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目の前に置かれた朝食。
それをぼうっと見つめて、俺は顔を上げた。亜玲は、俺のことを見て笑っている。
「食べないの?」
ニコニコと笑って、亜玲がそう問いかけてくる。
……正直、腹は減っている。でも、どうしてこんなことになったのかと思うと、食べる気になんてなれなかった。
「……亜玲」
亜玲のことを呼ぶ。
奴はきょとんとしつつも、トーストをかじっていた。食事している姿も様になるのだから、美形とは本当に得な生き物だ。
平々凡々な俺に、その顔の良さを少しわけてほしい。
「お前は、どういうつもりなんだよ」
端的にそう問いかけた。
俺の問いかけを聞いた亜玲は、きょとんと首をかしげる。
……わかっているくせに。
「お前は、いつだって俺の恋人を寝取った」
「……寝取ったっていうのは語弊だけれど、まぁ、そういうことになるのかな」
亜玲はあっさりと俺の言葉を認めた。
だから、余計に腹が立つ。
「なのに、お前は俺のことを抱いた。……これって、おかしいだろ」
目つきを鋭くして、亜玲を見つめる。
寝取るのは、俺が嫌いだから。俺を抱くのも、俺が嫌いだから。
そう思えればいいのに、そうは思えなかった。
まるで、別の感情が亜玲のことを動かしているような。そんな気がしてしまったんだ。
「なにがおかしいの?」
コーヒーを一口飲んだ亜玲が、俺を見つめてそう言葉を返してきた。
「祈の恋人を奪うのも、祈を抱くのも。元はといえば、同じ感情からの行動なのに」
つまり、俺が嫌いだから……か。
(俺、そこまで亜玲に恨まれるようなことをしたっけな……)
確かにひどい言葉は浴びせたかもしれない。
けれど、なにもここまでしなくても……と、思う気持ちもあって。
俺は、亜玲の顔を見つめてぐっと唇をかみしめた。
「……ねぇ、祈」
目の前に座る亜玲が、俺のほうに手を伸ばして、頬を撫でた。
するりと撫でられると、背筋がぞわぞわとする。
「多分、俺と祈が考えている感情は、違うと思うんだよ」
「……は?」
「祈は俺が祈のことを嫌いだから嫌がらせとして抱いて、嫌がらせとして恋人を奪ってるって、思ってる」
亜玲のその言葉に、首を縦に振る。
むしろ、それ以外考えられないじゃないか。
そういう意味を込めた視線を、亜玲に送った。亜玲は笑っていた。
「でも、残念。……俺は、祈のことが嫌いじゃないんだよ」
頬杖を突いて、亜玲が笑う。
その笑みはとても美しくて、かつ妖艶だった。
色気をたっぷりと孕んだ……と言えばいいのか。まぁ、とにかく。
身体の奥底がきゅんとするような、魅力的な笑みだ。
「……じゃあ、大嫌いなのか? それとも、憎んでいるのか?」
嫌いじゃないっていうことは、そういうことなのだろう。
憎まれるほどのことをした覚えはないが、無意識のうちに、もしかしたら……。
「はははっ、どうして、そうなるの?」
突如、亜玲が笑った。
腹を抱えて笑い始めて、俺はなんと反応すればいいかがわからなくて。
結局、きょとんとしてしまう。亜玲はおかしいとばかりに目元を拭った。
笑いすぎたからなのか、奴の目元には微かに涙が浮かんでいる。
「祈、自己肯定感低すぎだよ。……ちょっと、こっちにおいで」
そう言って、亜玲が両手を広げる。……なんだ、これは。
(抱きしめてやるってこと、なのか……?)
いやいや、それはないだろ!
自分で想像して、自分で即否定。
断りたかったけれど、さすがに亜玲の腕が疲れるだろうと思って、そちらに寄った。
もしかしたらだけれど、身体をつなげたことで亜玲への嫌悪感が減っているのかも……なんて。
(いや、違う。単に、こいつがキスで殺すとかいうから……!)
そうだ。これは、自分の身を守るためだ。
自分自身にそう言い聞かせて、亜玲に近づく。奴は俺の手首を引っ張って、自身の腕の中に閉じ込めてしまった。
「……可愛い俺の祈。……きちんと、聞くんだよ」
「……あぁ」
そこまで言って、亜玲が俺の耳元に唇を近づけた。
「俺は祈がだーいすきなの。俺だけのものにしたい。ずっと、そう思ってきたんだよ?」
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