてロランに言われた。さすが優秀な部下だ。犯人に気がつかれることなく、外と連絡を取り、警察が突撃するタイミングを計っているようである。手際がいいなと、オーウェンは感心した。こうしている間もロランは外に店内の情報を伝えていた。 外で待機している警察や護衛チームの関係者の中には、オーウェンの部下であり、ヘーゼル国第一王子コウの夫であるマリカも待機中だという。そのマリカとコウは、つい最近結婚した同性カップルである。 「マリカか…他の奴いなかったのか?また、なんだーかんだーって言われちゃうよ。マリカ、俺には厳しいからさ」 「うーん…確実に言われますね。今もマリカさんから早くしろ!って、ずっと言われてますもん」 ロランは笑いながら軽く耳を押さえている。小型イヤホンを通してマリカから指示を受けているんだろう。警察が店内に突入するタイミングは、こちらから合図を送ることになっている。だから、早くしろ!とマリカが急かしているようであった。 「だから、ほら!早くドーナツ食べちゃいましょう!ね、」 「ま、そうだな。せっかく来たんだし」 ひとつ目のドーナツを食べていると、立てこもりをしている犯人が、立ち上がり、ヨロヨロとこちらに近づいてきた。 「…おい!なんでお前らはビビらないんだ!もしかして警察の奴らなのかっ!」 犯人の男に刃物を向けられたが、オーウェンはそれをチラッと見て、コーヒーを一口飲んだ。犯人が掴んでいるものは、どう見ても果物ナイフである。 犯人は恐らく、あと二、三本のナイフを所持していると思われる。だけど、そんなことどうってことない。護衛チームに所属している者であれば、ナイフの数本くらい振り回されても、確実にかわすことが出来るからだ。 果物ナイフになんて興味はない。それよりコーヒーだったらお代わりしてもいいかなと、立ち上がりながらオーウェンが犯人に答えてやった。 「警察じゃないよ。俺らはドーナツ食べ放題を楽しみにして来た客。なのにさぁ、もうドーナツ作ってくれないんだってよ」 「食べ放題だから楽しみにしてきたのに、3つしか残ってないなんて…30個は余裕で食べれるよ?」 ロランがぐすんと涙目になり、ドーナツを食べながら犯人に訴えている。熱いコーヒーのお代わりをロランにも渡してあげた。 ロランとオーウェンに共通していることは大食漢であるということだ。だから「明日は休み!だから今日は思いっきり食べよう!」と、張り切って二人でここに来ていた。だから、残念でたまらない。 「うるさいっ!なんだ!お前ら!俺なんて…俺なんてなぁ…俺は…」 男が刃物を振り回すが、護衛チームに所属するロランもやはり驚く様子はない。そのうち犯人の男は、メソメソとしながら同じテーブルに座ってしまった。 「なに、どうしたんだって…」 オーウェンは犯人に声をかけてやった。警察じゃないけど、犯行動機くらい聞いてやっかぁと思ったからだ。 「えーーっ!聞くの〜?やだぁ!聞かなくていいですよ。めんどくさぁい!」 「そう言うなって…ほら、どうした何があって立てこもりなんてしたんだよ」 ロランが文句を言っているが、オーウェンは犯人に話しかけていた。ドーナツ食べる間くらい聞いてやってもいいだろう。 「ここの店で働いているんだ。俺の女が」 男がポツリポツリと話をしたのは、この店で働いている女性のことであった。 「急に別れようって言いやがった…俺は納得していない。別れたつもりはないのに…他に男を作りやがって!」 交際トラブルが事件の背景にあったとわかる。男は別れたと思ってなくても、女性は別れたと思い既に別の恋に向かっている。この男は別れた後も未練がましく、女性に付き纏っていたらしい。 最終的にどうにもこうにも女性に会えなくなり、そのために起こした犯行だという。 「その女の子って今日ここで働いてた?」 聞かなくていいっ!と、頑張って言っていたロランが横から口を挟んでいる。 「それが、いなかった…今日は休みらしい」 「「えーっ!」」