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「むしろ、強くなったことだと思います」  料理人は立ち上がって、近くにあった深めの小皿を手に取る。そして、俺に差し出した。  小皿の中には食べやすい大きさにカットされた数種類のフルーツが載っている。 「こちらをどうぞ。小腹がすいていらっしゃるかと」  先ほどまで空腹は感じていなかった。なのに、フルーツを見るとお腹がぐぅっと鳴ってしまう。 「実はお部屋に運ぼうと思っていたのです。これならば口にできるかと思いまして……」  どうやら、彼は食欲がない俺に気を遣ってくれたらしい。申し訳なくて、ぺこりと頭を下げる。 「なんか、余計な手間を増やしてすみません」 「ユーグさまは、いつもそうですね」  ため息交じりの声に慌てて顔をあげる。料理人は困ったように笑っていた。 「使用人に対して一線を引いていらっしゃいます。我々はあなたの元で働いているというのに」 「雇い主はルー……セザールさまですよね」 「確かにそれもあります。しかし、ユーグさまも我々の主なのです」  眉間にしわを寄せる。料理人は気にすることなく、小皿のふちにフォークを置いた。 「セザールさまが選んだ方なのです。我々は従うだけですよ」  もう一度椅子に腰かけて、彼は俺を見つめる。そのまなざしに宿った優しさに、無性に苦しくなった。 「先ほどユーグさまはご自分を弱くなったとおっしゃった。ですが、それは間違いなのですよ」  いきなり話が戻って、脳内が混乱した。俺の頭上には疑問符が浮かんでいるはずだ。  料理人は俺が混乱していることを知ってか知らずか、話を続ける。 「さらなる幸せを求めるのは、人として当然のことです。それに、ユーグさまの考えの根本には、セザールさまがいるのでしょう。セザールさまに迷惑をかけたくない一心なのは見ていたらわかります」  間違いじゃない。俺の考えのどこかには、必ずルーがいる。 「一人になっても大丈夫だった――とおっしゃっていましたね」 「はい」 「一見するとそちらのほうが強く見えるでしょう。しかし、見方を変えると強くなったということなのですよ」  まだ、彼の言いたいことがわからない。 「だって、失いたくないと願えるほど強い執着を持てるようになったということですから」 「執着は褒められることでは」 「執着が必ずも悪いことではないのです」  どうしてか彼の言葉はすとんと胸の中に落ちてきた。そっと視線を落とすと同時に、もう一度俺のお腹がぐうっと音を鳴らす。 「もし不安があるのなら、セザールさまにきちんと伝えてください。私から言えることはそれだけです」  軽く微笑んで、彼は仕事に戻った。  俺は小皿を引き寄せて、フォークを手に取る。フルーツの中からリンゴを選んで、フォークで刺した。  リンゴは甘かった。今まで食べたリンゴの中で一番と言っても過言じゃない。ただ、同時にしょっぱくもあって。 「……俺、情緒不安定すぎるだろ」  頬を伝う涙を手の甲で乱暴に拭って、リンゴを口に運び続けた。  甘くてどこかしょっぱいリンゴを味わって、次のフルーツにフォークを伸ばす。これは桃だろうか。 (ん、美味しい)  フルーツを食べていると、ネガティブな感情が消えていくみたいだった。  きちんとルーと話そう。俺の中にあるもやもやを全部ぶつけて、ルーの気持ちもぶつけてもらおう。  ネガティブな感情もポジティブな感情も全部ぶつけたらすっきりできるはずだから。 「意地なんて張らない。俺はきちんとルーと向き合うんだ」  言葉にしたのは自分に言い聞かせるためだ。口に出したら取り消せない。有言不実行はかっこ悪いから。

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