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プロローグ

「止めてください、キンケイド侯爵令息様っ!」  僕は目に涙をため、そう訴える。けれど、僕を見つめる相手の瞳は温度を無くしたように冷え切っていた。ルーファス・キンケイド侯爵令息は、高位貴族子息の誉れとも呼べるような所作で袖を払うと、冷たく言い放つ。 「下民が」 「!」  ほんの少しだけ、王子に触れてしまっただけだった。足元をよく見ていなかった為、石を踏んでふらついて起きた、これは事故だ。 「ルーファス! いくらなんでもその言い方は……っ」  手を払われた所為でよろけた僕を、王子は腕を伸ばして支えるように肩を抱き寄せてくれる。その優しさを嬉しく思いながら、もう一度キンケイド侯爵令息を見つめた。 「あの、僕、そそっかしくて、足元をよく見てなくて転んだだけなんです。王子に何かしようなんて思ってなくて……っ」 「黙れ。そこから離れろ」  僕と王子の間に乱暴に入ってきたキンケイド侯爵令息は、僕たちを左右に割るように腕で引き離す。王子から乱暴に引き離された僕は、その勢いのまま地面に転んでしまった。ここは王子たちが休憩する学園内の東屋だ。光栄なことに僕は王子に誘われてこの場にいることが出来たのだ。 「ルーファス! 一体どうしたというんだっ! サッシャ君が転んでしまったぞ!」  自分の婚約者の振る舞いに戸惑って憤っている王子の怒鳴り声を聞いて、僕は喝采を上げたくなる。しかし、ここは我慢だ。  目に涙を溜め、地面に尻もちをついたまま、そおっとキンケイド侯爵令息を見上げる。  キンケイド侯爵令息……、ルーファスも僕を見ていた。そして(これでいいか? 間違ってないか? というか、転ばせてしまってごめん。今すぐ助けたい)という目をしていた。僕も今すぐ抱きしめて、頭を撫でて褒めてやりたい。 (サイッコーだよ、ルーファス! 百点満点な悪役令息の行動と言動だ! 褒めてつかわす! 後でクッキーもあげちゃう!)  僕は目配せしてそれを伝えると、ルーファスはほっとしたように肩をおろした。  おい、気を抜くな。優しい目で僕を見るな。手を差し伸べたくてうずうずしてますって雰囲気を出すな。まだ悪役令息は終わりじゃない。  これは、BLゲームに似た世界に転生した、僕のために存在する悪役令息を育成する恋と悪役令息とヒロイン(♂)の物語である。

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