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第1話
暖冬というのが嘘のようだ。世間はクリスマスシーズンを迎え、冷えこみがぐっと厳しくなった。
つまり忘年会シーズンでもあるわけで。忘年会に便乗して同窓会をしようなどと、相変わらず賑やかな奴がいたもんだ。
ひざ下まである上等な黒コートを羽織り、明るい会場を見渡した。さすが、金持ち高校だっただけある。結婚式場にも使われる会場は優雅そのもの。
そこにはすでに見知った顔があった。いや。正確には、見知った面影がある、か。
今日は高校の同窓会だ。あれから四十年の月日が過ぎた。俺はもう、五十七だ。もうじき五十八。年老いた。
「よう! 衣笠 か? 衣笠貴史 だろ! 久しぶりだな、お前!」
壁の花になっていれば、壮年のひとりの男が早足で俺に近づいてきた。にこやかなこいつは……誰だったかな。思い出せるようで思い出せない。俺は曖昧に笑みを返す。
俺が気づいてないとわかったんだろう。彼は簡単に名を口走った。しかし残念ながら、一瞬で俺の耳をとおり過ぎた。
その辺に並んだテーブルに近寄り、グラスを手にする。めげない彼は俺のあとをついてきて、同じようにグラスを選ぶとテーブルに着いた。
俺は騒がしい場所が嫌いだ。あえて人のいない席に座ったが、彼は五人分の口数をそろえていたようだ。
いくら喋っても減らない饒舌さに脱帽しつつも辟易する。曖昧に相槌を打ちながら、俺は会場に目線をあげた。
俺が、心から会いたいと。もう一度声を聞きたいと。そう思った相手の姿は、やはりここにはなかった。当然か。俺が、彼を退学に追いこんだのだから。
「そういえばさぁ。あいつ、知ってんだろ。芦田七緒 。衣笠ってあいつと仲良かったよな。あいつ、死んだらしいぜ」
「なに……?」
穴から穴へ素通りだった俺の耳が、初めて脳内にたったひとつの言語を留めた。芦田七緒。彼が、なんだって?
俺は初めて、向かい合う男の顔をまじまじと見た。もう一度言え。芦田七緒が、どうしただと。
「芦田だよ。ほらお前と……その、少し噂になってたあいつ。死んだらしい。不慮の事故って聞いたけど、どうだかね」
肩をすくめて男は言う。人の生き死にを話しているのに、ちゃらけた仕草を見て思い出した。こいつは当時、クラスのムードメーカーだった。
俺とナナ……七緒。俺たちの関係も、しつこく聞いてきた奴だ。
「いつだ。いつ、彼が死んだと? 本当の話か。作り話だったら、ずいぶん笑えないジョークだな」
「本当だって! マジマジ。さすがに俺でもそんな嘘はつかねぇってばよ。もうずいぶん前だ。三十八、だったかな。海で溺れ死んだらしいぜ」
がんっと口に運んだグラスをテーブルに叩きつけた。中身が多少飛び出したものの、幸い割れなかった。信じられるか。今度は背椅子を倒さん勢いで、俺はテーブルを後にした。
ナナが……死んだと? 三十八の若さで。会場を抜け出し邸宅ともいえる自宅まで高級車を走らせる。
記憶が曖昧だ。信号は、青だった、と思う。もしかしたら黄色だったか。赤ではなかったはずだ。
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