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 翌日。俺はいつも通りに仕事に励んだ。騎士団に行くのは二日後。明日は休みだから、ゆっくりと今後について考えよう。  ……覚悟を決めなくては。 (大丈夫。ちゃんと話せる)  もしも話すのが無理でも、約束を取り付けることはできるはずだ。  ルーは根本が優しい。だから、無下にはしない……と、思う。 「ユーグくん。この後予約のお客さまが来られるんだけど、準備できる?」 「はい。大丈夫ですよ」  ナイムさんの言葉に笑顔でうなずく。予約表を見つめて、頭を動かした。 (予算と欲しい花の希望に合わせて……)  花束を作るのも花屋の仕事だ。  予算と欲しい花の希望を聞いて、花の組み合わせを考えていく。  これは店員のセンスの見せどころでもある。俺はあんまりセンスがないけど。 「この予算だったら、この花がいいかな……」  店内の生花をいくつかピックアップして手に取った。  受け取り時刻は今から一時間先だった。あんまり悩んでいる暇はなさそうだ。 「ラッピングは桃色にしよう。結婚記念日のプレゼントらしいし」  今回の依頼者は若い男性だという。結婚して二年になる妻にサプライズで花束を渡したいと。  奥さまの好きな花をメインに据えて、花束を作成していく。こういうのはナイムさんのほうが得意だ。  けど、最近は花束作成もほとんど俺の仕事となっていた。理由はよくわからない。ナイムさんに聞いても「必要だからね」ともっともな理由を言われるだけだし。  戸棚に手を伸ばして、桃色のリボンを手に取る。初めよりもだいぶ手慣れた手つきでリボンを結ぶ。  最初は大変だったなぁ。いろいろな意味で。 「よし。あとは受け取りに来られるのを待つだけ」  花束はきれいに仕上がった。大満足――とまではいかないけど、自己評価だと八十五点くらいだろうか。  でも、なんか違うんだよなぁ。 「ナイムさん。作成した花束、ここにおいておきますね」 「うん、わかった」  奥で帳簿をつけているナイムさんに声をかけ、俺は箒と塵取りを取って店先の掃除に移る。  店は清潔感が大切。俺は時間が空くとこうやって店先の掃除をしていた――のだけど。  誰かが俺の前に立ちふさがるように立ったのがわかった。 (お客さん?)  そう思うのに、どうしてか心臓がドクンドクンと嫌な音を立てている。  ――顔を上げてはいけない。  心のどこかが警告を鳴らした。なのに、その警告は無意味だった。俺の前に立ちふさがった人物は、俺の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせたのだ。 「やっぱり、ユーグか」 「っつ――!」  見知らぬ人物だったら、どれほどよかっただろうか。  心が凍てついていくかのように苦しい。冷や汗がたらりと額と背中を伝った。 「ったく、ようやく見つけた。どれだけ探し回ったと思っているんだ」 「……そんなの、知らない」  気丈に振る舞ったつもりだったけど、声は震えていた。  なんだろう。どう反応するのが正解なのかわからない。 「まぁいい。この後時間あるだろ? 少し話がしたい」  当然のように男は言った。  あんたと話す時間なんてない。喉元まで出かかった言葉を慌てて呑み込む。 「……ない」  今にも消え入りそうなほどに小さな声で、顔を背けて言葉を返した。  情けないほどに声は震えていて、唇を噛んだ。 「あんたと話す時間なんて、一秒もない」  手のひらをぎゅっと握って、もう一度言い返した。  瞬間、その人物は俺の髪の毛を離し、胸を強く押した。 「っつ!」  俺はしりもちをつく。顔を上げると、男が俺のことを見下ろしている。  本能が「怖い」と告げた。 (いやだ、いやだいやだ!)  過去の出来事が蘇る。この人は、この人物は。  ――俺を殴る。  頭の中によぎった男の行動に耐えるために、俺はぎゅうっと目を瞑った。  すると、男――俺の長兄は「みすぼらしい」と吐き捨てた。

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