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いつからこうであったかは、まだ理解できていない。でも、俺はルーに惹かれている。
身分も立場も、全然違う男。そんな人物に惹かれたところで、幸せになんてなれるはずがない。
頭の中の冷静な部分がそうささやいた。けど、心はルーのことが好きだと、ルーのことを求めているみたいだった。
「ユーグくん」
ナイムさんが俺の頭を優しく撫でてくれる。
手のひらの感触が心地よくて目を細めていると、彼は俺の顔を覗き込んできた。瞳に映る俺の顔はひどいものだ。
が、どことなく清々しいようにも見える。
「キミはその友人のことが本当に大切なんだね」
まるでなにもかもを見透かしたような声だった。
静かに言葉にうなずくと、ナイムさんは口元を緩める。
「だったら、自分の気持ちをしっかりと伝えなくちゃね。仲違いしたままだと辛いのはキミだ。それに――」
「――それに?」
「ユーグくんが大切に思っているのと同じくらい、友人もユーグくんのことを大切に思っているだろうから」
それは、わからない。
ルーは結婚しようって言ってくれた。セフレの関係から夫婦になろうと言ってくれた。
それを受け入れることが出来なかったのは、俺が弱虫だからだ。
もう二度と大切な人を失いたくない。その気持ちから、人とかかわる際に一線を引いていた。
大切なものを作りたくはなかった。
(まだ、間に合うかはわからない。だけど、俺はルーのことが好きだ――)
唇をぎゅっと噛んで、自分自身の気持ちを再認識する。
ルーと出逢ったのは、三年前のこの季節だった。怪我をしていたルーを偶然見つけて、俺が助けて。
(その後、一緒に飲んだ。人肌恋しいって俺がぼやいたら、ルーが口づけてきて――)
そこからはなし崩しだった。身体を重ねて、適当なときに会うセフレ。築いた関係はこんなものだ。
もしかしたら、この時点でいろいろと間違っていたのかもしれない。こんな不誠実な関係を受け入れた俺も、ルーも。
今ならわかる。大切なものを作りたくない俺と、なにかを抱えたルーにとって、互いは気楽な存在だった。
「けど、もう終わらせる」
この間とは別の意味でルーとの関係を終わらせる決意が固まった。
手のひらを握って、ナイムさんを見つめる。
「俺、ちゃんと話し合ってきます。絶対に仲直りします」
自分なりの決意で、けじめだった。
気持ちをはっきりと言葉にすると、ナイムさんがうなずいてくれる。
「それでいいよ。後悔なんてするものじゃない。失ってからじゃ遅いんだ」
そうだ。ナイムさんの言葉は間違いない。
それに、なんだか彼の言葉には実感がこもっているかのようだった。
ただの想像だけど、ナイムさんにもなにか強い後悔があるのかもしれない。
「じゃあ、仕事に戻ろうか。今日も頑張ろう」
「はい」
ナイムさんに両肩をぽんっとたたかれて、俺はうなずく。
とりあえず、今は仕事だ。騎士団に配達に行くときにでも、ルーに少し時間を作ってもらおう。出来なかったら、後日の約束を取り付ける。
自分勝手だとはわかっている。一度は断っておいて、すぐに気持ちを変えてしまうなんて。
(でも、ルーだったら大丈夫。きっと、わかってくれる)
ルーは俺の性格を熟知している。伊達に長いこと一緒にいたわけじゃない。
不意に頭の中に俺に拒絶されたルーの顔が浮かんだ。ごめん、本当にごめん。
こんなところで謝ってもなんにもならないかもしれない。なのに、謝りたかった。
そう、これは俺の自己満足だ。
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