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「――祈?」 「いつから、お前はそんなに俺に執着していたんだ?」  こぼれたのはそんな言葉。声は戸惑ったように震えている。  亜玲の双眸を見つめていると、亜玲は目を伏せた。まるで覚えていないのかと言いたげにも見える。 「もう、十五年近く前……かな」 「……そっか」  ということは、亜玲は俺と出逢ってすぐに俺に執着し始めたということになる。  言ってはなんだが、当時の俺には執着するような魅力はなかったと思う。もちろん、今もだけど。 (だって、どこにでも転がっている普通の男の子って感じだったし)  ちょっと正義感が強くて、人の世話を焼くのが好きな少年。それだけだったはず。 「そのときは、これが恋なのかはわからなかった。でも、どんどん祈にのめり込んでいったんだ。恋だって気づいたのは、中学に上がった頃かな」 「……そうか」  俺が露骨に亜玲を避け始めた頃だっただろうか。その頃から、亜玲は俺に恋心を抱いていたらしい。  簡単には信じられないことだったけど。 「祈がほかの人間といると、そいつを殺したくなるくらいに腹が立った。祈がほかの人間のものになるのが許せなかった」  淡々とつむがれる言葉に、俺は息を飲むことしかできない。  結局、亜玲は自分勝手なのだ。だって、そうじゃないか。いくら好きだからといって、相手を傷つける免罪符にはならない。 (でも、俺も悪かったんだよな)  亜玲の気持ちに気づかずに、初めに傷つけたのは俺だ。  亜玲を責める資格なんて、なかった。 「――亜玲」  小さく亜玲を呼ぶと、亜玲の瞳が俺を見つめる。きれいだ。  目も、顔立ちも。なにもかもが。  双眸の奥に宿った仄暗い感情。それも、不思議とマッチしている。亜玲の魅力の一つに見えてしまう。 (そうだ。亜玲はミステリアスだし……)  人当たりがよくて優しい。けど、自分のテリトリーには絶対に相手を入れない。  気が付いたら自分のペースに持ち込んで、相手をあしらう。  亜玲はそういう男だ。 「俺は、お前が嫌いだよ」 「――うん」  俺の言葉に亜玲がうなずいた。 「恋人を何人も奪われたし、こうやって連れ回されてるし。なによりも、襲われたし」  テーブルに頬杖を突いて、つらつらと言葉を並べる。亜玲は黙って聞いていた。 「でも、多分っていうか間違いなく。俺は亜玲のことを憎むことは出来ないんだと思う」  ずっと憎いと思ってきたはずだった。でも、それは違った。  これは憎しみなんかじゃない。 「俺、本当はずっと昔の関係に戻りたかったんだよな」  ぽつりと零れた本音。  本当は俺も亜玲と昔のように笑い合いたかったのかもしれない。  あくまでも勘だけど。 「祈」 「でも、今更戻れるかっていうと、きっと無理だ」  首を横に振る。  だって、抱かれた後と抱かれる前なんて、全然違う。元には戻れない。 「だから、俺は亜玲と昔の関係に戻ろうとは思わない。あきらめるよ」  目を伏せる俺に対し、亜玲が息を飲んだのがわかる。 「昔の関係に戻ろうなんて言わない。ただ、新しい関係を築いていきたいって思ってる」  幼馴染じゃなくて、友人として。亜玲と今後も関わっていきたい。  それが俺の本音のはず。 「祈? っていうことは――」 「か、勘違いなんてするなよ! 恋人になるとか、番になるとか。そういうのは無理……だから」  無性に照れ臭くなって、俺は視線をさまよわせた。亜玲がくすっと声を上げて笑ったのがわかる。 「うん、いいよ。あと俺、今決めたことがあるんだ。聞いてくれる?」 「……あぁ」 「俺は祈のこと、ぜーったいに逃がさないよ」 「――は?」  いや、さっきの俺の決意表明を聞いていたのか? 「絶対に祈と恋人同士になって、結婚する。それが俺の決意」 「あのな」 「別にいいよね? だって、これは俺の勝手な決意だから。祈が逃げ切ったらいいだけだもん」  確かに、それはそうなんだろうけど! 「自信ないの?」  挑発的に亜玲が笑う。  乗るな。挑発に乗るな――と思うのに、俺の口が勝手に開いた。 「わかった。逃げ切ってやるよ」 「そうこなくっちゃ」  結局、乗せられた感が否めない。というか、間違いなく乗せられている。 「祈、大好き」  清々しい笑みを浮かべ、亜玲がささやく。  その笑みと言葉に心臓が高鳴ったのは――絶対に、悟られたくない。

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