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◇◇◇
あれから二カ月。辺境の雪は解け、春の訪れを感じさせてくるように。
そんな頃、僕は師匠の魔法によって王都に放り出されていた。
『ジェリー、キミはこの封筒を持って王城に行けばいいんだ』
僕を追い出した師匠は当然のように一通の封筒を握らせた。
封筒は蝋で閉じられていて、裏面には『アクセル・ヴァルス』と師匠のフルネームが自筆で記してある。
なにがあってもこの封筒があったら大丈夫――と言われたけど、だったら師匠がついてきてくれたっていいじゃないか。
そもそもこのお仕事をもらったのは師匠なのだから、師匠が行けばいいと思う。
――なんて頭の中では簡単に言えるのに、実際には口が裂けても言えるわけがない。僕は昔からすごく気が弱くて、すぐに反論することが出来ない。あと、強く言われてしまうと怖くて逃げだしたくなる。
男として情けないとかいろいろと言われている。僕だってこのままじゃダメだと思うから、直したいと思う気持ちはある。
けど、結局は性格なのだ。簡単に矯正することは出来ず、僕は未だにこのまま。
(変わりたくて師匠に弟子入りをしたけど、僕ってなにか変わったっけ――?)
あえていうなら、昔から好きだった魔法の腕が上達したことくらいだろうか。
もちろん、王家お抱えの魔法使いだった師匠の足元にも及ばないけど――。
「師匠は僕にもっと堂々としろっていうもんね」
師匠は僕の性格を矯正したがっている。僕が一人立ちするためには必要だからって。
もちろん僕だって師匠の気持ちは嬉しい。――踏ん切りはつかないけど。
今までだっていくつかのお仕事を師匠に「やってみないか?」と言われてはいたのだ。臆病者の僕は一人でお仕事をすることが怖くて全部断っていた。
比べ、今回のお仕事は魔物退治に向かう勇者に同行するというもの。
確かに怖いことには変わりないけど、僕一人が注目を浴びるようなお仕事ではない。
あとは、師匠が今までにないほどに引いてくれなかったというのもある。完全に退路を断たれた僕は師匠の言葉に従うしかなかった。
(気分悪い――)
人通りの多いところなんて、もう何年も来ていない。そのせいで、今の僕は完全に人に酔ってしまっていた。
どうやら僕はとことん王都には向いていない人種のようだ。
◇◇◇
少し歩いて、僕はやっとの思いで王城の門の前にたどり着いた。
見張りらしき騎士の男性に呼び止められて、僕はおずおずと封筒を差し出す。
封筒を受け取り、彼が裏面を見る。しばらくして、僕に向かって深々と一礼をする。
「お待ちしておりました。どうぞ」
まだ若そうな騎士の人が、城内に入るようにと僕を促す。僕は彼の言葉に従い、門の中に入った。
「もう少しすれば、案内の者が来ますので」
彼は笑いながら僕に向かって声をかけ、立ち去った。一人残された僕は、ぼうっと城内の壁を見つめる。
(すごいなぁ、豪華だ。床は大理石なんだよね?)
大理石の床なんて生まれて初めて踏んだかも――と僕は感動に胸を震わせる。
床はピカピカに磨かれていて、使用人さんもすごいなぁと感心していると。
「ジェリー・デルリーンくんだね」
遠くから誰かが僕の名前を呼ぶ。
声のほうに視線を向けると、黒色の髪を後ろに撫でつけた男性がいた。年齢は五十代くらい。顔立ちや表情からして、とても気難しそうな人。
彼は僕のほうにまっすぐに歩いて来て、立ち止まる。身にまとう衣服は高級そうで、胸元には金色の煌びやかなバッチが輝いていた。
「はじめまして、私はクレメンスだ。この国で防衛大臣の職に就いている」
男性――クレメンスさんが目を細めてあいさつを口にする。彼の視線はぎろりとしていて、まるで僕を吟味しているかのよう。
(なんだろう。胡散臭い)
一瞬だけ頭に浮かんだ考えを振り払い、慌てて頭を下げる。僕の無礼は師匠の評判を落とすことに繋がりかねない。
「キミの師匠にはとても手を焼いていてね。今回もいい返事をもらうことはできなかったんだが――」
クレメンスさんが僕の隣を通り抜けつつ、独り言のようにつぶやく。僕は彼についていけばいいんだろうか。
「まさか、弟子がいたとは。やつの弟子ということは、キミの相当の魔法の使い手なんだろうな」
買いかぶりすぎだと思う――なんて言える空気じゃない。僕は黙ることしか出来ない。
「あまり口数が多いタイプではないのか。まぁいい。あの男の顔を見なくていいだけ、清々するからな」
口数が少ないのではなく、人見知りが激しいだけです――と、心の中だけで説明をする。
(師匠ってクレメンスさんに嫌われてるのかな?)
師匠は顔立ちがとても整っているし、マイペースだけど憎めなくて、人に慕われるほうが多い人なんだけど。
「キミと一緒に旅をする勇者と剣士はそろっている」
今、クレメンスさんは遠回しに嫌味を言ったような気がする。
もちろん僕が瞬時に言い返すことが出来るはずもなく、唇を一の字に結んで頷いた。
クレメンスさんは僕を一瞥し、興味を失ったかのように歩き出す。彼の歩き方は堂々としていて、とてもきれい。
背筋をぴんと正していて、凛としているというか。
(今はそういうことを考えている場合じゃないんだってば。どういう人と旅をするのか。そっちのほうが重要だよ)
僕は自分に言い聞かせた。これから共に旅をする勇者と剣士。
胸の中に渦巻いている不安が、どんどん膨れ上がるようだった。
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