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十八、俺は幸運、あなたは強運。

 紅藍(ホンラン)が感情に任せて炎を放ち、そこら中に生えていた巨大蚯蚓(ミミズ)の群れは消し炭となり、辺りが黒こげの大地へと変貌してしまった。しかしそれは束の間で、すぐにまた地面が盛り上がり、新たな巨大蚯蚓(ミミズ)の群れがどんどん増えていく。 「いやあぁあっ! また増えたっ」 「だから、ちょっと待てくださいと言ってるんです。本体、つまり核をなんとかしない限り、無限に湧いて出てくる類の妖でしょう。それよりも、私たちは櫻花(インホア)様たちの援護を」  解っていたから、あえて紅藍(ホンラン)を放置していたというのに、結局はこうなるのか······と蒼藍(ツァンラン)は大きく嘆息する。 「ねえ! 私たち、人食い蝶の怪異を調査しに来たのよね!? それがなんで巨大蚯蚓(ミミズ)と戦ってるのよっ」  櫻花(インホア)たちと違い、巨大蚯蚓(ミミズ)の群れは紅藍(ホンラン)たちを捕らえんと襲いかかって来る。それを躱しつつ、蒼藍(ツァンラン)が鋭い風の刃でバラバラにし、紅藍(ホンラン)が容赦なく焼き払う。時に風と炎を合わせて炎の竜巻を起こし、一気に蚯蚓(ミミズ)の群れを一掃する。  しかし、何度やろうと同じことで、その度に湧いて来るのでキリがなかった。 「どちらも噂の域を出ていなかったことに、今回の件の真相があると考えるのが妥当でしょう」  蓬莱(ほうらい)山の周り、しかも四竜の守護する領域で起こっていること。  確か自分たちとは別に、白藍(パイラン)たちも任務の概要のため鷹藍(インラン)に呼ばれていると言っていた。それは北の地、黑藍(ヘイラン)の守護する領域と聞く。  ここは南の地。紅藍(ホンラン)の守護する領域。 「魂が蝶となって天に還るという、この地特有の現象を利用して、人食い蝶の噂を流し、私たちを誘き寄せるのが目的だとしたら?」 「そんなことして、なんの得が?」  怪訝そうに紅藍(ホンラン)が眉を顰める。 「それを証明するには材料が足りない。今後、同じような事が起これば別ですが」 「考えても無駄ってことね! なら答えは単純よ」  炎を放ち、火の粉がちかちかと舞う中で、紅藍(ホンラン)は得意げな表情でくるりと振り向いた。辺りが燈火のように闇夜を照らす。彼の赤い髪が風に揺れた。 「出る杭は打つ!」  がくっと蒼藍(ツァンラン)は思わず拍子抜けする。言わんとしていることは理解したが、意味が微妙に違う。  それを言うほんの少し前のその美しい姿に、一瞬でも見惚れてしまった自分を消してやりたい。 「櫻花(インホア)様たちが核を見つけるまで、私もそれに付き合いますよ」 「櫻花(インホア)ちゃんなら、絶対に大丈夫!」  その法力が半減しようが、余命が数年しかなかろうが、櫻花(インホア)には関係ないだろう。蒼藍(ツァンラン)は離れた場所へ向かう櫻花(インホア)たちを背にしたまま、その手に風の渦を宿し、目の前の敵を薙ぎ払う。 (あとは、お任せしましたよ、櫻花(インホア)様、) ******  肖月(シャオユエ)は不思議でならなかった。  自分たちが紅藍(ホンラン)たちよりは自由の利く状態だったのもあるだろうが、蒼藍(ツァンラン)櫻花(インホア)に核を見つけて欲しいと言ったこと。  地仙が持つには相応しくない、その手の中の美しい宝剣も。 「ねえ、あなたって本当は何者?」 「私は、ただの地仙ですよ」  困ったように笑って、手に持つ宝剣で向ってくる巨大蚯蚓(ミミズ)を一振りで倒していく。その宝剣で切られた部分は一瞬で凍り付き、最後は跡形もなく砕け散るのだ。  宝剣に、雪花(シュエホア)、と話しかけていた気がする。  そうえいば、弁財天が何の気なく口にし、それから訂正した言葉を思い出す。どうしてずっと忘れていたのだろう。 「花神(かしん)ってなに?」  そのひと言に、櫻花(インホア)は一瞬表情を曇らせ、肖月(シャオユエ)は自分で訊ねておいて後悔する。 「······それ、は、」  手を止め、足を止め、櫻花(インホア)は無防備な状態になる。それを好機と巨大蚯蚓(ミミズ)が数体、こちらを捕らえるために襲いかかって来た。  その瞬間、巨大蚯蚓(ミミズ)たちは棒立ちしている櫻花(インホア)の前に立ち塞がった肖月(シャオユエ)に、触れるか触れないかという位置でぴたりと急停止した。 「ごめんなさい。あなたを困らせて。もう、問うのは止める。いつかあなたが話したくなったら、俺にも教えて?」  櫻花(インホア)は自分を庇うように立つその背中を見つめ、彼がどんな顔でその言葉を言っているのかを想像したら、胸の辺りがチクリと痛んだ。 「······私のような者は、君に守られる価値もない」  ちくちく。  痛むのに、言葉が止まらない。 「だから、ずっと、ひとりが良かったんです。他の誰かが私のために傷付くのは、絶対に嫌なんです」  ずきずき。  心が、悲鳴を上げる。 「········ずっとひとりで、生きて、」  あの出遭いは、偶然だったけれど。 「でも君が、」  あんなことを言うから。 「君といると····なんだかいつも楽しくて。愚か者の私は、すっかり忘れていたんです」  幸せなど、ほど遠い。  その罪は消えない。  すべて自分が齎した結果だから。 「これが解決したら········、」 「そんな顔をしてるあなたを、ひとりになんてできるわけない」  暗い気持ちが視界を覆い、俯いていた櫻花(インホア)の頬に、指先が触れる。背中を向けていた肖月(シャオユエ)は、いつの間にか櫻花(インホア)と向かい合っていた。 「言ったでしょ? あなたについて行く。あなたは俺の大切な、唯一無二のひとだから」  言い終えたその瞬間、肖月(シャオユエ)の後ろで止まっていた蚯蚓(ミミズ)たちの身体が同時に(ひしゃ)げ、歪み、真ん中で千切れた。そしてその残骸は、霧が晴れて散るかように、跡形もなく消え去る。 「あなたが嫌だって言っても、地の底までついて行く。それくらいの気持ちで、俺はあなたの傍にいるつもりだよ?」  必要ない、と言われようと、間に合ってます、と断られようと。 「私は君を······不幸にするかもしれません」 「俺は幸運、あなたは強運。そもそも不運とは無縁な星の下に生まれてる。黒竜サマとの出来事も、あなたと出会うための縁だったのかも。そう考えたら、とても幸運なことだったし、なにより俺は、誰よりもあなたと相性がいいと思うけど?」  言って、悪戯っぽく笑う肖月(シャオユエ)に、櫻花(インホア)は自然と笑みが零れていた。その花が咲いたような美しく儚い笑みに、肖月(シャオユエ)は、思わず今の状況を忘れてしまいそうになる。 「········君って子は、本当に、」  くすくすと櫻花(インホア)は小さく笑い、そしてその琥珀の瞳を細めた。 「行きましょう。核はすぐそこです」 「うん、さっさとこんなの終わらせて、また旅の続きをしよう?」  それから、たくさん楽しい話をして、あなたを笑わせてあげる。  あなたがまた、あんな顔をしないように。  ふたりだけの、旅の続きを。

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