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「――俺がユーグを捨てることなんてない」
俺の気持ちなんて知りもしないルーは、かみしめるように言った。これも、口説き文句の一種なんだろうか。
頭の片隅に浮かんだ考えを振り払う。今はそんなことよりも。
「そう言ってくれて、嬉しいよ。でも今は酒飲もうよ」
「……あぁ」
反応しておいて、笑みを作って誤魔化した。
本当は期待させるようなことを言わないでほしいという気持ちもある。ただ、ルーとの時間だけは夢のように幸せだ。この時間が永遠に続けばいいと思ってしまうほどに。
俺を抱っこしたままルーが部屋に入る。俺の身体を寝台に腰掛けさせて、自身もすぐ隣に腰掛ける。
テーブルは寝台のすぐ側まで移動していて、準備万端だ。
「チーズ食う? とはいってもユーグの買ってきたものだけどさ」
ルーがチーズの袋を開け、中身を取り出す。迷いなくチーズを俺の口元に押し付けてくる。問いかけておいて、拒否は許さないらしい。まぁ、食べるけど。
「んっ」
チーズをかじる。
すごく美味しい。仕事終わりで腹が減っているから、余計に美味しく感じるのかも。
「なんていうか、餌付けしてる気分だよ」
俺がまた一口チーズをかじるのを見つめ、ルーがぽつりとつぶやいた。餌付けって。
「否定できないよ」
ルーが持ってくる酒は、すごく美味しい。今だから白状するけど、初めはルーの持ってくる酒が目当てだった――とも、言える。本人には死んでも言えない真実だ。
「そうか。ほら、酒」
酒がなみなみと注がれたグラスを、ルーが俺に差し出す。俺はグラスを受け取って、ルーと軽くぶつけた。
「じゃ、今日も――たくさん楽しもうな」
口元を艶めかしく歪めたルーが囁いた。やつは人の視線を奪い、くぎ付けにする天才かもしれない。
(本当、色っぽい)
グラスを口に運び、勢いよく飲むルーは目に毒だ。
色っぽくて、艶めかしくて。こっちがおかしくなりそうという意味。
全身が人の欲情を煽るという言葉が正しいのかも。嚥下する喉。男らしい顔つきと身体つき。全部、全部俺をおかしくする。
「本当、美味いよ。ユーグは飲まないのか?」
ほうっとルーを見つめていると、顔を覗き込まれた。彼に目を見つめられて、俺はハッとする。慌てて酒をごくりと飲んだ。
ほんのりと甘い果実の酒。ごくごくと飲めるけど、アルコール度数は高いので飲みすぎに注意しないと。
「本当、お前は酒に弱いよなぁ」
空っぽのグラスにもう一度酒を注ぎ、ルーが笑いながら言う。
別に俺が酒に弱いわけじゃない。ルーが強すぎるだけ。
「おかしいのは俺じゃなくてルーだよ。強すぎる」
「そうかぁ?」
ルーの漆黒色の目がこちらを射貫いた。じっと見つめられて、心臓が破裂しそうなほどに大きく音を鳴らす。
俺の喉が鳴ったとき、ルーの空いている手が俺の頬に触れてくる。
「一口飲んで、こんなに顔赤くして。それに目だってとろんとしてる」
「そ、れは」
「ほら、否定できないだろ?」
ニヤッと笑ったルーが俺の唇を親指で撫でた。
俺はまだ酔っていない。そもそも、俺が一口で酔うわけがない。ルーだって知っているはずだ。
(つまり、からかわれてるっていうことか)
ルーの考えが読めた。
「違うよ。ルーの顔を見てるから、こうなってる」
唇を撫でるルーの親指を掴む。そのまま口に含んで、チロチロと舌で舐めていく。ルーの目が明らかに欲情していく。
今日は不思議だった。まるで早く繋がりたいと身体が主張をしているみたい。お互いさまか。
「煽ってんのか?」
「そうだよ。ルーのことを煽ってる」
「へぇ」
ルーは短くつぶやくと、グラスをテーブルの上に戻す。
空いた手で俺の手の中のグラスを取り上げ、口をつけた。まだ半分以上残っていた酒はルーによって消えていく。ごくごくと音を立てて飲み干し、空のグラスをテーブルに置いた。
「なんだろな。今日は互いに余裕がないな」
「……そうかも」
普段だったら一時間から二時間ほど酒を飲みながら話をする。行為に移るのは決まってその後だった。
なのに、今日は不思議と人肌恋しい。多分ルーも同じ。
「――ユーグ」
ルーの顔が俺に近づいてくる。視界いっぱいにルーのきれいな顔が広がる。目を瞑った。
「んっ」
唇が触れ合った。ちゅっと音を立てて、ついばむようなキス。
「ルー」
瞼を上げた俺がルーのことを呼び、見つめる。ごくりとルーの喉が鳴る。
「なぁ、もっといっぱいキスしよ」
そこまで言った俺の視界がぐるりと移動する。そして、口づけの雨が降ってきた。
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