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 少し落ち込んだ。ただ、感情は顔に出さないようにする。顔に出したらきっと、気を遣わせてしまう。 「別に、俺は仲良しこよしをしてもいいと思うけどな」  しばらくして、エカードさんがボソッとつぶやいた。驚いて彼の顔を見つめると、彼は真剣な面持ちをしている。 「意思疎通は大切だぞ。ある程度の信頼関係はあったほうがいい」  正論ではある。  エカードさんはティーカップを口に運ぶ。さすがはお貴族さまというべきか。所作の全てが美しくて無駄がない。 「そうかよ。じゃあ、二人で信頼関係でも築いていればいい。俺はごめんだな」  僕たちを一瞥し、キリアンさんが吐き捨てるように言う。  対するエカードさんは困ったような笑みを浮かべるだけだ。  ――これは、どうするのがいいんだろうか? (お茶でも飲んで落ち着こう)  なんか変な空気になっちゃったせいで、喉がカラカラだった。  僕はティーカップを手に取って、もう一度口に運ぶ。  だけど、慌てて口に運ぼうとしたからだろう。熱くてついつい声が漏れてしまう。 「――っつ!」  しかも、驚きすぎてティーカップから手を離してしまった。  僕の真っ白なローブの上に紅茶が広がる。どんどんしみこんでいく紅茶を、ぼうっと見つめてしまう。 「おい!」 「――え?」  いきなり大声で声をかけられて、僕は驚く。そして、つかまれた手首。  急いで視線を移動させると、僕の手首をつかむキリアンさんと視線が交わった。彼は心配そうな表情を浮かべている。 「火傷、してないか?」  キリアンさんが僕に問いかけてくる。え、えぇっ、これってどういう状況? 「……キリアン、落ち着いて。ジェリーの落ち着きようからして、火傷はしていないはずだ」  立ち上がったエカードさんが、絨毯の上に転がったティーカップを手に取る。カップに傷はなさそうで一安心。 「ジェリー、どこか痛いところとかあるか?」 「え、えぇっと」  優しくエカードさんに尋ねられ、僕は困った末に首を横に振る。  すると、キリアンさんは僕の手首を離した。彼はバツが悪そうに僕から顔を背ける。 「悪いな、キリアンはちょっと訳ありで」  どこからか取り出したタオルで僕のローブに広がった紅茶のシミを拭き、エカードさんが言う。 「あんまり気にするな。というかこれ、落ちるのか?」 「多分?」  露骨に話題を変更しているけど、今更話題を戻すのも変だ。  僕は本当に小心者で臆病者。再認識しつつ、紅茶のシミを見つめる。  帰ったら、洗わなくちゃ。 「落ちなくても、その。師匠にもらった新しいものがまだあるから大丈夫、です」  師匠は毎年新しいものを渡してくるけど、僕はこのローブを微調整しつつ五年くらい使っていた。  なので、クローゼットの中にはまだ新品のローブがいくつかある。デザインは一つずつちょっと違ったりもする。 (これはお気に入りだったけど、そろそろ新しいものを出すべきだったしね)  ポジティブに考えるなら、これは転機となった出来事ということ――なのかな。 「そうか」  エカードさんがほっとしたのがわかった。 「それにしても、このローブはとてもいい素材を使っているな。モンスターから採取した毛皮で作られているみたいだが」  興味深そうに僕のローブを触りつつ、エカードさんがつぶやく。 「すみません。それに関しては僕、よく知らなくて。これ、師匠がどこかに作成を頼んでいるって……」 「へぇ。っていうことはオーダーメイド?」 「そうみたいです」  師匠にはモットーがある。その一つが『魔法使いならば道具にこだわるべき』というもの。 『かといって、なにもかもが高価なものだったらいいというわけではない。自分の実力にぴったりと合うものが一番だ。つまり、キミにはこのローブが一番合うということ』  弟子入りしたばかりの頃。師匠は僕のローブを選びつつ、自身のモットーを教えてくれた。懐かしい。 「これ、王都にある有名な仕立て屋が仕立てたものだな」 「そうなんですか?」 「あぁ、ジェリーの師匠が何者かは知らないけど、相当いろんな知識があることだけはわかる」  僕から見た師匠は、天才魔法オタクだ。けど、他の人から見た師匠は全然違う人に見えるんだろう。 (まるで、サイコロみたいだ)  それぞれの面に『別の顔』がある。師匠はそういった得体のしれない存在なのかもしれない。
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