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 瞼を上げる。  視界に入ったのは、見知らぬ天井。ハッとして身体を起こしたとき……腰に鈍い痛みが走った。  痛みに顔をしかめていれば、俺の隣に誰かがいることに気が付く。  その人物は目をこすりながらのそのそと起き上がった。  寝起きだというのに、恐ろしいほどに顔の整った男だ。 「あぁ、祈。おはよう」  その男――亜玲がにっこりと笑って、そう言ってくる。  ……おはようじゃない! 「亜玲!」  亜玲の顔を見て、意識が一気に覚醒した。  だから、俺は叫ぶ。亜玲はきょとんとしていた。 「どうしたの、祈?」  なにもわからないとばかりの表情で、亜玲は俺の腰に腕を回す。  いつの間にかたくましくなっていた腕に意識が集中して、顔に熱が溜まった。  ……俺は、昨日、この男と――。 (って、なにを考えているんだ。……俺は、ここに抗議をしに来たはずなのに……!)  だけど、気が付いたら亜玲に抱かれていた。  不本意すぎることに、最奥に欲を注がれてしまった。  自身の身体を見下ろす。情事の痕だとすぐにばれてしまうような赤い痕が、俺の身体中に散っている。  俺が意識を失う前は、ここまでじゃなかったはずなのに。 「……亜玲」  じっと亜玲の顔を見て、名前を呼ぶ。  亜玲は大きく伸びをしつつ、ベッドから下りる。そのまま床に散らばった衣服を回収したかと思うと、こちらを振り向いた。 「朝から大声は出さないほうがいいよ。近所迷惑だし」  なにも、言えなかった。  いくら防音が優れているとはいえ、全く聞こえないというわけではないだろう。 (ということは、もしかして昨夜の俺の声も……)  隣室に聞こえていたのかも……と思うと、さらにカーっと顔に熱が溜まった。  聞かれていたと想像すると、恥ずかしくてたまらない。穴があったら入ってしまいたい。  そう思って掛布団に顔をうずめれば、亜玲が俺の肩をたたいた。 「とりあえず、シャワーでも浴びてきたら? 身体をすっきりさせたいかと思うんだけど」  ちらりと亜玲に視線を向ければ、こいつは憎たらしいほどに笑っていた。  だから、俺は乱暴に掛布団を放り投げて、立ち上がる。床に散らばった衣服をかき集めて寝室を出ていく。 「玄関から数えて二つ目の扉ね」 「……あぁ」  亜玲の言葉に端的に返事をして、教えられたとおりの扉を開ける。脱衣所には、当然だが洗面台が置いてある。 (……なんていうか)  洗面台の鏡に映った俺自身を見つめて、絶句する。  自身でも認識していない場所にも、相当な数の赤い痕が散っていた。  首筋には頑丈なチョーカーを着けているので、幸いにもここにはつけられていないようだ。 (っていうか、そもそも、いつヒートが来るかわからないんだから、アルファの前で首筋を無防備にすることなんて、出来ないんだよな……)  ヒートの際に情事を行い、首筋を噛まれると『番』の契約が成立してしまう。  『番』がいたほうが、色々と面倒なことがないのは理解している。だけど、それは一種の諸刃の刃なのだ。  オメガにとって、『番』契約とは、それほどまでに重要なこと。 (亜玲と番うなんて、死んでもごめんだ)  昨夜、亜玲は俺を番にしてあげようかみたいなことを、言っていた。  所詮は悪ふざけだと思うけれど、本気だったとしても亜玲の番だけは絶対に嫌だ。  あんな、悪魔みたいな男の番だなんて……。 (とにかく、シャワーを浴びて着替えたらもう出て行こう。……こんなところに、長居をするつもりはない)  とりあえず、俺が伝えたいことはしっかりと伝えた……と、思うし。  なし崩しに関係を持ってしまったけれど、もうこれっきりだ。 (ハジメテは好きな奴とって、決めてたのにな……)  イマドキその考えは古いのかもしれない。けれど、ずっと夢見てきたんだ。  俺は好きな奴と身体をつなげるんだって。 「なのに、どういうことなんだろ。……この世で一番嫌いな奴と、身体をつなげるなんて」  俺の口から零れた言葉には、自分自身に対する嘲笑がこれでもかというほどに含まれていた。

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