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三十二、俺に教えてくれる?

 櫻花(インホア)肖月(シャオユエ)は、手が汚れるのも気にせずに、ひとりひとり丁寧に弔っていった。その悲惨な状態に込み上げてくるものがあったが、なんとか村中にあったすべての骸と欠片を並べ終えた。  ばらばらになっている者が多く、どれが誰のものかまではさすがに解らず、ただそうやって集めた骸を並べてみれば、その数は九十九人分あった。  赤く染まってしまったその手と道袍を洗う余裕もなく、櫻花(インホア)は愕然とした。その殺され方もそうだが、数まで一緒となると、さすがの自分でも察しがついてしまう。 (まさか······でも、あの子は、)  真っ青になっている櫻花(インホア)を心配して、肖月(シャオユエ)は民家から借りてきた桶と水、それから布でその手を綺麗にしてやる。  道袍や左手に巻いている包帯は、新しいものを調達するのが良いだろう。 「大丈夫? 顔色が悪い。あとは俺に任せて、あなたは休んでいて?」 「私は、大丈夫です。それよりも、この惨劇を起こした者に、心当たりがあります」  どういうこと? と肖月(シャオユエ)櫻花(インホア)の手を丁寧に拭きながら、首を傾げる。 「あの日、天界で。私の配下であった九十九人の花の精が殺された件と、関係があるかもしれません」  あの夢の断片を共有した肖月(シャオユエ)に、もはやこれ以上隠す必要もないと、櫻花(インホア)は何かを決意する。 「あなたを追放した神サマのこと?」  はい、と櫻花(インホア)は頷いた。  夢の中で見たのは、折り重なった無残な骸の山と血で染まった石楠花(シャクナゲ)。  女の姿をした神を殴り、感情のまま罵った櫻花(インホア)。そして、勝ち誇ったかのように嫌な笑みを浮かべた女が、櫻花(インホア)に向かって追放を言い渡す、あの印象的な場面が頭に浮かんだ。  しかし女の神は追放はされず、ただ位を落としただけだった。あれだけの事を起こしておいて、その程度で済んだ理由があるはず。  それに、天界で殺生は禁じられている。虐殺は大罪だ。  すべて櫻花(インホア)のせいにしたにしては、それはそれでおかしな話だった。 「彼女は確かに首謀者ですが、その実行者ではないのです」  肖月(シャオユエ)は血で汚れた桶の水を捨ててひっくり返すと、櫻花(インホア)に座るように促す。 「ゆっくりでいいよ。安心して? 俺は、あなたの傍にいるから」  桶の上に腰掛けた櫻花(インホア)の右手を取って、肖月(シャオユエ)は片膝を付いて見上げる。  俯いたままの櫻花(インホア)の顔がはっきりと見え、それが苦痛で歪んでいるのが解かった。握り返してくる指先が微かに震えていて、大丈夫、と肖月(シャオユエ)はその上にさらに左手を重ねた。 「彼に初めて会ったのは、西王母(せいおうぼ)様の宴の席。当時まだ幼かった彼は、月神である嫦娥(チャング)様の従者のひとりとして、彼女の後ろに付いてまわっていました。けれどもその幼子は、ただの幼子ではありませんでした」 「どういうこと?」 「その幼子は、鬼神(おにがみ)だったんです。鬼神(おにがみ)の力が何かのきっかけで暴走し、あの惨劇が起こったんです。そのきっかけを作ったのは、彼女で間違いないのですが、それを証明する(すべ)はありませんでした」  そして事件の後、彼が行方知れずとなってから、地上では恐ろしい鬼神(おにがみ)の噂が広がり始める。  それに運悪く出会ってしまったせいで殺されたり、喰われた人間や仙人、精霊は、数えきれないほどだったと聞く。  もはや災厄に等しい存在。  天界の者たちは、いつしか彼の事を"災禍(さいか)の鬼"と呼ぶようになる。 「天界はその災禍の鬼を、この数百年、ずっと追っていたようです」 「そんな奴がどうして、」 「災禍の鬼の狙いは、私でしょう。わざわざこの村を選び、骸を九十九体用意して、あの日を再現したつもりなのです。あの日、殺せなかった私を、殺すために」  肖月(シャオユエ)は言葉を失う。  どうしてそんなことをしてまで、櫻花(インホア)を苦しめるのか。なんの怨みがあってこんな、なんの関係もない人間たちを無残にも殺したのか。 「櫻花(インホア)。あなたが、どうして天界から追放されたのか。あの日から、あなたを苦しめているモノを、俺に教えてくれる?」  なぜ、月神は櫻花(インホア)に嫉妬心を抱いたのか。  ひとつ間違えば自身がどうなるか解らない、そんな危険な賭けに出たのか。  櫻花(インホア)は小さく頷き、重たい口を開いた。

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