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第1話

プロローグ   「わぁ、ここすごい広いね!」  花倉(はなくら)拓実(たくみ)は、目の前に広がるあまりに美しい景色に声を上げた。拓実は恋人である茅本(かやもと)煌(こう)の友人が管理している別荘に遊びに来ている。目の前には開放感のある広いベランダがあり、その向こうにはライトアップされた芝生の庭と、それを取り囲む木々がキラキラと光っていたのだ。 「ねえ、なんかインスタでありそうな景色なんだけど!」  興奮気味にそう言いながら、拓実はベランダ用のサンダルに履き替えて外に出た。 「拓実、そんなに走ると転ぶよ?」  後ろから笑いを含んだ煌の声が聞こえる。大丈夫、と声を弾ませて返事をした。芝生にはガラス張りのドームテントにガーデンチェアなどが置いてあり、その周囲を雰囲気あるフットライトが照らしていた。 「こんな場所、よく貸してもらえたね」  拓実はガーデンチェアに座る。背もたれに体重をかけると、夜空を眺めることもできて最高だ。 「ここは友人が管理している施設なんだけど、急にキャンセルが出て困ってるって昨日連絡が来てさ。それで拓実を誘ってみたんだ。もし予定が空いてなかったらしかたないと思ったけど……」 「急なキャンセルは困るよね。僕も予定が空いててよかった~。こんなところ、自分だと絶対に予約しないと思うから。て、これってバーベキューの材料とかも揃ってるんでしょ?」 「冷蔵庫に入ってるらしい。ここは夜空の星を眺めるのに最高な場所だから、外で寝ながら星を見たい人はそこのドームテントを使ってもいいよって言ってた」  隣のガーデンチェアに座った煌がこちらを向いてニコリと微笑む。隣にあるガーデンチェアの肘かけはすぐ真横で、互いの手が触れる距離だ。拓実は自分の手を少しずらし、煌の手をそっと握る。 「星、綺麗だね」  拓実は煌と同じ会社に勤めている。そして会社員として働きながら、もう何年も小説家を目指して頑張っていた。会社ではなんでもできて見た目も格好いい、自分とは正反対のキラキラしている煌のことが苦手だった。しかしあることがきっかけで煌に対する考え方が一八〇度変わり、二人の距離は恋人という関係にまで発展した。そしてようやくデビューすることが決まったのも、煌の励ましがあったおかげなのだ。  インドアな拓実を煌がいろいろなところへ連れ出してくれ、様々な世界を彼と楽しんでいる。それは本当にありがたいと感じていた。 (煌と出会えてよかったな。また来世も会えるといいな)  ふとそんなことを考えてしまう。実は今、デビューしてから二作目となるファンタジー小説を執筆している途中なのだ。そのせいでつい、来世でも……とそんなことが頭に浮かんでしまう。しかしその気持ちは本当だし、強く願っていることでもあった。 「なに考えてるの?」  隣から煌の声が聞こえる。夜空を見上げて目の前に流れ星がひとつ流れたのを見つけ、拓実は指を差した。 「願い事、しようかなって」  今日は百年に一度、地球の近くを流星群が降り注ぐ。ひとつ流れ星を見つけたかと思うと、またひとつその隣に白い光の筋が見える。 「始まったね」  煌がにこりと微笑んで同じように夜空を見上げる。流れ星はどんどん増えていき、夜空はまさに流星のおもちゃ箱のようになっていく。 「また次の人生でも、煌と会えますように……」  拓実が声に出して願い事を呟いた。 「会うだけでいいの?」  煌にそう聞かれて、閉じていた目を開く。煌の手をギュッと握り、拓実は照れくさそうに微笑んだ。 「うん、会ったら絶対に好きになるってわかってるから。たくさんは望まないよ」 「拓実らしいな。じゃあ俺もそうしよう。――来世もまた拓実を見つける」  煌が目を閉じた。それを見た拓実も同じように目を閉じて、どんな世界でも煌と出会い離れることがないようにと再び願う。  目を開くと、無数の流れ星が怖くなるくらい夜空を覆っていた。その白い光は徐々に大きな塊のようになっていき、夜空を白く覆っていく。 「拓実!」 「煌! これなに!? ど、どういうこと!?」 「わからない。でも俺たちは……っ」  その白い光が二人の上に覆い被さるように近づいてきた。互いの名前を呼び、ガーデンチェアから立ち上がって抱き合う。