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 けど、やっぱり僕は気が弱い。  二人の視線が僕に集まったのを感じて、頭の中が真っ白になっていく。  視線を地面に向け、「えっと」とつぶやいては、口をはくはくと動かす。 「ぼ、くは。キリアンさんがその。本当は優しい人だって思ってますからっ!」  だからエカードさんのことを心配してもおかしくはないんだよ――って伝えたつもりだった。  もちろん、きちんと伝わったのかはわからない。そもそも僕の小さな声が彼らに届いたかもわからない。 (――師匠、助けて!)  心の声で師匠に助けを乞う。  口に出ていないし、師匠に聞こえるわけもない。つまり、助けは来ない。むしろ、師匠のことだ。  ――面白がって見ているだけだ。わかる。 「お前なぁ」  キリアンさんが呆れたように僕を見る。  そして、彼の手が僕の頭に載せられた。軽く叩かれ、僕は彼の目を見つめる。キリアンさんは僕を見つめている。  彼の黒色の目はちょっと優しそう。まるで、励ましてくれているみたいだ。 「気が弱いのによくこの空気の中、口を挟んだな」  エカードさんも声をかけてくる。  僕だって口を挟まなくても済むのならば、口を挟みたくはなかった。ただ、邪険な空気が嫌だったというだけ。 「だって、邪険な空気のままの旅なんて嫌じゃないですか……」  この旅の存在自体に不安が尽きないというのに。  視線を彷徨わせつつ意見を述べると、「ぷっ」と噴き出すような声が耳に届いた。  どうやらエカードさんが笑っているらしい。彼は面白いものを見るような目で僕を見つめている。 「まぁ、そうだな。ごめんな。少しやけになってた」  エカードさんが僕に笑いかけて言う。次にキリアンさんに視線を向け、肩をたたいた。 「お前も悪かったな。蹴りは手加減してほしかったけど」 「口で言っても分からんだろうと思ったんだよ」  二人の会話は先ほどよりも穏やかなものになっている。  よかった。心の底から安心して、僕はほっと息を吐く。 「俺が出来るのはアイツが今後幸せになれるように願うだけだよな」  空を見上げたエカードさんがつぶやく。  なんだか、それって切ない気もする。 「切ないですね」 「そうだな」  僕の言葉にエカードさんが同意する。  なんだろうか。空気がしみじみとしている。邪険なものよりはマシだけど、これはこれで辛い。 「ジェリーって、今まで恋人がいたことがないんだな」  エカードさんがしみじみとした空気を振り払うように確認してくる。  そこを拾わないでほしいという気持ちもある。いや、空気が変わるだけマシか。 「はい。僕は子供のころから師匠の元で住み込みで弟子をしていて。師匠は偏屈な人嫌いで、辺境の森に住んでて」 「出逢いがないってやつか」  確かにその表現が正しいかも。  僕には出逢いなんてなかった。それに僕の容姿は優れたものではないし、僕自身もあまり人が好きじゃないし。 「でも別に、絶対に恋人がほしいっていうわけじゃないんです」 「そうなのか?」 「僕は身の丈に合った生活が出来たら十分ですから」  今は恋人云々といよりも、師匠の元に無事に帰ることのほうが大切だしね。 「ただ、たまに思いはしますよ。僕のことをすごく愛してくれる人がいたら、幸せだろうなぁって」  僕は家族との仲がよくない。家族は僕のことを「出来損ない」とか「醜い」とか罵ってばかりだった。  そのせいで、僕は誰かを愛し愛するという関係にひそかに憧れていた。 (師匠の愛は、なんか変なものだし)  もちろん嬉しいものであることに間違いはないのだけど。  僕が求めている愛と師匠の愛はなんか違う気がする。――多分。 「だからって、僕がそれを望むのはなんか違う気がするんです。僕は今だって十分幸せですから」  これ以上の幸せは、僕には抱えることが出来ない大きさになってしまう。  僕の言葉に返事をしたのはエカードさんではなかった。 「違うもなにもないだろ」 「え――?」 「人は愛されたいって願うのが普通だ」  隣から聞こえてくる声は間違いなくキリアンさんのもの。  彼は僕のことをじっと見て、口を開いた。
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