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ルーが俺のほうに手を伸ばした。俺はルーの手を振り払う。
この手をつかんでしまったら。この手に触れられてしまったら。
俺はきっと、ルーにすがってしまうだろう。
「ルーが言わないんだったら、俺が言う。この関係は終わりにしよう」
ルーの目を見ることが出来ず、俺はうつむいた。ルーが息を呑むような音が聞こえてくる。
本当は終わりたくなんてない。ルーがいなくなったら、俺には誰もいない。ナイムさんはいるけど、所詮は雇用主とバイトという関係だ。私的な付き合いのある人ではない。
「というか、ルーが騎士団長だったなんて驚いたよ」
本当、ルーって生活面は適当だし。
でも、なんていうか人をまとめるのは上手そうだよなぁ。なんて、勝手なイメージだけど。
「ユーグ。あのな、俺は」
「情でもあるの? 三年も一緒にいたから、放り出せないって? ルーは真面目だなぁ」
話を逸らす。けらけらと笑ったつもりでも、笑えていなかった。結局辛くなってしまって、言葉はしりすぼみになった。
手をぎゅっと握った。あぁ、そうだ。
「合鍵返してよ」
「――は?」
「だって、もうルーと俺の関係は終わりだろ?」
ルーが合鍵を悪用することはないだろうが、一応念には念を。
手を差し出すと、ルーが視線を下げた。かと思うと、小さく「いやだ」と返してくる。
まるで駄々っ子だ。
……違う。ルーには子供っぽい部分があった。なんとなく甘えん坊なところもあった。
「ルー」
「俺はユーグと終わりになんてしたくない」
言葉に詰まった。
終わりにしたいと言われると思っていた。ルーの口から終わりにしたくないなんて言葉、聞くとは思わなかった。
「確かに俺は、ずっとユーグとセフレの関係を終わらせたかった。けど、そういう意味では終わらせたくなかった」
「……どういう意味だよ」
言葉を投げつける。ルーは息を呑んだ。俺の目を見つめるルーの瞳が揺れている。まるで水面のように揺らめいていて、場違いにもきれいという感想を抱いてしまう。
「ユーグ。俺と結婚しよう。俺、ユーグのこと幸せにするからさ――」
こいつはなにを言っているんだろうか。
同性婚は問題ないし、認められている権利だ。しかし、貴族の中では珍しいこと。
貴族は血筋を残すことが大切だから。異性と結婚するのが常だった。
「ルー、馬鹿を言うな」
「俺は真剣だ。俺はユーグと結婚したい」
ルーが真剣なことくらい、俺だって百も承知だ。けど、好きとか嫌いとか。結婚したいとかしたくないとか。
そんな理由じゃ結婚できるわけがない。俺はともかく、ルーには身分や立場、地位。いろいろなものがのしかかっている。
俺はルーの負担になりたくない。
「俺は! お前の負担になるのが嫌なんだよ!」
「負担なんかじゃない!」
まさに、あぁいえばこういう状態だった。
俺は引けない。ルーも引かない。このままでは、話はいつまで経っても平行線のまま。
それに、こんな場所で喧嘩をしていたら近所迷惑だろう。一度、落ち着こう。
「俺はユーグのことが本気で好きだ」
「――じゃあ、どうして正体を教えてくれなかったんだ?」
自分でも驚くほどに冷たい声が出た。俺の問いかけに、ルーは困った。ほら、答えられないじゃないか。
「ルーが本気なんだったら、俺に自分の本名も立場も、身分も。言えたよな」
「……それは」
「ほら、それってやっぱり本気じゃない」
言いがかりもいいところだ。それに、俺だってルーの正体を知ろうとはしなかった。お互いさまだというのに。
(こんな一方的に責め立てるなんて)
褒められるようなことじゃない。
嫌というほどにわかる。ただ、引けない。
「頼むよ、ルー。もう会いたくない。お前の顔なんて見たくない。もう、会いに来ないでくれ」
淡々と吐き捨て、立ち尽くするルーを無視して俺は部屋に入った。
扉にもたれかかって、すとんと腰を下ろす。膝を抱えて、渇いた笑いがこぼれた。
「馬鹿だよな、俺……」
ルーのことを拒否するなんて。本当、馬鹿でアホで救いようがない愚か者だ。
(兄さん、俺、どうするのが正解だったのかな――?)
内心で兄さんに問いかけて、俺は目を瞑った。
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