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 ◇◇◇  あれからあっという間に時間は過ぎて。夕方には一度解散ということになった。  旅に出るのは二週間後ということになり、僕は辺境にある住処に戻ることに。もちろん、移動手段は転移魔法だ。  どうやら師匠は『用事が住んだらジェリーを送ってほしい』と頼んでいたらしい。それも――ほかでもない、国王陛下に。  陛下から話を聞いたとき、僕は卒倒しそうだった。不敬罪にもほどがあるでしょ! と叫びたい衝動を抑えていると、陛下は「アイツらしいだろ」と笑っていて。本人たちが納得しているのならば、問題ないかもだけど――。 「では、アクセルのやつによろしくな」  僕に向かって陛下が軽く手を挙げ、師匠への伝言を頼む。  正直、師匠にこのお言葉を伝えたところで、ろくに反応をくれることはないと思う。うん。  王城のほうで用意してもらった転移魔法――いわゆるワープホール――をくぐる。すると、一瞬で見知った一軒家の前に出る。  僕は「よっと」と声を上げて、地面に足をつけた。ワープホールは僕が出たことを確認すると、跡形もなく消えていく。 「ただいま、帰りました」  随分と久々に感じる帰宅に、僕は少しびくびくとする。  本当は一日も出ていないし、なんなら半日も出ていない。ただ、怖かったから仕方がないのだ。 「あぁ、戻って来たのか」  師匠は自室にいた。扉を開いた瞬間、香ってくる上手く言葉に出来ない強烈なにおいに、僕は顔をしかめる。 「師匠、なにをしてるんですか……?」  家の窓をすべて開け放ちたい衝動にかられつつ、僕は小首をかしげて師匠に問いかける。  師匠は僕の問いかけに、手に持っていた分厚い本を閉じた。本の表紙には『魔族』という文字が見える。あいにく、タイトルの全てを見る前に師匠が本をテーブルに置いた。 「魔法薬の一種を作ってみている。ま、実験で失敗したようだがな」 「このにおい、強烈ですよ」  鼻をつまんで抗議すると、師匠は笑う。  この人の鼻は詰まっているんじゃないだろうか。この状況で笑うなんて、異常だ。  なんて考えてしまうほどの強烈なにおいに、僕は気分が悪くなってしまいそうだった。今すぐにでも、外に出たい。 「そうか。やはり、キミにはこのにおいがわかるのか」 「え?」  師匠のつぶやきが耳に届いて、僕はぽかんとする。  このにおい、もしかして特殊なものなの? 「いや、なんでもない。これは完成形ではないからな。今のところはなんともいえない」  僕の様子を見た師匠は首を横に振って言う。  これ以上は聞くなという雰囲気を感じ取って、僕は口を閉ざした。 「こんなことをしている場合ではない。キミの報告を聞くのが先だな」 「あの、片付けは」 「そんなもの後でいいだろう。ただ、キミが臭いというのならば、別室で話をしよう」  師匠が僕の隣を通り抜け、リビングのほうへと向かう。僕は早足で師匠の後を追う。  ソファーに腰を下ろした師匠はテーブルの上に手のひらをかざす。するとティーセットがぽふんと音を立てて出てきた。アンティークもののカップとポットは師匠のお気に入りだ。 「キミも飲むんだろう。そこに座れ」 「はい」  ティーポットから紅茶を注ぐ師匠。  鼻腔に届くのはいい香り。あぁ、先ほどの鼻が曲がりそうなほどに強烈なにおいよりもずーっといい。  いつもの場所に腰を下ろすと、僕は眉をひそめてしまう。 「……硬い」  王城のソファーはふかふかで、快適だったのにな――。  僕の様子を見た師匠が、けらけらと声を上げて笑った。 「間違ってもあそこと一緒になどしてくれるなよ。ここはあくまでも一般的な家だ」 「それはそうですけど。あ、僕がソファーを買い替えてもいいですか?」  これでも貯金は結構ある。師匠がたまにくれるお小遣いを貯めていたらかなりの金額になったのだ。  一人掛けのソファーくらいなら、購入することが出来ると思うんだけど――。 「やめておくんだね。どうせ、キミは使わないさ」  師匠は紅茶を飲みながら言う。使わないって、どういうことなんだろうか。僕が使うために買うはずなんだけど。 「ソファーの話を聞きたいわけじゃない。キミの話が聞きたい。生まれて初めての王城はどうだったかい?」  脚を組み、その上で手を組んで師匠が問いかけてくる。恐怖を覚えてしまいそうなほどに美しい師匠を見て、僕はゆっくりと口を開いた。
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