と、オーウェンとロランは口を揃えて声を上げてしまった。 「お前さ、下調べってしないの?行き当たりばったりじゃん。何やってんだよっ!思いつきでやることじゃないだろ!」 犯人の男を叱ってやった。だってそうだろ、女の子に会うためにはリサーチは必要だ。ましてや、立てこもりなんてやるには計画的じゃないとやり通せない。なのに、何にも考えていない無計画な男の発言にイラッとする。呆れるぜと、最後に言い放ってやる。 「そうです。それにね、見てください!この店内。こーんなにドーナツを振り回さなくってよくない?計画性が無いから、こんなことになるんです。ドーナツはねっ!もう作ってくれないんですからね!」 ドーナツ食べ放題の恨みは恐ろしい。ロランはかなり恨んでいるようである。こんなに散らかさなければもっとドーナツを食べられたはずだと、繰り返して言っている。 「で?何で他の男に取られたんだよ。別れたいって言われて、その理由を彼女から聞いたのか?」 ロランが大きな目でジロッとオーウェンを睨んでいる。オーウェンがまだ男に質問を続けるからである。 「運命なんだよ。テレパシーの相手に恋人を取られたんだ。別れる理由は聞かなかったけど、それしかないだろ」 ガッカリと肩を落として男が言う。 彼女はテレパシーの持ち主であり、そこにテレパシーの相手であるという男が現れて、連れ去られたと言う。 テレパシーと呼ぶそれは、言葉を直接交わすことなく、お互いの頭の中に言葉を響かせ、会話をすることが出来るものだ。 ここヘーゼル国には、そのテレパシーを持つ者が一定数存在していた。それは王族関係者に多くいるようだが、一般市民の中にもいる。 そして、そのテレパシーが送りあえる人は、生涯一人だけ。たった一人だけだ。 能力があれば誰からかまわずテレパシーを使えるかっていえば、そういうワケでは無いらしい。 だから能力を持つ者であっても、バチッとテレパシーの相性が合う相手とは、なかなか出会えないというのが現実だ。なので、テレパシー能力があっても、生涯送る相手が見つからない場合もあるという。 ヘーゼル国第一王子のコウと、オーウェンの部下マリカは、そのテレパシーの相手同士である。確かに二人を見ていると運命的なものを感じるところはある。 「彼女がテレパシー持ちだったのか…じゃあ、しょうがないな。テレパシーの相手と出会っちゃったら、結ばれてしまうってよく聞くし…やっぱり本能で求め合うんじゃないか?諦めろ!諦めろ!」 無意識によるものに人は支配される。コウとマリカの時もそうだったと思う。 だからテレパシーの持ち主は、その相手に出会ったら自然に惹かれるのだろう。そうオーウェンは考えていた。 「えっ…ふっる!古いですね、オーウェンさん、そんな考えなの?テレパシーの相手が運命の人なんて童話じゃないんですから、ありえません。たまたま好きになった人がテレパシーの相手なんでしょ?それならわかりますけど、運命とか、本能とか、そんな非現実的なことは絶対ありえません!だから、あなたの元カノも、単純にその人を好きになっただけですからっ!テレパシーなんて関係ないっ!」 ロランの考えは真逆のようだ。本能とかそんなもんで好きになるなんて考えられない!もっと現実的なことでお前は振られたんだ!と、ハッキリ犯人に言っていた。 ちょっとだけ、ハッキリ言われて男が可哀想に思えてしまった。 「えっ、えーっと…ロラン?でもさ、みんなそう思ってるじゃん。テレパシー同士は結ばれる確率が高いって。だからやっぱ運命なんじゃねぇの?それに、テレパシーの相手と結ばれるのってロマンティックよね〜って女の子は大抵思うし…」 ロランにバシバシ正論を言われて犯人がちょっと可哀想なので庇ってしまった。 それに世間一般的に女の子たちは、テレパシー同士の結婚を夢見ている。コウとマリカのことをロマンティック!って言ってるのもよく耳にするし…と、つい思い出して言ってしまった。 「いいえっ!違います。テレパシー同士で結ばれるのが確実だなんてありえません。