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しばらく歩いた僕は、クレメンスさんに大きな扉の前に連れてこられていた。
扉の前を塞ぐように三人の騎士さんが立っている。彼らはクレメンスさんのお顔を見て、一礼した。
「魔法使いの到着だ。――通せ」
クレメンスさんの言葉に従うように、二人の騎士さんが左右に移動する。残りの騎士さんが合図をすると、二人がかりで扉を開いた。重厚な扉はごぅぅっと大きな音を立てて開いていく。
(――うわぁ!)
扉が開くと、奥の空間が見える。
広々とした空間。床には一直線に絨毯が敷かれている。絨毯の縁には金色の刺繍が施されていて、とても美しい。
大きな窓からは陽の光が差し込んでいて、空間を明るく照らしていた。空間はどこもかしこもすごくきれいで、視線を引く。
そんな中で最も視線をくぎ付けにするのは、絨毯の先にある一段高くなっている場所。玉座。
見たこともないような豪華な椅子に腰かけているのは、四十代くらいに見える男性。彼の放つオーラはまさに強者のもの。
「陛下。こちら、アクセル氏が推薦してきた弟子になります」
クレメンスさんが首をたらし、男性に僕を紹介する。椅子に腰かけた男性はすぐに立ち上がった。
背丈はとても高く見え、体格もがっしりとしている――のだろう。遠目すぎて、よくわからないけど。
「――キミが例の弟子か。よい、こちらに来なさい」
「は、はい!」
上ずった声で返事をしつつ、僕はゆっくりと足を踏み出し、絨毯の上を歩いた。
玉座の前には二人の男性が立っていた。一人は僕に背中を向けており、顔が見えない。もう一人は僕のほうを見て、目を細めて笑いかけてくれている。対する僕は軽く礼をするのが精いっぱいだ。
男性――陛下の前に跪く。礼儀作法は一通り師匠から教わっている。上手に出来ているかは未知数だけど。
「ジェリー・デルリーンと申します。本日はお会いでき、光栄でございます」
声の震えを抑えながら、僕は習ったあいさつを一言一句間違えないように言う。噛まないようにしなくちゃってことで頭がいっぱいになる。
「そこまでかしこまらなくてもよい。立ち上がり、顔を見せなさい」
陛下の命に従わないという選択肢はない。僕は立ち上がり、陛下をまっすぐに見据えた。
「全く、あの男の自由奔放さにも困ったものだな。しかし、弟子がいるとは知らなんだ。クレメンス、そういう話は聞いたことがあるか?」
「いえ、一言も聞いておりません」
いつの間にか陛下のすぐそばに移動していたクレメンスさんが、呆れたように言葉を返す。
この人の言葉は、やっぱり棘がある気がする。師匠が嫌いなのかも。
「全員揃ったな。今回の任務の説明をしよう」
陛下が再度椅子に腰かけ、脚を組んだ。そのまま頬杖をつくと、視線だけでクレメンスさんを促す。
「かしこまりました、陛下。今回の任務につきましては――」
クレメンスさんが説明をする。
しかし、一つ言いたい。
(言葉だけだとわからないことも多いんだけど――)
せめて小冊子みたいなものが欲しい。旅行じゃないから、難しいのかな。
隣をちらりと窺うと、先ほどにっこりと僕に笑いかけてきた人は真剣にお話を聞いている。もう一人のほうは、退屈そうにあくびをしていた。
陛下の前なのに、いいのかな。
「で、ありまして。最近魔族、魔物による被害が多数報告されております。そのため、一時的にでも魔物を倒し魔族側に忠告を――」
クレメンスさんのグダグダとした説明に眠くなり始めていると。どこからか「ふわぁ」という大きなあくびが聞こえてくる。
僕の顔から血の気が引く。もしかして、さっきの人が――?
先ほどの彼のほうに視線を向けた。ただ、彼は退屈そうな表情こそしているものの、今はあくびをしていないよう。
「――なに?」
目を細めた彼が僕を見つめ、小声で問いかけてくる。
僕は慌てて首を横に振った。彼の吊り上がった目が怖い。瞳自体は黒曜石みたいできれいなのに。
「い、いえなにも……」
今の僕には誤魔化すのが精いっぱいだ。
僕たちが見つめ合うような形になっていると、玉座のほうから「わかりにくい」と端的な言葉が聞こえてきた。
「お前の説明は長ったるい。回りくどくて、もう聞き飽きた」
「ですが、陛下」
「若者の時間をもらっているんだ。出来る限り素早く済ませるのが年上の務めだろう」
言葉を切り、陛下があくびをする。あ、先ほどのあくびって陛下のものだったんだ。
「この男が悪いな。とにかく、魔物の被害が多発している。魔物、場合によっては魔族を倒してほしいということだ。万が一変更点などがあれば、そのたび遣いを出そう」
「――かしこまりました」
なにも反応できない僕と黒曜石の彼を放って、唯一真剣にお話を聞いていた彼が返事をする。
「この後は自己紹介でもしてくれ。初対面のやつもいるようだからな」
陛下は場を締めくくるように大きな声で今後の流れを説明する。
――心の底からほっとした。
ただ唯一、ほっと出来ないことがある。
(絶対に目をつけられたよ……)
隣から感じる鋭い視線。先ほど軽く言葉を交わした黒曜石のような瞳の彼だ。
元々彼のことをちょっと怖く感じていたのに。じっと見られてしまうともっと怖くてたまらない。
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