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聞こえてきた言葉に目を見開く。城川を見つめると、ニコリと笑っている。
「あぁ、聞こえていました? ごめんなさい」
声音から伝わってくる。謝るつもりなんてないと。
「別にいいよ」
「わぁ、時本先輩って優しいですね」
心にもないことを、よくもまぁ簡単に言えるものだ。
薄々感じていたけど、この城川――腹の中が真っ黒だ。
(愛らしい顔立ちに似合わないな)
顔立ちだけ見ると、天使みたいなんだけどなぁ。
「別に、そういうのいらないから」
チキン南蛮に意識を戻して、俺は城川から顔を逸らした。
食事を再開したものの、城川が立ち退く気配はない。やつは紙パックのコーヒー牛乳をすすりながら、俺を観察していた。
「時本先輩より、僕のほうが可愛いのになぁ」
確かに百人中百人が城川のほうが可愛いと言うだろうな。俺だって同意見だ。
「なのになんで、亜玲先輩は僕よりコイツがいいんだろ」
俺に対する敬意が完全に消えた。まぁ、初めから敬意なんて抱いていないだろうが。
「ねぇ、時本先輩」
「……なに」
「僕と約束しましょうよ」
城川の言葉の真意を探るみたいに、彼を見た。
でも、真意は見えない。城川はにこりと目を細めて、俺を見つめているだけだ。
「僕、亜玲先輩が本気で好きなんです。けど、時本先輩が隣に居たら僕を見てもらえないじゃないですか」
「――つまり、俺に亜玲の側から離れろと?」
城川の言葉を引き継ぐと、やつは頷いた。
亜玲の側から離れる、か。
(できるのなら、すでにしてるんだよなぁ)
箸をトレーの上に置いて、ため息をついた。
あの日から、亜玲はやたらと俺に構いたがる。自分にも友人がいるくせに、時間が空いたら俺の元にやってきて、話したがる。
アプリのメッセージも毎日来るし、毎日夜には電話もかかってくる。一体どこで連絡先を手に入れたのやら。
「時本先輩にも悪い話じゃないでしょ? だって、先輩は――亜玲先輩のこと、好きじゃないから」
正しい。
俺は水を一口飲んで、城川に向き合った。
「そうだな。俺は亜玲のことが好きじゃない。認める」
「じゃあ――」
「でも、俺の意思じゃどうにもできない。俺がくっついてるんじゃなくて、亜玲が俺の元に来てるんだから」
俺が避けたところで、亜玲は追ってくるだろう。それこそ、地獄の果てだろうが追いかけてくる。容易に想像できる。
「……本当に、俺にはどうすることもできないんだよ」
しみじみと告げると、城川はなにも言わなくなってしまった。
視線を向けると、肩をぷるぷると震わせている。もしかしたら、怒ったのかも――。
「最低だよな、お前」
城川の双眸が俺を射貫いた、俺の目が瞬く。じっと見つめると、城川はつんと澄ましたように斜め上を向いて腕を組んだ。
「そもそもお前、なんでもかんでも人のせいかよ」
「は? そんなつもりじゃ」
「亜玲先輩に真剣に向き合わないで逃げてるだけだろ、お前」
さりげなく「お前」と呼ばれているが、そんなことどうでもいい。
だって、内容のほうが大切だから。
「あーあ、亜玲先輩可哀想。こんな意気地なしに惚れるなんて」
「……おい」
「僕のほうが亜玲先輩を想ってるし、亜玲先輩と幸せになれる」
城川が立ち上がった。俺はなにも言うことができず、城川の顔を見上げた。
「だったら、僕が亜玲先輩と一緒になっても文句言わないでよ」
挑発的に笑って、城川はすたすたと歩いて行った。俺は一人残される。
食堂内の喧騒が遠ざかるみたいだ。俺が、亜玲から逃げてるだけ?
(そうだよ。俺はアイツから逃げたかったんだよ)
いつも俺の邪魔をしていくアイツ――亜玲から逃げたかった。間違いない、真実だ。
(じゃあ、なんでこんなに心が揺さぶられるんだ?)
亜玲と近づいたから――だろうな。俺は、亜玲の気持ちを知って――ほだされているんだ。
嫌になるほど認識してしまった。
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