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3-1
翌日。俺はいつも通りに仕事に励んだ。騎士団に行くのは二日後。明日は休みだから、ゆっくりと今後について考えよう。
……覚悟を決めなくては。
(大丈夫。ちゃんと話せる)
もしも話すのが無理でも、約束を取り付けることはできるはずだ。
ルーは根本が優しい。だから、無下にはしない……と、思う。
「ユーグくん。この後予約のお客さまが来られるんだけど、準備できる?」
「はい。大丈夫ですよ」
ナイムさんの言葉に笑顔でうなずく。予約表を見つめて、頭を動かした。
(予算と欲しい花の希望に合わせて……)
花束を作るのも花屋の仕事だ。
予算と欲しい花の希望を聞いて、花の組み合わせを考えていく。
これは店員のセンスの見せどころでもある。俺はあんまりセンスがないけど。
「この予算だったら、この花がいいかな……」
店内の生花をいくつかピックアップして手に取った。
受け取り時刻は今から一時間先だった。あんまり悩んでいる暇はなさそうだ。
「ラッピングは桃色にしよう。結婚記念日のプレゼントらしいし」
今回の依頼者は若い男性だという。結婚して二年になる妻にサプライズで花束を渡したいと。
奥さまの好きな花をメインに据えて、花束を作成していく。こういうのはナイムさんのほうが得意だ。
けど、最近は花束作成もほとんど俺の仕事となっていた。理由はよくわからない。ナイムさんに聞いても「必要だからね」ともっともな理由を言われるだけだし。
戸棚に手を伸ばして、桃色のリボンを手に取る。初めよりもだいぶ手慣れた手つきでリボンを結ぶ。
最初は大変だったなぁ。いろいろな意味で。
「よし。あとは受け取りに来られるのを待つだけ」
花束はきれいに仕上がった。大満足――とまではいかないけど、自己評価だと八十五点くらいだろうか。
でも、なんか違うんだよなぁ。
「ナイムさん。作成した花束、ここにおいておきますね」
「うん、わかった」
奥で帳簿をつけているナイムさんに声をかけ、俺は箒と塵取りを取って店先の掃除に移る。
店は清潔感が大切。俺は時間が空くとこうやって店先の掃除をしていた――のだけど。
誰かが俺の前に立ちふさがるように立ったのがわかった。
(お客さん?)
そう思うのに、どうしてか心臓がドクンドクンと嫌な音を立てている。
――顔を上げてはいけない。
心のどこかが警告を鳴らした。なのに、その警告は無意味だった。俺の前に立ちふさがった人物は、俺の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせたのだ。
「やっぱり、ユーグか」
「っつ――!」
見知らぬ人物だったら、どれほどよかっただろうか。
心が凍てついていくかのように苦しい。冷や汗がたらりと額と背中を伝った。
「ったく、ようやく見つけた。どれだけ探し回ったと思っているんだ」
「……そんなの、知らない」
気丈に振る舞ったつもりだったけど、声は震えていた。
なんだろう。どう反応するのが正解なのかわからない。
「まぁいい。この後時間あるだろ? 少し話がしたい」
当然のように男は言った。
あんたと話す時間なんてない。喉元まで出かかった言葉を慌てて呑み込む。
「……ない」
今にも消え入りそうなほどに小さな声で、顔を背けて言葉を返した。
情けないほどに声は震えていて、唇を噛んだ。
「あんたと話す時間なんて、一秒もない」
手のひらをぎゅっと握って、もう一度言い返した。
瞬間、その人物は俺の髪の毛を離し、胸を強く押した。
「っつ!」
俺はしりもちをつく。顔を上げると、男が俺のことを見下ろしている。
本能が「怖い」と告げた。
(いやだ、いやだいやだ!)
過去の出来事が蘇る。この人は、この人物は。
――俺を殴る。
頭の中によぎった男の行動に耐えるために、俺はぎゅうっと目を瞑った。
すると、男――俺の長兄は「みすぼらしい」と吐き捨てた。
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