13 / 44
十三、私に任せてください!
四竜のひとり、蒼竜 である蒼藍 は背中を丸めて、大きく嘆息した。
藍色の衣を纏った、緑がかった青色の瞳が特徴的な青年の姿の分身で、薄茶色の髪の毛を頭の天辺で銀の環で括り、そのまま背中に垂らしている。
紅藍 も背が高いが、それ以上に上背のある蒼藍 は、目の前で舌を出しふざけた様子で見上げてくる彼を、表情を変えずに見下ろす。
「ふふ。連れて来ちゃった♪」
「······紅藍 、君というひとはどうしてそう、」
「だって、櫻花 ちゃんの手助けがしたかったんだもん。今回の件を解決すれば、まあまあな功徳 が得られるでしょう?」
その腕に抱えられている当の本人は、全く理解していないという顔で、こちらに助けを求めているようだが?
「だったらせめてちゃんと説明をしてあげた上で、同行してもらうのが道理では?」
こくこくと櫻花 が大きく頷いている。
きっと大した説明もされないで、「一緒に来て!」と勢いで連れて来られたのだろう。ご愁傷様としか言えない。蒼藍 は片手で顔を覆って、俯く。
「紅藍 、蒼藍 、連れて来てしまったのなら仕方がない。皆、座ってくれ。櫻花 と、そこの彼も。私から簡単に説明をしよう」
騒がしい広間の奥から姿を現したは、鷹藍 だった。低く落ち着いた声音は穏やかで、目の前の者があの四竜の長、応竜だと言ってもだれも信じないだろう。
三十代くらいの青年の姿を模しているため、この中では一番年上に見える。実際そうであるが、分身は年齢に比例しないのでわかりづらい。
白を基調とした上質な長い衣の裾や袖は、金の糸で描かれた波のような模様で飾られている。その優し気な瞳は灰色で、長い黒髪は頭の天辺でひとつに纏め、黒い環で留めていた。
紅藍 、蒼藍 、肖月 の三人が、目の前に立つ鷹藍 に対して儀式的な拝礼をする中、櫻花 はやっと解放されたその身で、いつもの調子で駆け寄って行く。
「櫻花 、黑藍 が迷惑をかけてすまない。あれはまだ若いので、私に免じて赦してやってくれ」
「鷹藍 、こちらこそ、心配をかけてすみません。でも、私は大丈夫ですから、気にしないでください」
ふふ、と櫻花 は花のように小さく笑うと、両の腕を後ろに回し指を絡め、そのまま上目遣いをして鷹藍 を見上げた。それを見ているだけでも、お互いが気心の知れた者同士であることがわかる。
「ここに来るのは、黑藍 から呪いを受ける前に訪れた時ぶりですね」
「ああ。まさかここを去った後にそんなことが起こっていたとはな。例の件の報告を聞いていないが、問題なかったか?」
「あ······はい、その件はやはり勘違いだったようで。すぐに行ってみましたが、なにもありませんでした」
「天帝からの直々の依頼だったんだが、そういうこともあるだろう」
拝礼が終わった後も跪いて頭を下げていた肖月 には、何の話をしているのか解らなかった。
ただ、櫻花 が一瞬だけ動揺したような気がしたのは、気のせいだろうか。
(例の件って······なんだろう)
だがそれよりも、櫻花 が自分にはほとんど見せることのない、無防備な顔をしているのが、なんだかもやもやする。
自分に対しては、笑っていてもどこか一線を引いているような、そんな態度をとることが多いのだ。
「それで、紅藍 が言っていた"お願い"とは、どういったものなんですか?」
鷹藍 に席に座るよう促され、櫻花 はそのまま部屋の中央に置かれている、背もたれの付いた赤い椅子に座った。紅藍 と蒼藍 も同じように席に着く。
肖月 は櫻花 の後ろに大人しく控え、成り行きを見守っていた。
「地上で、人食い蝶の噂を聞いた事があるかい?」
「いえ······怪異ですか? それとも妖の類?」
長く地上に留まっているが、櫻花 はそんな蝶を見たこともないし、ましてや人を喰らう蝶など聞いた事もなかった。
「南の地で起こっている怪異のため、紅藍 と蒼藍 のふたりで行ってもらう予定だったのだが······君も一緒に行ってくれるなら、より迅速に解決できるだろう。被害が思っていた以上に多いようで、地上に近い我々に話が回って来たのだ」
「そうだったんですね。わかりました。被害がこれ以上広がらないように、すぐにでも向かいます」
紅藍 に連れ去られた時とは打って変わって、しっかりと説明を受けた櫻花 は、危険な依頼を簡単に引き受けてしまった。
(ちょっと待って。ただでさえ呪いのせいで法力が通常の半分しかないっていうのに、そんな危険な所に行くつもりなの?)