なにが起こっているのかわからない。ただ白い光が二人を包み、煌の最後の言葉を聞くことなく、音も色も互いの匂いさえも消し去ってしまったのである。 第一章  真っ黒な雲が空を覆い尽くしていた。遠くの方ではゴロゴロと雷音が響き、空気中には雨の匂いが充満している。 (早く見つけなくちゃ)  ステラ・オークレンは焦る気持ちを必死に抑えながら青々と茂る牧草地を走っていた。もうすぐ大雨になる。放牧している牛たちを牛舎に入れなければいけないのに、一頭だけ迷子なのだ。その迷子の牛はいつもステラを困らせる。 「ルー! どこ行っちゃったんだ~!」  首筋からつつ……と汗が道を作った。頬になにかが当たる感覚があり、ステラはその場で足を止める。空を見上げると、大粒の雨がバラバラと降り始めてしまった。 「まずい、急がないと……っ」  ステラは再び走り出す。東の丘の向こうはまだ見ていない。迷子の牛は向こうの牧草が好きなのは知っているから、おそらくはそこにいるだろう。そのとき、ゴロゴロ……と雷鳴がすぐ上で聞こえて、ステラは反射的に首を竦めた。雷はこの世で一番怖いと思っている。だからさっさと迷子牛を見つけて帰らなければ、怖くて泣いてしまいそうだ。  丘を越えた先の木の下で、迷子牛はのんきに牧草を食んでいた。 「いた! ルー! まったくもう~!」  ステラは食事中の牛に近づいて、帰るよ、と鼻輪を掴んで引っ張った。素直に歩いてくれたからホッとして、急かすように牛を引く。牛舎が見えてきた頃には雨が本降りになっていて、辺りは白く靄がかかるほど煙っていた。ステラも牛もびしょ濡れで、前も見づらいほどの降りに怖くなる。そのとき、ひときわ大きな雷鳴が聞こえたかと思うと、一瞬でステラの聴覚が不能になった。そして意識はそこで途絶えてしまったのである。 「あれ……」  目を覚ましたステラは、自分がどうなったのかがわからないまま、見慣れた天井をしばらくじっと見つめていた。なにも考えられなくて、何度か瞬きをする。 「あなた! ステラが目を覚ましたわよ!」  声が聞こえてステラの意識がはっきりしていく。目の前に覗き込んでくる女性の顔がある。 (ああ、母さんだ……どうして泣いてるの?)  ステラの母親が泣きながら一生懸命なにかを話している。声は聞こえているのだが、なぜか遠くの方で話しているような感じだった。 「おい、大丈夫か? ステラ、父さんと母さんがわかるか?」  母親の横から父親も顔を出して覗き込んできた。もちろん見慣れた二人はわかっている。両親だ。 「父さんと母さんの名前が、言えるか?」  そう聞かれて考える。名前、名前……と考えて浮かんできた。 「ミリアン、ダリアス……父さんと、母さん……」 「そうだ、よかった。お前はステラだ。わかっているな?」  父親が声を震わせて目頭に手を当てている。母親は手で口を押さえてボロボロ涙を零していた。 「僕は……ステラ、僕、どう、なったの?」 「そうよね。覚えていないのもしかたないわ」  母親が布で涙を拭いながら、ステラの身になにが起きたかを教えてくれた。  急な雨で両親が馬を小屋に入れていたとき、バリバリバリと大きな音が聞こえた。音のした方へ両親が駆けつけると、地面に穴が開き、その少し横でステラは倒れていたらしい。牛を牛舎に返している途中で、ステラの近くで雷が落ちたのだと。幸い直撃ではなかったので、ステラは丸焦げにならなくて済んだようだ。 (僕はステラ……そう、ステラ。でもなんだろうこれ、僕の知らないなにかが頭に……)  自分の頭の中に知らない映像が無数に浮かんでは消えてを繰り返す。夢でも見ているような不思議な感覚だった。 「でもよかったわ。ステラに雷が落ちたわけじゃなくて。倒れているのを見たときは死んだかと思ったもの」 「そうだったんだ。でも僕、生きてるよ」  ステラはゆっくりと起き上がろうとした。それを見た母親が慌てて体を支えてくれる。背中に当てられた母親の手の温もりにホッとした。  ステラはこの両親、ミリアン・オークレンと、ダリアス・オークレンの間に生まれた。そしてここはセイルベース大陸にあるアナトリア王国の端にあるリコッタ村で、今いるこの家はステラの生家だ。

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