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「ふむ。まぁおおむね予想通りというべきかな」
僕の話を大体聞いた師匠は、顎に手を当ててつぶやいた。
師匠の所作は誰もが見惚れてしまいそうなほどに美しい。無駄がなく洗練された動き。さらに彼の容姿は人目を引く。
さらりとした短髪に、アメジストをイメージさせるほどに美しい瞳。少し目を伏せるだけで、彼の色気はすさまじいものになる。王家お抱え魔法使いだった頃は、ファンもいたとかなんとか――。
(そんなの今の師匠には関係ないか)
引退した理由を深くは知らない。彼は端的に「権力争いに疲れたんだ」と言うけど、僕には別の理由があるような気がしてならない。だって、師匠は権力争いに興味がないだろうから。
「よかったじゃないか。キミの同行者はそれなりの力を持っているようだ」
ティーカップを口に運びつつ、師匠が言う。あ、聞いてなかった。
(それなりの力、か)
エカードさんもキリアンさんも、相当強いはずだ。雰囲気だけでわかる。
「あの場で一番実力がないのは、僕だと思います。勇者の人も剣士の人も。すっごく強そうだった」
僕には彼らを上から目線で評価することが出来ない。下から見上げるので精いっぱいだ。
もちろん、師匠だったら違うだろう。師匠はすごい人だから。
「キミの自己肯定感は一体どうなっているんだ。全く、嘆かわしい」
「地層の奥深くにめり込んでいます」
本日二回目の僕の言葉に師匠はため息をつくだけだった。
しばらくして、師匠が視線を上げた。彼の目が僕を射貫く。
「言っておくが、私は誰彼構わず弟子を取るわけじゃないんだよ」
真剣な面持ちで、師匠が突拍子もないことを言った。
彼の言葉の意味が僕にはよくわからない。ぽかんとすることしか出来ない。
「才能がある。そう判断した者しか、弟子にするつもりはなかったんだ」
「――そうなのですか?」
「あぁ。そうじゃないと、私ほどの魔法使いが今まで弟子を取らなかったことの説明がつかない」
てっきり、師匠の変人っぷりに疲弊して弟子志願者が出ていくのかと思っていた。
「キミは今かなり失礼なことを考えているだろうね。ま、それもあるだろう。私は他者と共同生活をするくらいならば、死んだほうがマシだと思っていたからね」
懐かしむように遠くを見つめ、師匠が息を吐く。紅茶の水面を見つめる瞳は怖いほどに美しい。
「師匠と弟子は、血のつながった家族ほどの。それ以上のきずなを持つものだ」
「そう、でしたね」
僕が師匠に弟子入り志願をしたとき。師匠は僕に確かに言っていた。
師匠の言葉を聞いた当時の僕は、弟子入りをためらった。僕には血のつながった家族にいい思い出がなかったから。
「こんなことを言ってはなんだが、私の家族も大層困ったものでね。言い争いの絶えない家だったんだ」
ぽつりと零れたような言葉。
そういえば、師匠の身の上話を聞くのは初めてだ。彼は自分のことを話したがらない。
「特に私は後妻の息子で、年の離れた異母兄と異母姉がいた。異母姉は優しかったが、異母兄は私のことを憎んでいたさ」
明日の天気でも話すかのような口調で話す師匠は、自分の感情もなにもかもを捨てているみたいだった。
まるで他人の思い出話を語るような口調にしか聞こえない。
「それもこれも、全部父が私を優先するのが原因だった。異母兄にとって、私という存在は父からの愛情や期待をすべて奪った。忌々しい存在だったんだろうね」
「――そんなことが」
「母はそれなりに優しかったし、異母姉も私のことを気にかけてくれた。だから根っからの悪い思い出――というわけでも、ないんだろう」
ソーサーの上にティーカップを戻し、師匠が息を吐いた。
そして、僕を見つめる。
「私もキミも家族に問題があった。だから、私はキミを追い出すことが出来なかった」
「師匠」
「けど、私はなによりもキミの類まれなる魔法の才能に惹かれたのさ。――それは間違いない」
立ち上がった師匠が、僕のほうに歩み寄ってくる。顔を上げて彼のことを見つめた。
彼の手が僕の肩を軽く叩いた。まるで、勇気づけるみたいだ。
「ジェリー。キミはどこに出しても恥ずかしくない、立派な魔法使いであり――私の弟子だ」
ここまで言われたのは、初めてだ。
僕の目から涙があふれそうになる。嬉しくてたまらなくて――。
「というわけで、適度にお土産を頼むよ。魔道具が良いな。もしくはその地域特産の薬とか」
――涙が一気に引っ込んだよ。
師匠には僕の感動を返してほしい。
「キミの未来に幸せがあふれますように。私は心の底から願っている」
でも、師匠のその言葉は嘘でも冗談でもなく、心の底からの言葉だった。それだけはよくわかった。
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