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第20話

 *** 「こちら、フルゾノ法律相談所です」  店から出たその足で連れてこられたのは、高いビルの中の一室だった。陽色くんは、僕の隣に座り、目の前の男の人に頭を下げた。  歩いていたときもここに着いてからも、手が握られっぱなしだ。 「こちら、今回話を聞かせてほしいと言って下さった弁護士の古園さんです」 「は、はい」 「オメガへの偏見と差別について長年関わっているベテランです」 「はぁ。あの、陽色くん?」 「今回のDVDの件について、嫌だろうけど、ごめん、もう少し情報がほしいそうです」 「あの」 「オメガは数が少ないからね、事件に巻き込まれても1人で抱え込んでしまうことが多いんだ。私はそんなオメガの力になりたいと思っている。とはいえ、オメガの数は本当に少ない。少しでも判例が欲しいんだ」 「あ、の」 「辛いことかもしれないけど、他の伏せっているオメガの希望になるかもしれない。私が全力で君を守るよ」  立派な大人の人だ。僕なんかにすごく丁寧に話してくれている。オメガだって知ってるのに、まっすぐ僕を見てくれている。  きっと年齢的には僕より少し上なくらいだろうに、しっかりしてる。  恥ずかしくなって、顔を伏せた。 「僕で、よければ」 「春さん!」 「父さんと、母さんが、うまくいくようにしてあげて下さい」  勝手に撮影をすっぽかして、電話も無視しているし、どうなっているかわからない。陽色くんは、首を傾げ唸っていたが、「今はそれでいいか」と頷いた。   「春さんも、もう撮影に行かなくていいんだからね。ていうか行かせないからね」 「ん。大丈夫だよ」  これから先、どうなるのかわからない。  この暖かな空気に流されていいのだろうか、不安になる。  けど、もう僕に彼と別れる覚悟をする力は残っていなかった。  彼が、陽色くんが僕のことを好きだと言ってくれる間だけ、もう少しだけ傍にいよう。僕から離れることはやめよう。彼を、泣かせたくない。  ***  陽色くんの部屋にまた招かれる日が来るなんて思ってもみなかった。  促されるがままにベッドに腰かける。   (なんだか、色々びっくりだ)  ちらと、陽色くんの方を見上げる。「ん?」とすぐに目が合い、微笑まれた。  なんでまだ一緒にいてくれるんだろう。 (嬉しい、けど、怖いな)  DVDの映像まで見られたんだ。嫌悪感しかないはずだ。  それでも、こうして自分の部屋にまで連れてくるということは、そういうことがしたいということだろうか。  DVDが好評だと、彼らは言っていた。――もしかしたら、それを見て、陽色くんは試してみたいと思ったのだろうか。改めて、オメガに興味が出たとかそういうことだろうか。 「あ、の、誘発剤飲めば、は、すぐ発情期に入れると思う」 「は?」  回答、また間違えただろうか。慌てて目を反らし、まとまらない思考のまま、一気に話す。 「あ、映像、の、見たいのかなって。オメガ、珍しいらしい、し。好評だから、絡みもって、い、われて、て、て。た、だ、僕、発情期、わからなくて、誘発剤、飲めば、起こすことできるから。あ、僕、あの、下手で、ほんと経験、なくて、陽色くんの期待に応えられないかも、あの、だから、そんなに楽しめないかもしれないけど」 「ストップ。ごめん、陽色さん、そんなつもりはないから。落ち着いて」  やっぱり、間違えていた。  それも、恥ずかしい方向に、思い切り間違えていた。  顔が熱くなる。 「ご、ごめん。そう、だよね。もう僕となんか、嫌だよね」 「ああ、違う。違うから、そういう意味でもないから。お願い、泣かないで」  気持ち悪がられた。やっぱり、オメガだって思われた。自分に価値があるなんて、考えてしまった。  陽色くんは、まだ僕を手を離さない。 「そ、りゃあ、したいよ。したいけど、今日はしない。もう少し、俺、待つよ。待てるよ! うん、待てる!」  まるで自分に言い聞かせるように陽色くんは同じ言葉を繰り返した。   「どう、いう?」 「疲れてるでしょ。今日はもう休みましょう。目、蕩けそうだよ」 「ううん、僕、陽色くんが、したいって言ってくれるなら、頑張るよ」 「それ」 「ん?」 「いいから。今は、俺が頑張る番なの!」  ベッドに押し倒され、抱きしめられる。けど、そこまでだった。陽色くんの手が、僕の頭を何度も撫でる。  どくどく、鼓動と息づかいが聞こえてくる。 (夢、みたいだ)  今頃きっと、自分の部屋で1人泣いているのかと思っていた。また、カメラ回されて、撮影されて、もうきっといいことなんて何もないと思っていた。  段々と眠気が押し寄せてくる。  身体も、精神も、気づかない内に消耗していたらしい。そういえば、まともに寝たのはいつのことだったろう。 「ひ、いろ、くん」 「ん?」  夢なら、堪能しないといけない。  陽色くんにしがみつき、頬ずりをする。聞こえてくる鼓動が、早くなったような気がした。 「好き、大好き」  ずっと、この嘘みたいな夢の中にいたいな。 「ありがとう、陽色くん」

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