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ただみな
大学内にある俺行きつけの喫煙室へ行くと、矢吹がいた。
矢吹と絡むのが億劫で、俺はタバコを諦め喫煙室から出ようとする。
断っておくと、今日大学の来ているのは成績発表があるから。
補講とかそういう類のものでは決してない。
「ちょちょちょ!待って八雲さん、待って!」
「すいません人違いです」
「南に八雲さんが喫煙室に来たって言いますよ」
「チッ……用件は手短に」
「今日も清々しいまでの塩対応ですね」
塩対応にさせてるのはどこのどいつだと思っているんだろうか。
矢吹に関わると大抵よくないことが起こるから、できれば余計なことで関わりたくない。
でも喫煙室で出くわしてしまえば、無視することなんて到底できない。
南にチクられるから。
まさか矢吹が喫煙室に先回りしてるだなんて…。
「あのさ、まさかとは思うけど…」
「大也さんがここに来ると思うって」
「締める」
やっぱりそうだ。
さっき「タバコ吸おうかな」とぼやいた時、大也がにやっと笑ったような気がしてたんだけど本当に笑ってたようだ。
大也に俺の居場所を聞いて、ここの喫煙室にいると思うとでも言ったんだろう。
「で、なんとなく察しがつくけど何の用?」
矢吹は待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。
「実は再テスト食らっちゃって――」
「断る」
「そうだろうと思ったけどせめて最後まで言わせてください」
大方、再テストになってしまったから八雲さんのノートか過去問見せてください――だろう。
こういったお願い事をしてくる矢吹は、無意識だろうけど声が少し甘くなる。
「矢吹の自業自得だろ?」
「仰るとおりなんですけど」
「立花は?」
「昴はその講義とってなくてですね」
「さっき大也に会ったんだろう?」
「お願いしたんですけど、八雲のが確実だと思うよと言われ」
「……やっぱり締める」
大也のヤツ、絶対に俺が喫煙室に来るのをわかってて言ってるな。
南に言うぞって脅されれば、俺は従うしかなくなるから。
「わかった、わかったもう見せる。この後暇だよな?」
「ありがとうございます!もちろんです」
「今メッセで送ったもの買ってきてから俺んち来て」
「さり気なくパシるの本当にうまいですね八雲さん」
「返事は?」
「はい喜んで」
使えるものは使うのが俺の主義。
大也にも矢吹にも使われてるんだから、これぐらいのことはお願いしても問題ないだろう。
俺はポケットからタバコを取り出して1本咥え、空いている右手でマッチ箱の中からマッチ棒を取り出して着火させ。
タバコに火が付いたことを確認して、マッチ棒を振って火を消した。
「え?何それどうやったの八雲さん」
「片手で火付けただけどけど」
「イケメンだけが許される……ライターどうしたんですか」
そう、ライター。
普段は絶対有り得ないんどけど、ライターのストックをどうやら買い忘れてたみたいで。
他にチャッカマンもあったんだけど、さすがに持ってくるのは気が引けた。マッチ箱の中には残りわずか数本のマッチ棒しか入ってなかったから、片付けたかったし持ってきた。
「八雲さん、もう1回やってくださいムービー撮りたい」
「いいけど…面白いものでもないだろ」
「いやいや、すごい価値がありますよ」
何故かノリノリの矢吹に言われるまま、もう一度片手でマッチに火を付けた。
これでいいだろという意味を込めて矢吹を見れば、指でオッケー のサインを出す。
矢吹はそのままスマホを少し操作して、すぐにポケットに仕舞った。
「たぶんすぐ南から電話がかかってきますよ」
「……送ったな?」
矢吹に文句を言おうとして口を開いた瞬間、俺のスマホが振動し始めた。
画面を見れば、たしかに南からの着信。
満足そうに笑う矢吹を軽く睨んで、南からの着信に出る。
『八雲さん!なんですかあれ!』
「いや、ちょっと火を付けただけで」
『あんなかっこいい火の付け方できるの初めて知りました』
スマホ越しの南の声はなんだか不満気で。
てっきりタバコのことを言われると思ってたから、少し拍子抜けした。
『オレも見たい』
「そんな大したものじゃ……」
『やだ、オレも見たいです矢吹さんだけずるい』
俺の南は今日も可愛い。
頬をぷっくり膨らませてるのが容易に想像できる。
「わかったわかった。これから帰るから、南の家まで迎えに行くよ」
『あ、え、待ってます!』
もちろん南に会って火の付けるところを見せるだけじゃ終わらない。俺だって男なわけだし、ちゃんとその先をしたい。
それを感じとった南がどぎまぎと返事をするのが可愛くて、今すぐ会いたい気持ちが膨れ上がる。
矢吹には申し訳ないけど、ノートを渡すのは明日にしてもらおう。
南との通話を切ってそのことを矢吹に伝えようとしたら、そこにはもういなくて。
矢吹から新着のメッセージが届いてたから確認してみれば、明日行きますと短い言葉が。
矢吹にこんな気遣いができるなんて、柄にもなく感動した俺は過去問もあげようと決意した。
「ほんとチョロいし鈍いですよね」
「………」
「ただし南に限る的な?」
「………」
「あ、待って本気で怒ってますよねそれ」
「………」
「ごめんなさい」
後日、狙い通り過去問をゲットできたと喜んでた矢吹のことを立花から聞き、1ヶ月口を聞かなかったのは言うまでもない。
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