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 足早に過ぎ去った秋が、あっという間に冬を連れてきた。  木枯らしの吹く季節の到来を前にして、身の回りの冬支度を始めたのがつい最近のように思えるのに、いつの間にか初冬の影すら無い。街路に踊った枯葉たちの姿は既に消え失せ、代わりに、粉雪が吹き溜まりに白く纏まって蹲る。    季節は、忽ちのうちに過ぎていく。ついこの間、初詣に行ったんじゃなかったか。  …歳を重ねると、時間の流れが速く感じるということを―もう何度目か知らないが―こうしてひしひしと実感させられる。遠出して海水浴に行こうなどと思っていたのに、水着さえ新調しないまま、気づけば9月半ばだったことなど思い出す。見やった窓の外は、曇天に煙る師走の空だ。    「うわ、今年一番の冷え込みってマジかよ…」  土方歳三(ひじかたとしぞう)は、外出するための身支度を整える傍らで、リビングのテレビから流れてくる天気予報の声を聞き、一人思わず声を上げた。  聞いただけで震えがくる、一桁の最低気温が読み上げられたあとで、夕方から未明にかけて雪になるとも付け加えられてしまった。  昨夜もだいぶ冷え込んだというのに、その比じゃない寒さが今日は待ち受けているらしい。これから出かける矢先に、嫌なことを聞いてしまった。  勘弁してくれ、と洩らしながら、土方は、裏地が燃えるような赤色の生地で仕立てられた、オーダーメイドであるお気に入りの黒いチェスターコートを纏った。  履き慣れた本革のブーツに足を通して、車のキーを掌に収めると、いそいそと玄関の扉を開ける。    「うー、寒っ」  扉を開けた途端、体当たりでもするかのように容赦なく流れ込んできた外気はとても冷たく、室内の暖かさとのあまりの落差に体が縮こまって震えてしまう。  気紛れに吹き付ける木枯らしも氷のように冷えびえとして、乾燥している。うっかりしていると、むき出しの手がかさかさとしてかじかんでしまいそうだった。  自宅マンションの駐車場まで足早に降りて、さっさとSUVのマイカーに乗り込むと、エンジンをかけた。  車内が温まるのもそこそこに、ハンドルに手をかけ、アクセルを踏んで車を発進させる。  鼠色した雪雲が垂れこめる寒空の下、片手でハンドルを回し、滑り出すように駐車場を抜けた。  今日はこれから、人と会う約束がある。その人の名前は、市村鉄之助(いちむらてつのすけ)。  塾講師を生業としている土方の、かつての教え子だ。  市村とは、彼の大学受験の際、個別指導をしたことがきっかけで知り合った。  出会った当時、高校3年生だった市村は、男性でありながら、なんとも中性的で愛らしい顔つきをしていた。背丈も、同年代の男子と比べたら低いほうで、やや華奢な体格だった。  今日からよろしくお願いします、と、頭を下げられ、少し緊張した面持ちで見つめてくる眼差しは真っすぐで、擦れていないその純真な雰囲気に、居心地の良さと、遠い昔、どこかで出逢っていたような懐かしさすら覚えたものだ。  塾講師という立場としてとても不純な感想だが、土方にとって市村の第一印象は、とにかく愛らしい生徒、だった。  17歳にしてはあどけない印象だし、更に小動物のような見た目の可愛らしさに加えて、真面目で素直で、覚えもいい。そもそも利発であることも、手に取るように分かった。  土方は、そんな市村のことを指導するのが楽しかったし、彼のことが可愛くて仕方なかった。  しかしながら、先生と生徒という関係上、土方は市村を、恋愛対象として見ることは避けた。  避けた、というと潔く割り切ったように聞こえるが、実際は、避けるように努めてきた、と言ったほうが正しい。覚えもよく、素直な、指導しがいのある優秀な生徒。自分にただただそう言い聞かせた。  それでも時折、彼に対する抑えきれない、恋なのか、それとも一時の欲なのか、その判別のつかない感情に悩まされた。  市村が自分に懐いてくれていたから、何かにつけて花が咲くような笑顔を向けられると、色々と勘違いをしそうにもなった。そうして会うたびに、離れがたくなっていく。  その後、市村は志望校に無事合格した。  それを機に関係は解消され、もう会うことはなくなると思っていたのだが、その惜別の思いも込めた合格祝いの贈り物と花束を渡しに行った折、話の流れで図らずも、連絡先を交換することになった。  市村から、連絡するのが迷惑でしたら断ってくださいという旨をやんわり伝えられたが、土方には断る理由が無かった。  こうして市村との関係は、縁が切れるどころか、先生と生徒ではなくなっても親密な交流が続くという、土方にとって願ったり叶ったりな、追い風の吹く展開へと様相を変えたのだった。  それからというもの、二人で他愛ない日常のやりとりをメッセージアプリで交換しては、都合がつけば会って出かけるなど、付き合いは途切れることなく続いている。  おはようのスタンプが送られてくれば、良い一日になりそうな気がして心が躍ったし、おやすみのメッセージに返信があれば、夢でも会える気がした。  恋人同士ではないのに、日常の中に二人で居れば、沈黙の時間にさえどこか甘い雰囲気が漂う。  なのに、決定的なことが無いから、年の離れた友人、というかなんというか、どう形容すべきか分からない関係のもどかしさが、土方にはあった。  二人の間にあるものは友情とはまた違った別の感情では無いのか、という期待を孕む疑念も。  たとえば市村も自分と同じ気持ちでいたとしたら…などと仮定しては空想が膨らむ。  だから今日こそは、その曖昧な関係を解消する。  たとえ、結局全てが、自ら招いた勘違いで終わったとしても、いつまでも中途半端なぬるま湯に浸かっているような性分でもない。  腹を決めて、勝負する。  土方はそう思って、ハンドルを握る手に力を込めた。

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