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なんで2人が…
三月に入っても、変わらず夜風は冷たく、容赦なく肌を刺す。
夜になり、宮丸に連れられて飲み会が行われている店へと顔を出した。
「あれ、嘉瀬が飲み会にいる。珍しいね」
飲み会に顔を出す度言われれば、その反応にも大概慣れてくる。
それを愛想笑いでかわし、そそくさと適当な席に座った。
周りを見渡しても確かに知った顔ばかりで、宮丸が言っていた通り壱斗の姿はない。そのことに少し安堵を覚え、宮丸へと声をかけようと姿を探すが、宮丸はいつの間にか女の子達が集まる輪の中へ溶け込んでいる。
偶には宮丸以外の奴と話すのも良いかと、暁義は近くにいたゼミ生の話へと加わった。
「一緒にいいか?」
「嘉瀬君じゃん」
暁義はまたかと思いながらも、軽く挨拶を返す。
「お前知らねぇの? 嘉瀬、最近飲み会来てるよ」
「へぇ、前は恋人に悪いからって全然来てなかったのに…あ、さては別れたな」
「まぁ…」
図星を指され、眉根を寄せつつ暁義は思わず言葉を濁した。
「え、マジで!? 嘉瀬君、今フリーなの? じゃあ、私、立候補しちゃおうかな」
近くで聞いていたのか、女の子が話に入ってくる。
「お前じゃ嘉瀬と合わないって。やっぱ嘉瀬の彼女ってなったら純朴系でしょ」
まったく正反対の性格ですとも言えず、疚しいことはないと思いながらも暁義はそのやり取りを気まずそうに見守っていた。
「何よ、私が純朴じゃないっ言うの!?」
「いや、そう言う訳じゃ…あ! そういえば、織部のヤツ最近飲み会来ないな」
女の子からの攻めを逃れるように、慌てて男は織部の話を持ち出した。
恋愛関係の話には必ずと言っていいほど壱斗の名前が出てくる。それは学部に関係なく、いい意味でも悪い意味でも壱斗が有名だということ。
誘いには断ることなく顔を出し、付き合いのいい奴。でも、女関係にはだらしない奴。
なまじ顔が良い所為か、それでも女の方が寄っていく。
飲み会に出るようになり、散々聞かされ、初めて暁義はそれが壱斗に対する皆のイメージなのだと知った。
「ああ、アイツなら恋人に酷いことしちゃったって相当へこんでたぞ。で、なんか、結局別れちゃったらしいんだけど、織部はまだ相手のことが好きなんだって」
壱斗の噂話に誘われるように、隣で別の話をしていた男が話に加わる。
「自業自得じゃん。織部は遊び過ぎだって。織部が彼氏だったら、どうせ浮気の心配ばっかしなきゃなんないんだよ」
女もさも知った風に壱斗の話をした。
「それがさ、その織部が、また好きになってもらえるように自分を変えるつって飲み会断ってんの」
話を盛り上げたいのか、男が身振り手振りを加え面白そうに話を続ける。
その話に暁義は一人耳を疑った。
「マジ!? 織部っぽくないっていうか…織部ってちゃんと人のこと好きになれるんだなぁ。あの遊び人にそこまで思わせる相手って凄いかも」
いつの間にか周りは壱斗の話で盛り上がっている。
それは暁義が一番良く知っていることで、全く知らないことばかりだった。
どんなに非難してもやめることのなかった遊びを壱斗が断っている。
暁義はただ驚くことしか出来なかった。
「しかも、女の子からの誘いも断ってるんだって」
「…あの織部がそこまでするって、相手どんだけいい女だよ」
もしかして、あの時言った言葉を、壱斗は守ろうとしている…?
「ごめん、俺ちょっと用事思い出した。先、帰るわ」
自分のために変わろうとしているのだと思うと居ても立ってもいられず、暁義は今すぐ壱斗に会いたくなった。
あれだけ泣き縋ってきた壱斗の姿が脳裏に浮かんで、必死に縋りついてきた手をどうしてあんなにも冷たく振り解くことが出来たのか。
後悔の念が暁義の頭に過ぎった。
勢いのまま店を出、携帯を手にしたところで暁義は動きを止めた。
自分の一時的な感情に流されてこのまま壱斗と連絡を取ってどうするというのだろう。
壱斗の話を他人の口から聞いたからといって、壱斗のあのときの言葉が本当だったからといって、もう今更どうにかなるわけでもない。どうにかなるものなら、壱斗が謝ってきたときに既になっている。
壱斗が遊びをやめたと言っても、またいつかするかも知れないし、もししなかったとしても疑いの念を持ったまま、そしてそれを不安に感じながら傍に居続けるのは辛いことだと分かっている。
頭では迷いながらも、暁義の足は自ずと駅へと向かっていた。
薄暗い街灯が点々と灯っている住宅街を抜けると、その先に駅が見える。
ここからなら、壱斗の家の最寄り駅まで二駅。時間にして十分弱だろうか。
時々仕事帰りのサラリーマンと擦れ違いながら足早にその駅を目指した。
壱斗に会って何を話そう。
何を言うかなんて決まっていない。
ただ今は壱斗に会わなければ…会えれば何か分かるような気がした。
そんなことを考えながら歩いていると、反対側から見慣れたシルエットが二人歩いて来る。
まさか、と思わず暁義は歩みを止めた。
徐々に縮まる距離に、心臓がドクドクと忙しなく鳴り続ける。
比例するように二人の話し声が大きくなって聞こえた。聞きなれた二人の声。
「い…ちと」
薄暗い街灯に照らされたその顔は、紛れもなく壱斗だった。そして、その隣を清香が歩いている。
十メートル……五メートル……三メートル…。
長いような、短いような距離はあっと言う間に縮まった。
「壱斗……何で…」
そう問うことしか暁義には出来なかった。
「アキ? 何でここに?」
「暁義君」
驚いた表情の二人。
――また、裏切られた。
暁義は咄嗟にそう感じた。
「何で清香と一緒にいるんだよ!」
暁義はここが住宅街で、往来する人もいる公道だということも忘れ声を荒げる。
「え、ちょっと、アキ、誤解っ」
壱斗の慌てた様子に、また言い訳を聞かされるのかと今までのことが思い返され、暁義の怒りが増した。
「誤解? 何だよ誤解って。もう聞き飽きたんだよ! あんなこと言って、やっぱりお前変わらねぇじゃねぇかっ」
「っ…違」
「違わねぇだろ! 今、現にこうして清香と会ってるじゃねぇかっ……飲み会に顔出さなくなったって聞いて、少しは変わったのかもって思ったのに…何だよ……何なんだよ、お前…っ」
また信じて馬鹿を見た。
信じないと決めたばかりなのに、どうして性懲りもなくまた信じたりしてしまったのだろう。
悔しさに暁義の視界が歪む。
「アキ、聞いて! 彼女とは何でもないよ。ただ偶然会っただけ。ね?」
いつになく必死に弁解をする壱斗の姿を見て、真実を探すように暁義は清香に目を遣った。
「あ、うん。改札口の所で偶然会って、時間遅いからって、送ってくれたの」
何事かとただならぬ様子を察したのか、清香が淡々とした口調で経緯を話す。
それを聞いて暁義は漸く壱斗の言葉が真実なのだと気づく。それと同時に自分の早とちりだったのだと気づき、暁義は居た堪れない気持ちになった。
「…そう……怒鳴ってごめん。清香は俺が送るよ。壱斗、話したいことあるから家で待ってて」
「…わかった」
暁義が家の鍵を手渡すと壱斗はそれを受け取り、静かに頷いた。
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