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もうひとりの親友
「當川。お前、今日のゼミの飲み会行くよな」
食堂で遅めの弁当を食べ終わった千乃に声をかけて来たのは、同じゼミの、名前も覚えてない三人組だった。
「いや……行かないけど」
「はぁ? お前また来ないのかよ。そんなんでよくゼミに顔出せるよな。なぁ」
昼時から時間が経った食堂に生徒の数は少なく、刺々しい彼の声がキーンと響いた。同意を求められた二人も、だよなぁと、皮肉めいた顔を向けてくる。
彼らがあからさまな敵意と同じようなセリフを言ってくるのは、これが初めてではない。
いつかは覚えてないけれど、以前も同じように飲み会へ誘われたことがある。それも今と同じ、威圧的に。
──あの時は、タイミングよく教授に声をかけてもらい回避できたけど。どうして俺に声をかけるのか……。他にも参加していない生徒はいるって言うのに。
理由を考えていると、二人目の男が、拝むような手つきを千乃に向けてきた。
「なあ、當川。今日は来てくれよ。じゃないと俺らも困るんだわ」
「ほんと、たのむわ。じゃないと、こいつ彼女に別れるって言われてんだ」
加勢してくる三人目の言っている意味がわからない──。なぜ自分が参加しないと、彼が振られることになるのだろう。黙考していると、
「こいつの彼女の友達が、當川を連れて来いってうるさいらしいわ。な、だからこいつのために来てくれよ」
二人目の男が猫なで声で言い含めてこようとしてくる。
「いや、でも俺は──」
「なに、金がないとでも言うのか? そんなわけないよな、お前の親父、確か県知事だったよな」
言下に遮ってきた言葉は、久しぶりに言われたセリフだった。そして、自分にはそんな父親がいたんだなと改めて自覚した。
父親のことを言われて「──あの人は関係……ない」と、反論すると三つの顔が小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「関係ないわけないだろーが。親父だろ? 金はたんまりあるだろう。な、それよりも参加でいいよな」
強制的にも捉えられる言葉に、千乃は自分が頷けば済む話なんだろうなと考えた。行きたくはないけれど、彼がフラれるのは気の毒だ……。
──先月はテストがあって、バイト減らしてたから、心許ないんだよな……。
切り詰めて生活している千乃に、飲み会の会費は厳しい。
名前も知らないし義理もないけれど、自分のせいで彼に悲劇が訪れたら……それはとても後味が悪い。もしかしたら以前の高圧的な態度も、千乃が参加しなかったことによって、彼らが何かの被害を被 ったのではないだろうか。そう思うと、もう断れなかった。
わかった──と、唇がその形を作ろうとした時、「行かなくていいぞ」と、食堂の入り口から声が聞こえた。
千乃が確かめると同時に、甲斐悠介 がもう側まで来ていた。
「悠介──」
「千乃、こいつらがお前に声をかけるのは、別の理由だ」
眼鏡のサイズが合わないのか、表情筋が動く度にフレームがズレ、指の背で持ち上げながら悠介が三人に睨みを利かせている。
「別の理由? どう言うことだよ、悠介」
垂れ目気味の目を限界まだ吊り上げて怒る悠介に、千乃の方が唖然とした。
「こいつら、タチの悪い四年に頼まれてたんだ。千乃を襲うから連れてこいって。この耳で聞いたから間違いない」
「四年? え、どう言うこと? でも、彼が彼女にフラれるからって──」
言いながら、千乃は張本人の顔を見た。その顔は、悠介の言葉を肯定するように目が泳いでいる。
「で、でたらめ言うなよ。見てもないくせ──」
「じゃあハッキリ言ってやるよ。その四年が千乃に惚れてて強姦するって言ったんだろ。千乃の同情心に漬け込んで誘いやがって。俺はこの耳で聞いたからな、お前とそいつが教室で話してたのをな。誰もいないと油断してたんだろう、金なんて貰っててさ」
愛嬌のある性格と顔を一変させる、悠介の睨みを浴びた三人組みは、やってられないわと言い、
「どこのボンボンも反吐が出るわ。金を持ってるのが偉いのかってーの」と、捨て台詞だけを残し、バツが悪そうに食堂を出て行った。
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