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十三、私に任せてください!

 四竜のひとり、蒼竜(そうりゅう)である蒼藍(ツァンラン)は背中を丸めて、大きく嘆息した。  藍色の衣を纏った、緑がかった青色の瞳が特徴的な青年の姿の分身で、薄茶色の髪の毛を頭の天辺で銀の環で括り、そのまま背中に垂らしている。  紅藍(ホンラン)も背が高いが、それ以上に上背のある蒼藍(ツァンラン)は、目の前で舌を出しふざけた様子で見上げてくる彼を、表情を変えずに見下ろす。 「ふふ。連れて来ちゃった♪」 「······紅藍(ホンラン)、君というひとはどうしてそう、」 「だって、櫻花(インホア)ちゃんの手助けがしたかったんだもん。今回の件を解決すれば、まあまあな功徳(くどく)が得られるでしょう?」  その腕に抱えられている当の本人は、全く理解していないという顔で、こちらに助けを求めているようだが? 「だったらせめてちゃんと説明をしてあげた上で、同行してもらうのが道理では?」  こくこくと櫻花(インホア)が大きく頷いている。  きっと大した説明もされないで、「一緒に来て!」と勢いで連れて来られたのだろう。ご愁傷様としか言えない。蒼藍(ツァンラン)は片手で顔を覆って、俯く。 「紅藍(ホンラン)蒼藍(ツァンラン)、連れて来てしまったのなら仕方がない。皆、座ってくれ。櫻花(インホア)と、そこの彼も。私から簡単に説明をしよう」  騒がしい広間の奥から姿を現したは、鷹藍(インラン)だった。低く落ち着いた声音は穏やかで、目の前の者があの四竜の長、応竜だと言ってもだれも信じないだろう。    三十代くらいの青年の姿を模しているため、この中では一番年上に見える。実際そうであるが、分身は年齢に比例しないのでわかりづらい。  白を基調とした上質な長い衣の裾や袖は、金の糸で描かれた波のような模様で飾られている。その優し気な瞳は灰色で、長い黒髪は頭の天辺でひとつに纏め、黒い環で留めていた。  紅藍(ホンラン)蒼藍(ツァンラン)肖月(シャオユエ)の三人が、目の前に立つ鷹藍(インラン)に対して儀式的な拝礼をする中、櫻花(インホア)はやっと解放されたその身で、いつもの調子で駆け寄って行く。 「櫻花(インホア)黑藍(ヘイラン)が迷惑をかけてすまない。あれはまだ若いので、私に免じて赦してやってくれ」 「鷹藍(インラン)、こちらこそ、心配をかけてすみません。でも、私は大丈夫ですから、気にしないでください」  ふふ、と櫻花(インホア)は花のように小さく笑うと、両の腕を後ろに回し指を絡め、そのまま上目遣いをして鷹藍(インラン)を見上げた。それを見ているだけでも、お互いが気心の知れた者同士であることがわかる。 「ここに来るのは、黑藍(ヘイラン)から呪いを受ける前に訪れた時ぶりですね」 「ああ。まさかここを去った後にそんなことが起こっていたとはな。例の件の報告を聞いていないが、問題なかったか?」 「あ······はい、その件はやはり勘違いだったようで。すぐに行ってみましたが、なにもありませんでした」 「天帝からの直々の依頼だったんだが、そういうこともあるだろう」  拝礼が終わった後も跪いて頭を下げていた肖月(シャオユエ)には、何の話をしているのか解らなかった。  ただ、櫻花(インホア)が一瞬だけ動揺したような気がしたのは、気のせいだろうか。 (例の件って······なんだろう)  だがそれよりも、櫻花(インホア)が自分にはほとんど見せることのない、無防備な顔をしているのが、なんだかもやもやする。  自分に対しては、笑っていてもどこか一線を引いているような、そんな態度をとることが多いのだ。 「それで、紅藍(ホンラン)が言っていた"お願い"とは、どういったものなんですか?」  鷹藍(インラン)に席に座るよう促され、櫻花(インホア)はそのまま部屋の中央に置かれている、背もたれの付いた赤い椅子に座った。紅藍(ホンラン)蒼藍(ツァンラン)も同じように席に着く。  肖月(シャオユエ)櫻花(インホア)の後ろに大人しく控え、成り行きを見守っていた。 