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ほどほど警報
「で、女装することになったんだ?」
「殺してください……」
あの後、個性の強い人間が集まるオレのクラスは、ああでもないこうでもないと出し物の議論が続いた。
オレは学園祭は八雲さんと回れればいいなって思ってたから、出し物はぶっちゃけなんでもよくて傍観を決め込んでた。
何をどうなったのかわからないけど、妄想を膨らませてる間に男装女装喫茶店という形に落ち着いたらしい。
気がついた時には接客係、調理係、客引きと受け付け係が決まってて。
黒板を見れば、接客係にオレの名前が書かれていた。
実行委員に抗議してみたら、
「ぼーっとしてたけど、うんってちゃんと返事したじゃん」
とばっさり斬り捨てられた。
柳に助けを求めたら、どうやらオレは確かにうんと頷いてたらしい。
柳は嘘をつくような性格じゃないから、本当のことなんだろう。
自分の家に帰る前に、オレは八雲さんのところに寄って今日の愚痴をこぼした。
で、冒頭に戻る。
「南の女装は初めてだね」
「……なんでちょっと嬉しそうなんですか」
「絶対似合うよ、可愛い」
「八雲さんは来ちゃだめです!」
女装するのは別にいいんだ。オレだけじゃないし。傷はまだ浅い。
でも、それを八雲さんに見られるってなったら話は違ってくる。
一応オレだって男だし、八雲さんに可愛いって言われるのは嬉しいけどかっこいいところだって見せたい。
「だめ?」
可愛らしく首を傾げてこっちを見てくるんだから、本当に性質が悪い。
オレがこういう可愛らしい八雲さんに弱いって、知ってるから。
「そんな可愛い顔してもだめです」
でもオレだっていつもその顔に負けるわけにはいかない。
しかも、今回はオレの女装だ。
八雲さんに見られたら…たぶん…もういろいろと戻ってこれなそう。
「ふぅん?」
不服そうに言う八雲さんは、ぐいっとオレの腕を引っ張って少し荒々しくソファーに押し倒された。
ヤバイ逃げなきゃって思う前に、両手を耳の横につけられて完全に逃げ道を塞がれて。
さっきの可愛らしい八雲さんとは一変して、獣の顔つきになってた。
あ――ヤバイ。
さっきの八雲さんより、こっちの獣っぽい八雲さんのほうが好き。
まだ何もされてないのに、身体が勝手に期待しちゃう。
「押し倒しただけなのに、欲しくなっちゃった?」
なんて耳元で囁かれちゃったら、落ちるしかない。
ずるい。本当にずるい。八雲さん好き。
こうなったらオレに抵抗だとか拒否権なんてなくて、八雲さんの言うことには全部イエスで答えないといけない。
「からだ、あつい…」
きっとオレはもうとろんとした表情になってる。
欲しいとはストレートに言えなくて、遠回しに言ったら「可愛いから許す」ってお決まりの余裕顔で言われて。
「女装、見せてくれる?」
ダメ押しの一言を言われて、オレは、
「は、い…」
と答えざるを得なかった。
八雲さんはにやりと笑って、触れるだけのキスをしてくれた。
そのまま首筋のほうに頭が動いて、来るであろう甘いキスを待っていたら八雲さんの動きがぴたりと止まった。
「南、これ」
そう言って撫でたのは、柳に貼ってもらったかゆみ止めパッチのところ。
会う前に剥がすのを忘れてオレは、背中がひやりとするのを感じ取った。
「自分で貼ったの?」
オレがどうしようかって言い訳を逡巡させている間に、そんな暇は与えないと言わんばかりに質問される。
八雲さんは、オレが自分で貼ったんじゃないってわかってるんだ。
独占欲と嫉妬がわずかに滲み出ている八雲さんにゾクっとして、心臓がドキドキと大きな音をたてる。
「柳が、貼ってくれて」
「そっか、柳ね。どこまで見せた?」
ぞくり。
ああ、その静かに燃える瞳が好き。
オレのことしか考えてなくて、オレのことしか見えてない、その瞳。
「襟を引っ張られただけ、です」
「そう。これ貼られたの、柳じゃなかったらお仕置きしてたかも」
お仕置きっていう響きに、ぞくりと
腰が疼くのがわかった。
八雲さんは、オレと柳の仲のよさをよく理解してくれている。
オレたちが付き合ってることも知っているし、ある程度のことはけっこう許容してくれるんだけど、柳以外の人ってなったら急に厳しくなる。
「でも、ちょっとしたお仕置き、させてほしいかな」
「ン――」
ちり、と首筋に心地のいい痛みが刺さる。
「ん…こっちも、ここも」
ワイシャツで隠れてない首筋に、いくつかのキスマークを残される。
八雲さんの唇の感触と、柔らかい髪の毛がくすぐったい。
「っはあ…これ、隠しちゃダメだからね」
「はい…」
そして最後に、舌を絡め合う深いキスをしてくれた。
後日、首元のキスマークを見たクラスメイトからは羨ましがられ、柳からは「ごめん」とニヤニヤしながら謝られた。
「……確信犯!?」
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