喉元まで出かかったその疑問を、なんとか呑み込む。無言で困惑している肖月 の気持ちを知ってか知らずか、座ったままこちらを見上げてくる櫻花 と眼が合った。
「大丈夫ですよ? 肖月 のことは、私がちゃんと守ってあげますから」
どうやらまったく解っていない櫻花 に、盛大に勘違いをされてしまったようだ。困惑していた肖月 が不安げに見えたのだろう。
私に任せてください! という素振りで胸をばんと叩いて、美しい顔にきりっとした表情を浮かべている。それはそれで可愛いのだが······。
「ちょっと、そこの下僕くん! 櫻花 ちゃんに守られるなんて、駄目よ! あんたのせいで櫻花 ちゃんが傷のひとつでも負ったら、私の炎で丸焼きにして食べちゃうんだから!」
「紅藍 、いい加減にしなさい。そもそも彼は精霊の化身だろう? それを下僕だなんて、」
こら、と子供を𠮟るように蒼藍 は紅藍 の頬を軽く抓る。
「なによ。その子の味方をするの? その子、櫻花 ちゃんに契約の刻印をつけたのよ? しかも同意なく!そうでしょう? じゃなきゃ、あんなに頑なに"ひとり"でいることを譲らなかった櫻花 ちゃんが、誰かと一緒に数ヶ月もいるわけないもん」
「だからといって、君の言い方は良くない。これから同行するなら尚更だ。彼のことは下僕なんて言わずに、ちゃんと名前で呼びなさい」
「まあまあ。ふたりとも、喧嘩はよくないです」
なんだか、こんなやりとりを数ヶ月前にもしたような気がする······と、櫻花 はふたりの間に入って仲裁の役目を買って出る。
「紅藍 、蒼藍 が今回は正しい。無理に仲良くならなくてもいいから、とにかく問題だけは起こさぬように。いいね?」
「······はぁい、」
「わかっています」
鷹藍 は手慣れた様子でその場を収める。ぴたりと言い合いを止め、しゅんとする紅藍 と、頬から手を放す蒼藍 。当事者である肖月 はまったく気にしてすらいない様子で、その光景を眺めていた。
(ここんちの竜って、こんなひとたちばっかりなのかな、)
櫻花 に呪いをかけたあの黒竜を筆頭に、それぞれ我の強い四竜たち。
「すみません、肖月 。私がちゃんと最初から否定していれば······」
「なにを? 下僕ってやつ? 全然かまわない。俺は色んな意味であなたの下僕だよ、」
こそこそと櫻花 が小声でそんなことを言うので、腰を屈めて内緒話でもするかのように、肖月 は耳元で囁く。
正直、どうでもいいことだった。櫻花 が謝ることでもない。
それよりも耳元でそう囁いた後、肖月 のその不意打ちの行為に対して、顔を真っ赤にして無言になってしまった櫻花 がたまらなく可愛らしかったので、本当にどうでも良くなったのだということは、本人には絶対に言わないでおこう。
ともだちにシェアしよう!