「地上で、人食い蝶の噂を聞いた事があるかい?」 「いえ······怪異ですか? それとも妖の類?」  長く地上に留まっているが、櫻花(インホア)はそんな蝶を見たこともないし、ましてや人を喰らう蝶など聞いた事もなかった。 「南の地で起こっている怪異のため、紅藍(ホンラン)蒼藍(ツァンラン)のふたりで行ってもらう予定だったのだが······君も一緒に行ってくれるなら、より迅速に解決できるだろう。被害が思っていた以上に多いようで、地上に近い我々に話が回って来たのだ」 「そうだったんですね。わかりました。被害がこれ以上広がらないように、すぐにでも向かいます」  紅藍(ホンラン)に連れ去られた時とは打って変わって、しっかりと説明を受けた櫻花(インホア)は、危険な依頼を簡単に引き受けてしまった。 (ちょっと待って。ただでさえ呪いのせいで法力が通常の半分しかないっていうのに、そんな危険な所に行くつもりなの?)  喉元まで出かかったその疑問を、なんとか呑み込む。無言で困惑している肖月(シャオユエ)の気持ちを知ってか知らずか、座ったままこちらを見上げてくる櫻花(インホア)と眼が合った。 「大丈夫ですよ? 肖月(シャオユエ)のことは、私がちゃんと守ってあげますから」  どうやらまったく解っていない櫻花(インホア)に、盛大に勘違いをされてしまったようだ。困惑していた肖月(シャオユエ)が不安げに見えたのだろう。  私に任せてください! という素振りで胸をばんと叩いて、美しい顔にきりっとした表情を浮かべている。それはそれで可愛いのだが······。 「ちょっと、そこの下僕くん! 櫻花(インホア)ちゃんに守られるなんて、駄目よ! あんたのせいで櫻花(インホア)ちゃんが傷のひとつでも負ったら、私の炎で丸焼きにして食べちゃうんだから!」 「紅藍(ホンラン)、いい加減にしなさい。そもそも彼は精霊の化身だろう? それを下僕だなんて、」  こら、と子供を𠮟るように蒼藍(ツァンラン)紅藍(ホンラン)の頬を軽く抓る。 「なによ。その子の味方をするの? その子、櫻花(インホア)ちゃんに契約の刻印をつけたのよ? しかも同意なく!そうでしょう? じゃなきゃ、あんなに頑なに"ひとり"でいることを譲らなかった櫻花(インホア)ちゃんが、誰かと一緒に数ヶ月もいるわけないもん」 「だからといって、君の言い方は良くない。これから同行するなら尚更だ。彼のことは下僕なんて言わずに、ちゃんと名前で呼びなさい」 「まあまあ。ふたりとも、喧嘩はよくないです」  なんだか、こんなやりとりを数ヶ月前にもしたような気がする······と、櫻花(インホア)はふたりの間に入って仲裁の役目を買って出る。 「紅藍(ホンラン)蒼藍(ツァンラン)が今回は正しい。無理に仲良くならなくてもいいから、とにかく問題だけは起こさぬように。いいね?」 「······はぁい、」 「わかっています」  鷹藍(インラン)は手慣れた様子でその場を収める。ぴたりと言い合いを止め、しゅんとする紅藍(ホンラン)と、頬から手を放す蒼藍(ツァンラン)。当事者である肖月(シャオユエ)はまったく気にしてすらいない様子で、その光景を眺めていた。 (ここんちの竜って、こんなひとたちばっかりなのかな、)  櫻花(インホア)に呪いをかけたあの黒竜を筆頭に、それぞれ我の強い四竜たち。 「すみません、肖月(シャオユエ)。私がちゃんと最初から否定していれば······」 「なにを? 下僕ってやつ? 全然かまわない。俺は色んな意味であなたの下僕だよ、」  こそこそと櫻花(インホア)が小声でそんなことを言うので、腰を屈めて内緒話でもするかのように、肖月(シャオユエ)は耳元で囁く。  正直、どうでもいいことだった。櫻花(インホア)が謝ることでもない。  それよりも耳元でそう囁いた後、肖月(シャオユエ)のその不意打ちの行為に対して、顔を真っ赤にして無言になってしまった櫻花(インホア)がたまらなく可愛らしかったので、本当にどうでも良くなったのだということは、本人には絶対に言わないでおこう。

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