それより、オーウェンさん…その顔でよく非現実的なロマンティックなこと考えますね」 「えっ、えーっ、ロランひどいっ…つうかお前!ほら、お前も何とか言えよ。コーヒー持ってきてやるから」 ふんむ!と怒るロランにタジタジになったオーウェンは、犯人の男に話を振り、セルフのコーヒーを持ってきてやった。 「なぁ…あんたモテるだろ。背も高いし、体格もいい。それに怯まず男らしい。どんな仕事してるか知らないけど、あんたみたいな人はモテるはずだ」 男に話を振ったのに、ブーメランのように自分宛に質問が返ってきてしまい、オーウェンは焦ってしまった。 「お、俺?えーっ…どうかな、モテるかな」 「オーウェンさんはモテますね。周りでアプローチしてる人はいっぱいいます。オーウェンさんを好きだって話も、たくさん聞きますし」 「えっ!あ、そう?そうなの?自分じゃよくわかんないなぁ。あははは…」 今まで恋人はいた。だけど最近は恋愛自体が面倒くさくなってきている。 なので「今現在、恋人はいないし必要もないかな」と言うと、そんなの贅沢だ!と男に言われた。結婚相手に不自由しないのに、のらりくらりと過ごす奴は敵だっ!とも言われている。 「確かに!贅沢ですよね。オーウェンさんだったら相手を選び放題なはずです。結婚だってすぐ出来るでしょう?」 ロランまで男の味方のようなことを言い出す。急に二人でタッグを組み責めるように言い出す。どうして…こうなったんだろうとオーウェンは考えていた。 「そうだ。あんたくらいな人だったら、結婚もすぐ出来るだろう。神は、えこひいきする!俺だって結婚したい!」 刃物を持って男が立ち上がり叫んでいる。結婚したかったが好きな人に振られ、立てこもりまでしているんだ。かなり切羽詰まっているんだろうと、オーウェンはため息をついた。 「結婚ねぇ…そんな上手くいかねぇよ。俺にもテレパシーがあればなぁ。結婚なんてすぐ出来るんじゃねぇの?とにかく、俺は口説くとか、アプローチするとか、そんな無駄な手間が省ければ結婚してもいいよ。それが一番めんどくせぇからさ。だからやっぱテレパシーで運命つうの?そういうのが羨ましいよ」 テレパシーがあれば本能で結婚できる説を唱えると、ロランに露骨に嫌な顔をされた。そんな考え自体がナンセンスだ!と、言われている。 ロランにガンガンと言われ、また男がメソメソと泣き始めてしまった。何故こんな弱気な男が立てこもりなんてしたのだろう。恋に狂わされたのか…どうでもいいけどめんどくせぇとオーウェンは思っていた。 ドーナツも食べ終わっているから、そろそろ立てこもりも終了としたいところである。 「ウルちゃんが…泣いてるかも…」 ロランがボソッと下を向きながら呟いた。 ロランが言うウルちゃんとは、ヘーゼル国第二王子のウルキのことだ。 ロランは王宮でウルキの護衛をしている。ウルキはまだ2歳の赤ちゃんだ。護衛という任務だが、ロランはウルキにほぼ付きっきりで、子育てのように乳母の代わりもしている。 護衛任務外のことだが、ロラン本人からの希望と、ウルキがロランじゃないと機嫌が悪くなってしまうこともあり、今は24時間体制で、ロランは王宮に駐在してもらっている。 「そっか、じゃあ…マリカ?いける?」 オーウェンが何気なく呟いた「マリカいける?」は警察突入の合図である。 オーウェンの声がロランの小型マイクを通して聞こえたようで、一瞬のうちに待機していた警察と護衛チームが店内に駆け込んできた。 「容疑者身柄確保!」 やはり準備万端であったか。その辺は何も心配していなかったが、あっという間の犯人逮捕はさすがというか、鮮やかというか見事である。突入から逮捕までは体感的に、ものの数秒ってところだった。 埃が舞う店内でオーウェンとロランは冷め切った残りのコーヒーを飲み、犯人が連行されていくのを見つめていた。

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