5 / 18

1-5

(もしかして、僕の食べ方が見苦しかった――?)  最初に思い当った可能性に、僕は顔からサーっと血の気が引くのを感じた。  サンドイッチを持ったまま固まる僕に、エカードさんが「悪い!」と慌てたように謝罪の言葉を口にする。  違う。悪いのは僕だ。僕がいるだけで、この空間は葬儀場みたいなものだろうから。 「すみません。僕の食べ方、見苦しかったですよね」  身体を縮めて言うと、エカードさんは目を見開いた。 「違う!」  彼はやっぱり優しい。僕みたいな羽虫くらいの存在に気を遣ってくれているんだから。 「ただ、そうだな。お前の一口があんまりにもちっさいなぁって思っただけだよ」  頬を掻くエカードさんは言葉を付け足す。  一口が小さい。 「そうだな。なんだ、小鳥がついばんでいるのかってくらいだ」  キリアンさんもぶっきらぼうに同意する。僕の一口は小さいわけではないはず。 「僕が小さいというよりは、みなさんが大きすぎるだけのような気が」  先ほどのキリアンさんの豪快な食べっぷりを思い出して、僕は零した。  すると、エカードさんが声を上げて笑い始めた。僕とキリアンさんは驚きつつもエカードさんを見つめる。 「いやぁ、ジェリーは自覚がないみたいだな。浮世離れした儚げな美人さんだ」 「美人だなんて、そんな……」  エカードさんは口が本当に口が上手い。僕は醜い容貌をしていて、見るに堪えない顔立ちだ。  僕自身この顔を隠したくて、目元が見えないようにと前髪を伸ばしているくらいだから。 「その前髪は上げたほうがいいと思うよ。そっちのほうが可愛い」 「か、わいい?」  生まれて二十年。一度も言われたことのない単語に僕は放心する。  可愛い? 僕が? 羽虫以下の存在の僕が? 「エカード。コイツ、固まってるぞ。さすがに男に可愛いはマズイだろ。不快になる」  キリアンさんが僕の態度を違う意味に解釈した。違う。全然不快になんてなってない! 「ち、違います! ただ可愛いなんて言われたことがなくて――!」  首を横に振って、僕は自分の気持ちを言葉にする。  不快になったわけじゃなくて、驚いただけだって。それが伝わったらいいんだけど。 「そう? 美人とか可愛いとか、言われないか?」 「言われたことありません! 一度たりとも!」  必死に否定を繰り返した。だって、僕のせいでエカードさんの美醜感覚がおかしいなんて思われたら申し訳ない。 「僕はそこら辺の羽虫以下です! だから可愛いとか、きれいとか。そういうのと僕は縁遠いです!」  首を横に振り続けて、僕は言う。今度はエカードさんが驚く番だったらしい。  でも、彼はすぐに僕に痛々しいものを見るような視線を向けてくる。 「なんだろうな。自己肯定感が底辺というか、地面にめり込んでいるというか」 「はい、もう地層の奥深くにめり込んでいます……」  師匠にもよく指摘される。  だが、自己肯定感なんてものは幼少期に培われていくものだ。僕はすでに二十歳。今更培うことなんて出来ない。 「独特の言い回しだな」  エカードさんが頬を引きつらせている。彼を一瞥したキリアンさんは、「はぁ」と大きなため息をつく。 「別に自己肯定感が地面にめり込んでいようが、地層の奥深くにめり込んでいようが。実力さえあればいいだろ」 「そりゃそうだけれどさぁ」 「俺らは仲良しこよしをするわけじゃないんだ」  キリアンさんの言葉の冷たさが、まるで距離をおきたいと言っているように聞こえる。  そうだ。彼の言うことは正しい。 「そ、そうですよね」  わかっている。わかっていたけど、どうしてか気持ちが沈む。  お二人の人柄について、不安ばかり募っていた。ただ、話してみると案外フレンドリーというか、面白い人たちだった。  だから、僕は勘違いをしてしまったんだと思う。――もしかしたら仲良くなることが出来るかもって。
5
いいね
0
萌えた
0
切ない
0
エロい
1
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!