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「その感情は――間違いじゃない」
キリアンさんが僕の目を見て、はっきりと言った。
彼の手が僕の髪の毛をくしゃっと撫でる。
「キリアンさん」
「というか、お前はいつまで俺らをさん付けで呼ぶんだ」
いきなり話題が変わって戸惑った。
キリアンさんは気まずそうに自らの髪の毛を弄り、エカードさんに視線を向ける。
視線を向けられ、エカードさんは力強く頷く。
「俺らはジェリーって呼んでるんだし、ジェリーも俺らのことを呼び捨てにしたらいい」
「えっ、お、おこがましいです」
そんなお貴族さまの方々を呼び捨てになんて出来るわけがない。
僕が拒否の意を示すように首を横に振ると、エカードさんは「遠慮するなよ」と言う。
別に遠慮しているわけじゃないんだけど――。
「遠慮してるわけではなくて、ですね――」
言葉に詰まりつつもなんとか自分の気持ちを形にしようとした。ただ、なにも思い浮かばない。
視線をさまよわせ、僕は上手い言葉を探す。やっぱり、ダメだ。
(僕はなにをしてもダメダメだ――)
一人へこみかけていると、少し遠くから木々をなぎ倒すような音が聞こえてきた。ハッとした僕は音のほうに視線を向ける。
「……なんか、いるみたいだな」
キリアンさんが小さく言う。
彼の声は先ほどまでの優しそうなものじゃない。感情のこもっていない、冷淡な声だった。
僕の背筋にぞっとしたものが走る。
「とりあえず、行ってみるか」
背負っている大剣に手をかけ、エカードさんが僕たちに目配せをした。
「魔物だったら退治する必要がある。ここら辺は街の近くだし、住民たちの安全が第一だ」
冷静に言葉をつむいだエカードさんの視線が素早く周囲を観察する。
「まったく、手荒い歓迎だな」
「エカード。全部で何体いる」
「そうだなぁ。五体ってところか」
二人が短い言葉を交わし合う。
エカードさんが大剣を手に持つと同時に、キリアンさんも懐から剣を取り出す。
「ジェリーは援護を頼む」
「わ、わかりました!」
魔法使いは後方支援がメインの仕事。
遠くから攻撃魔法を飛ばす。そして、治癒師がいない場合は回復などの後方支援も仕事の一つとなる。
(二人の支援と状況の確認――)
素早く視線を動かし、僕たちのほかに人がいないことと魔物の位置をチェック。
左前方に四足歩行の魔物が二体。右前方にも同じ魔物が二体。あとは、空中に鳥の魔物が一体。
「俺は左に行く。お前は右に行け。ついでにあの鳥は頼んだ」
「――わかった」
エカードさんが確認のためか僕に視線を向けた。
「後方支援は任せてください。お二人は全力で行ってもらって大丈夫です」
こういうときにおどおどすることは出来ない。
だって命がかかっているんだ。戦闘の場では一瞬の油断が命取りとなる。
僕は自らの周囲に魔力を漂わせ、支援の準備をする。
「随分と大量の魔力を持っているようだな。こりゃあ、後方支援は任せても大丈夫そうだ」
「無駄口をたたく暇があるなら、さっさと行くぞ」
「へいへい」
二人がそれぞれ狙いを定めた魔物に飛び掛かった。
魔物に剣の切っ先が向く。魔物は怯むことなく、唸って威嚇を続けている。
(魔物の退治自体は初めてだけど、知識はある)
これでもあの『アクセル・ヴァルス』の弟子なのだ。僕が失敗するということは、師匠の失敗になるということでもある。
(そんなの絶対にダメ。僕は師匠の顔に泥を塗るわけにはいかない――!)
ぐっと右足に力を込め、僕は自分の周囲に漂う魔力をコントロールする構えに入る。瞬間、二人が魔物を切りにかかった。
エカードさんの武器は大剣だから、一撃一撃の威力はすさまじい。欠点は小回りが利かないこと。
キリアンさんの剣は大きくはあるけど、エカードさんのものほどではない。こちらはそれなりに小回りが利きそうだ。
魔物は二人を敵とみなし、噛みつこうとする。噛みつきを軽くよけ、行動する彼らはまさに勇者と剣士だ。
これならばあっさりと勝ててもおかしくはない――はずなのに。なにかが、違う。
(魔物が活性化するのは夕方以降。こんな昼間にここまでの力を出すことは不可能だ)
師匠の魔物講座を思い出しつつ、僕は魔物の様子を注意深く観察した。
活発な動き。素早い行動。太陽の光に弱いはずの魔物が、昼間からこんなに動くことは出来ない。
(やっぱり、なにかがおかしい。力が強い魔物?)
今度は魔物の動きをメインに観察する。
それが油断だった。僕の懐に鳥の魔物が飛び込んできたのだ。鋭いくちばしを持つ魔物は僕にくちばしの先端を向ける。
心臓まで貫きそうな鋭さに、僕は少し恐怖を覚えた。
(火の魔法だ!)
後ろに飛びのいて巨大な火球を飛ばし、魔物を威嚇した。
魔物の一部には炎を怖がるものがいる。鳥の姿をした魔物は、その典型例だ。
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