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 車は今、市村と待ち合わせをした駅へと向かっている。  市村の通う大学にも近い駅だから、二人はよくこの駅を待ち合わせ場所に指定していた。  駅が近づくに連れて外を歩く人も増え、賑わいも増していく。  街路に並んで立つ木々には、美しいオーナメントで装飾がなされ、冬の町を華やかに彩っている。今日は、クリスマスイブだ。  混雑する駅の駐車場になんとか車を停めて、待ち合わせ場所に定めた、駅前広場にある一際大きいクリスマスツリーを目指す。  毎年、クリスマスの時期になると広場の中心に姿を現す、この街の冬の風物詩だ。  建物の2階に相当するくらいの背丈のツリーで、とても人目を引くため、待ち合わせにはうってつけだった。  頂点に星のオーナメントが燦然と輝き、一番豪奢に着飾っているのも、そのツリーだ。  それにしても、今日は本当に今季一番の冷え込みになるかもしれない。日暮れが迫ってきた外の空気が、既に刺さるくらい凍みる。  持ってきていたアイボリーのマフラーを手早く首に巻き付けて、コートのポケットに両手をしまい込むと、土方は雑踏の中を歩いて待ち合わせのツリーを目指した。  各々に待ち合わせをしているのであろう人々が、ツリーの前にぞろぞろと立っているが、その中に市村の姿は見当たらない。  土方もツリーの前に立つと、スマホを取り出した。  約束の時間より若干早く着いてしまったから、市村はまだ来ていないのかもしれない。いつも彼は、自分の姿を見つけたらすぐに嬉しそうに駆け寄ってくる。  しばらく待つか、と思い、ふと顔を上げれば、師走の街を忙しなく行き交う人々のその奥に、カフェのメニューに見入っている見慣れた背姿を発見した。  ガラスのショーケースの中、あたたかみのあるライトに照らされながら、キラキラとして美味しそうに並んでいる、スパゲティやコーヒーフロートの食品サンプルに目を奪われているのは、市村だ。  近づいてくる土方に、彼はまだ気づかない。目の前のメニューに気を取られているようだ。  ネイビーのダッフルコートを着て、ちょこちょこと動く後姿が愛らしい。  土方は、市村の傍まで行くと、彼の肩を片手で叩いた。  とんとん、と軽く叩いて、叩いた手の人差し指だけ真っ直ぐにぴんと立てると、振り向いた市村の頬に土方の人差し指が、ふに、とやわく触れる。  市村は、一瞬驚いた顔をしたあと、ぱあっと嬉しそうに笑った。彼の笑顔に、思わず土方の目尻が下がる。  「先生!」  「おう。待たせちまったか?」  「いえ、僕も今来たところです」  市村は、はにかんでそう言った。しかし、その頬や鼻先は寒さで少し赤らんでいて、土方が来る前からここで待っていたことが容易に窺い知れる。  その場で二人、二、三、言葉を交わしていると、街行く人々の数人が、すれ違いざまにちらちらと視線を投げかけてくる。  愛嬌があって、小柄で中性的な、可愛らしい顔立ちの年端もいかない男子と、上背のある偉丈夫な男が仲睦まじくしているのは、わりと人目を引くらしい。  「今日は誘ってくれてありがとうございました」  市村は礼儀正しく、小さくて形の良い頭を、ぺこりと下げた。  「いや、こっちこそありがとな。わざわざ時間作ってくれて。忙しかったんじゃねえのか、年末だし」  「いえ、それを言うなら先生だって。でも、先生も今日は休みだって言ってましたし、もしかしたら、連絡来るかもって思って…」  だから予定を空けておきました、と市村は微笑んだ。  土方は、考えていることを見透かされた気になって少しこそばゆくなるも、唇の端をつり上げて、当たり、と余裕の体で返した。  それに、もしかして市村は、こちらから連絡が来るのを待ってくれていたのではないかと考えると、少し胸が熱くなる。  「じゃ、行こうぜ。車、向こうに停めてあるから」  「はい」  歩く土方の半歩後ろを、小さい歩幅で付いてくる市村の楽しげな様子を見ると、自然と口元が綻んでしまう。  …いつもと同じ、デートのような時間だが、今日はそれを特別なものに変えてみせる。  太陽が大きく傾いて、ぽつぽつと芽吹くように灯りだした街のイルミネーションに照らされながら、土方はそう思った。  雪雲垂れこめる空の片隅、宵の明星が霞むように頼りなくぽつりと光って、立ち昇った吐く息の白が、師走でどこか忙しない街の雑踏に溶けていく。  車までたどり着くと、土方は市村に、助手席に乗るよう促した。市村はいつものように、失礼します、とドアを開けて、シートにちょこんと座り、慣れた手つきでシートベルトを締めた。  広めの助手席は、市村にとって特等席だった。  渋滞している駅前の通りをのろのろと走りながら、土方が尋ねる。  「そういや、メシは良かったのか?さっき喫茶店のメニュー見てただろ」  「あ、大丈夫です。夕飯にはまだちょっと早いし…」  市村が、左手首に巻かれたスマートウォッチを見ながら答えた。時刻は17:30を回ろうとしている。  空の色は刻一刻と変わり、既に辺りは真っ暗だった。今日は一日中冴えない曇天で、暗くなるのにより拍車がかかっている。  しかしその一方で、クリスマスに華やぐ街の明かりが夕闇と対を成し、煌々と映えて綺麗だ。  「そうか。じゃあどっかで、軽くなんか食おう。オレが小腹空いてるから」 土方はそう言うと、渋滞を抜けきった先でハンドルをゆるく切った。

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