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第8話 マントをくれた
そうだった。オメガと診断を受けてから、同じオメガの同級生は少なかったけど気にかけるようになっていた。
アルファからいじめられてないかな? 嫌がらせを受けていないかな?
僕も誰かに心配してもらいたかった。
僕は、自分にやって欲しいことを他人にやるようにしていた。僕は心配して欲しいから、他のオメガを心配した。ベータの振りをして、一般人のような顔をして、生きてきたんだ。
魔王ジスは、それらを全て知っているよ、とでも言うかのように深く頷いていた。
こういうアルファもいるんだ。
こういう魔王様もいるんだ。
ぽた、ぽたりと膝の上に涙が溢れる。この涙の味は嫌というほど知っていた。職場での早川からの叱責も、先週におばあちゃんが寿命で亡くなったことも、全部が全部いま1つに繋がって、嗚咽が止まらない。ジスの反応が怖い。僕のこんな弱々しい姿を、ジスはなんと言うだろう。「オメガらしい泣き虫だな」なんて言われた日には、僕はもう立ち上がれないかもしれない。
ジスの反応が怖くて、目線を自身の膝の上に落としていると、後ろからふわりとした温もりを背中に感じた。
「そなたはやはり優しい子だな。人のことを想って涙を流せる人というのは、実はとても少ないのだよ」
それはジスが纏っていた黒色のマントだった。サイズが違うからぶかぶかだけど、裏地にはしっかりと羽毛のようなものが入っているためとても温かい。
「辛かったろう。もう大丈夫。安心しておやすみ。わたしはこれから公務があるから出ていくが、また明日話をしよう」
「あっ、マントは……」
僕が言い淀むとジスは
「ああ。わたしの代わりと言ったらなんだが、好きなようにしてくれ」
目元をふふふと笑わせて、魔王ジスは広間から出ていった。
広い広間に残された阿月は、静かにジスが貸してくれたマントを撫でる。あたたかい。ジスが投げかけてくれる言葉もあたたかいし、声音だって本当にーー。もし自分に兄がいたら、こんなふうに弟扱いしてくれるのかな。
「阿月様。夜ご飯になさいますか?」
広間の扉の隙間から、ライアの声が聞こえた。
「ごめん。お腹空いてなくて……今日はこのまま寝ようかな」
「承知しました。では、お部屋へお送りしますね」
ライアの後ろにくっつきながら、与えられた部屋に戻る。ライアの話によると、ここテルー城は冥界の中でも1番重要な城なのだという。魔王ジスが住処にしているというのもあるが、魔の力が強い地質なのだという。
「魔の力が強いと言っても、このテルー城に魔物が入り込む心配はありませんよ。この城はジス様が厳重な結界を張られていますので、魔物が入り込む隙間などないのです」
「わかりました。じゃあ……」
ライアは深く一礼して
「おやすみなさいませ。阿月様」
そう言い去ると、ドアを閉じて部屋から出ていった。阿月は広々とした純白のベッドに潜り込み、そのまま気を失うようにして眠りの世界に入っていった。
とても濃い一日だった。
こんなに他人と居心地よく話したのは、もう何ヶ月ぶりだろうか。そんなことを思い出しながら、瞳を閉じた。
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