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身だしなみを整えたり、ちょっとだけ荷物の整理をしたり。
そんな風に過ごしていると、部屋の扉がノックされて間を置かずに開いた。
「もう終わったのか?」
扉の側にいるルーの元に駆け寄ると、ルーはうなずく。けど、なんだろう。様子が変だった。
「なにかよくないことでもあった?」
眉間にしわを寄せて問いかけると、ルーはガシガシと頭を掻く。しばらくして、大きなため息。
「どっちかって言うと、よくないことだな。でも、これも仕事だから」
ルーがソファーにドカッと腰を下ろす。背もたれに背を預けて、天井を見ている。
俺の胸は、なぜかざわついた。
「……これから忙しくなるのか?」
わずかな間を空けて、隣に腰かける。
俺の神妙な面持ちを見たルーは笑った。そして、二人の間の隙間を埋めるように近づいてくる。
「忙しくなる可能性は高い。最悪泊まりこみ、よくて深夜の帰宅になるだろうな」
告げられた内容に心が痛む。
一緒に過ごせないことがつらいわけじゃない。いや、それも確かにつらいことではあるのだけど……。
「無理、しすぎるなよ」
こいつは真面目だし、責任感が強い。仕事関連は特にそうだ。
だから、心配だった。……ルーが無理をしすぎて、身体を壊してしまうのではないかと。
「お前が倒れたら、騎士団は大変なことになるだろ? それに、アベラールさんたちも気が気じゃないし」
使用人たちは、ルーを慕っている。そして、大切に思っている。
「ルーはたくさんの人たちに慕われているんだから。もっと、自分を大切にしろよ」
素直な気持ちを口にすると、ルーが瞬きを繰り返す。その後、なぜか不満そうな表情を浮かべた。
「……ユーグはどうなんだよ」
拗ねたような声に、目を見開く。顔を背けたルーの耳は赤くなっていた。
「お前は俺が身体を壊したら心配してくれるのか?」
小さな小さな声は、聞き逃してしまいそうだった。しかし、俺の耳にはきちんと届いていた。
ルーの頬を両手で挟んで、視線を合わせる。
「そんなの言うまでもないだろ。俺はルーのことが大切だから。お前が身体を壊したら、辛いに決まってる」
まさか、自分がこんなことを言うようになるなんて。人とはここまで変わるものなのか。
「俺、たぶんお前が思う以上に、ルーのこと好きだから」
大切な人なんて作りたくない――って、思っていたのに。
気づいたら、俺はこの男に惹かれて、夢中になっていた。
「――って、こんなの突然言われても困るよな。忘れてくれ」
ルーがなにも言わないため、気まずくなった。今度は俺が顔を背けてしまう。
だけど、すぐに顔の向きを戻される。犯人はもちろんルーだ。
「困るわけないって。好きって言ってくれて、これでも喜んでる」
「その割には、表情がいつも通りだけど」
むっと言い返す。ルーはいつも通りの涼しい表情だ。先ほどは耳を赤くしていたくせに、今は平常に戻っている。
「当たり前だろ。ユーグにはいつでもきりっとした俺を見てほしいんだよ」
「……だらしないところも、いっぱい知ってるよ」
ルーの正体を知らないとき。俺はこいつのだらしないところとか、面倒なところとかいっぱい見てきた。
取り繕う必要なんてない。そんなの今更でしかない。
「今更だってわかってるよ。でもさ、お前にはかっこいい俺だけ見てほしい」
この男は本当にずるい。こういうことを言われて、ときめかないほうが無理だ。
「俺のことをずっと好きでいてほしいんだ」
まっすぐな言葉は、聞いていて心地いい。本当なら、ここで「俺も」って返したほうがいいのだろう。
だけど、俺はまだそうは返せない。どうしても、まだ照れてしまう。
いつか、きちんと返せますように。俺は心で誓った。
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