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しばらく車を走らせて辿り着いたのは、市街地の外れのほうにある、小高い丘陵に作られた展望公園だった。
整地されて広々としたそこは、この街に暮らす人々の憩いの場であり、公園内の上り路伝いに設置された階段を昇れば、街を一望しながら休憩ができる、開けた眺望のいい場所もある。
この時期は、公園内に植えられた樹木がクリスマス仕様に飾り付けられ、イルミネーションも灯されることから、夜のデートスポットにもなっていた。
暖房の効いた車内から降りると、外のあまりの寒さに、思わず二人同時に肩を竦めて縮こまりそうになってしまう。
これは天気予報の通り、間違いなく雪が降る。そう確信させる底冷えだ。
溢れるように集った、楽しそうに手をつなぐカップルたちの合間を縫って歩みを進めると、何台かの洒落たキッチンカーが集まる広場に出た。
フード、ドリンク共に、様々な温かいメニューを提供しているらしく、辺りには良い匂いが漂っている。
何食べたい?と、土方が市村に尋ねると、市村は、先生と同じものがいいと言うので、土方はその答えに少し気恥ずかしさを覚えながら、1台のトレーラーカフェの前で足を止めた。ブルーが基調のポップな店舗の外観は鮮やかで、目を引く存在だった。車体には、可愛らしくデフォルメされた二匹の犬のマスコットが描かれている。
店舗脇に、フットヒーターが設置されているテーブル席が2つ設置されていたが、どちらも埋まっている。席に着いて談笑する客が美味しそうに頬張っているのは、ホットサンドだ。テーブルには、湯気の立つ温かいコーヒーも並んでいる。
軽食には丁度いいと思い、土方は、そのトレーラーカフェのメニューから、〝オススメ!〟とポップの付いた、ベーコンとたまごのホットサンドを頼んだ。店のマスコットであろう犬のイラストが描かれた白い包み紙に、綺麗に包まれて出されたそれを受け取ると、土方は一つを市村に渡して言った。
「街が見えるとこまで、ちょっと歩こうぜ」
駅前ほどではなくとも、クリスマスムードで浮かれた人たちが行きかう展望公園の中を、二人で肩を並べて歩く。
方々から聞こえてくる楽しげな笑い声に混じり、雰囲気をより盛り上げるクリスマスソングが流れてきて、それに合わせて鼻歌を歌う市村の横顔は、とても幸せそうに見えた。
…こういう時、スマートに手を繋げたらいいのに。
いや、そうできるようになるためにも、今日は言わなければならないことがある。
市村に対して、明確な恋心があると自覚した以上、結果がどうなったとしても、伝えなくてはいけないその言葉。
胸にとどめておくには、とっくに限界がきている。腐り落ちてしょぼくれる前に曝さなくてはならない。
階段を登りきり、開けた場所にたどり着く。
街の夜景が遠く見渡せるその場所に、点々と幾つか設置されたベンチには、何組かのカップルが肩を寄せあって座り、展望デッキの周囲に巡らされた、腰の高さほどのフェンスにも、もたれかかって思い思いに夜景を楽しむ人たちの姿が見える。
「あっち座ろう、テツ」
土方がそう言って、偶然にも空いたベンチに二人で腰を落ち着ける。
目の前には、冷え込む夜の闇に浮かんで映える、クリスマスイブの街の夜景が広がっていた。まるで、闇にろうそくを幾つもそっと灯したようだ。
「綺麗ですね」
市村は、土方ににっこり笑いかけてそう言うと、持っていたホットサンドの包み紙を開いた。
きつね色に焦げ目の付いた、こんがりと焼き上がっているパンに挟まれ、こぼれそうになっている目玉焼きと、油が滴りそうなほどかりかりに焼かれた肉厚のベーコンが顔を出す。その2つの間に覗く、少し溶けた橙色のチェダーチーズも、なんとも食欲をそそった。
温かいそれを、市村が小さな口で、こぼれないように気を付けながらぱくぱくと食んでいる様子が微笑ましい。
土方も、一口、二口と、ホットサンドを口に運ぶ。
香ばしい良い匂いと共に、ベーコンの旨味があふれ出てきて、半熟の目玉焼きには濃厚なチェダーチーズの味わいが絡み、お世辞抜きに美味いと思った。これは大正解な選択だった。小腹も満たされ、体も温まる。
…さて、どうやって切り出そうか。
土方は、口を動かせながら考えを巡らせた。
当然ながら、突拍子もなく、付き合ってくれなど言えるはずはない。
この雰囲気が手伝ってくれる気はするが、肝心の言葉が揃わない。それに、柄にもなく妙に臆してしまう。告白というものは、する側となると、こんなにも思考を巡らせ、いっそ臆病なほど慎重にならなければいけないものだったのか。35歳の身空で、今更ながら思う。
今までに告白されることは多々あったものの、自分から思いを打ち明けたことはない。
そもそも、自ら進んで誰かを好きになるなんて、考えたことも無かった。
…色々あったせいで、荒み過ぎている過去と身の上だった。
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